この海が好き、だからここにいる
私は、北海道の海のそばで育った。
夜は波の音や長い長い貨物列車が通る音、田んぼのカエルの合唱を聞きながら眠った。
海に沈む真っ赤な夕日、海面に反射するまぶしい月明かり。湾をとりまく火山の噴煙がいつでも見えていた。
砂浜で波と戯れ、貝や河口の小さな魚を採って、テトラポッドに秘密基地を作って、日が暮れるまで遊んだ。
でも、ほかに何もない。
高校を卒業したら、ほとんどの若者が町を去っていった。
ご多分に漏れず、私も率先して都会を目指した。
デパートも博物館も図書館もない。こんな田舎にいたら未来がないような気がした。
でも、都会に住んでいても海への思いはずっとあった。
海は生命の源。海が開けていないところに住むのはなんとなく不安だ。だから、ずっと海のそばに住みたいと思っていた。
今は、運命のいたずらか、また海のそばの町に住んでいる。
太平洋を挟んだ対岸、カナダのバンクーバー島だ。
子供の頃住んでいた家と同様、海が目の前にあるコテージだ。引っ越してから夏になるまでは、海はどんよりしていた。珍しくもない灰色の海だった。でも、夏になると、海の姿は一変した。
どこまでも続く、鏡のような水面。
水面に映るピンク色の空。
刻々と変わる空と海の色の変化に時を忘れた。
バンクーバー島の東側は、カナダ本土との間にはさまれた大きな入江のような湾になっている。それに加えて、細長い島々がまるで防波堤のように幾重にも重なっているから、波が穏やかなのだ。
カヤックでもSUP(スタンダップパドルボート)でも、風も波もないからスイスイ進む。
日本の湖で手こぎボートに乗ったとき、風が強くてに沖に流されて困ったことがあったが、ここではその心配もない。とても安全だ。
カナダの日没は遅いから、夜の7時頃海水浴やSUPをしている人を見かける。空も海もピンク色に染まった中で浮いている人たちを見たとき、私もあの色の海に溶け込んでみたいと思ったものだ。
ボートを所有している人も多く、ハイウェイを車で牽引しているのをよく見かける。島から島へ、自家用のボートで気軽に向かう。休日はセイリングボートで、風まかせ。寝室付きのボートだから泊まる場所の心配もない。どんな小さな町にもマリーナがあるから、ここでは海で遊ぶのがあたりまえのことらしい。私も、いつかボートで島巡りをしてみたいと思うようになった。マリンスポーツは、日本ではお金持ちの趣味だが、ここ、バンクーバー島では手の届かない夢でもないらしい。
水遊びも楽しいが、ただ毎日海を眺めているだけでも満ち足りた気持ちになる。子どもの頃住んでいたような、何もない町だ。海と自然だけがある。しかも車がないと、買い物にも行けない。それでも人々は帰ってくる。
「私も、田舎が嫌で都会に出ていったのよ。でも、今また戻ってきてる。やっぱりここが好き」そんな話をよく聞く。偶然引っ越してきて、なんだかずいぶんきれいな場所だな。ずっと住んでもいいんじゃないか?って思ったけど、みんなもそう思うんだ・・・と納得。
空と海と自分が一体化するような場に身をおいていたい。
私は、この穏やかな海の魅力に取り憑かれてしまったようだ。
晴れた日には、この景色が楽しめる。海が見えるだけでずいぶん得した気分だ。息子もこの町が好きだと言っている。息子のお気に入りはもっと高台の方だ。
都会っ子の息子もいつか海に親しんでもらえたらいいな、と思う。
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