私の最愛の海外文学10選(その2)
この記事の続きです。
4.手紙(著:ミハイル・シーシキン、訳:奈倉有里、新潮社)
ミハイル・シーシキン、奈倉有里/訳 『手紙』 | 新潮社 (shinchosha.co.jp)
ミハイル・シーシキンはロシアの現代作家。
兵士として戦地にいるワロージャという男性とその恋人と思しきサーシャという女性との手紙のやりとりで物語は進む。「書簡体小説」という形式を用いたからこそのプロットの中で、愛、生と死、戦争といった人間にとっての根源的な問題を扱っている。また、「書く」とはどういうことか、「読む」とはどういうことか、ということもこの作品の主題の範疇だろう。
手紙はその人には届かないかもしれないけれど、誰かにはきっと届くと信じて書かれるから美しいのだと思う。
5.アカシア(著:クロード・シモン、訳:平岡篤頼、白水社)
アカシア(新装版) - 白水社 (hakusuisha.co.jp)
この本は帯文に惹かれて手に取った。好きな書き手である朝吹真理子氏による推薦文。
大きくは、第一次世界大戦のベルギー戦線で戦死した男を中心にしたものと、第二次世界大戦で脱走兵となる男を中心にしたものの二つの筋が作品を貫く。前者は後者の父親であり、この作品も「自伝的小説」である。
シモンの作品は他に『農耕詩』しか読んでいないけれど、対象のイメージを、執拗なまでに言葉を費やし、言葉のイメージを手がかりに時空ごと脱線しながら、微に入り細を穿つように語る文体に特徴があると感じる。難しくて正直よく読めていないし、コメントできるような出来た読者でもないのだけれど、小説家としての「私」の系譜を辿る主題と、それを語る過剰に丁寧な―丁寧過ぎて語ることに失敗しかかってもいるかのような―文体がとても好みでリストに入れた。
6.パリの廃墟(著:ジャック・レダ、訳:堀江敏幸、みすず書房)
散歩が好き。見上げる空が表情を変えるのが好き。詩的な散文が好き。訳者の堀江敏幸もお気に入りの作家とくれば、ジャック・レダの『パリの廃墟』が好きなのも当然だと思う。
この「パリ」は、「パリ」と聞いて通常思い描かれるような花の都ではなくて、その華やかさの陰にある郊外/周縁部。レダは、そうしたパリを歩く。風景を、そこで暮らす人々を見る。空を見上げる。想像し夢見る。ジャッジをしないレダの眼は、彼が見上げる空を宿しているようだ。千変万化し、あらゆるものをそのうちに受け入れそうに思える。レダの歩みは、跳ねるようでいて穏やかで、淀みがないのにぎこちない。ただ読むことが愉楽となる、そのようなエッセーだ。
紹介する作品たちの中で、一番手に入りにくいもの。大好きな作品だから入手困難というのはつくづく残念。
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