『ハイエナ -弁護士たちの生存ゲーム-』 ハードボイルドウーマンの孤独
2020年・韓国
演出:チャン・テユ
脚本:キム・ルリ
出演:キム・ヘス、チュ・ジフン、イ・ギョンヨン、キム・ホジョン
『シグナル』で、落ち着いた先輩刑事を演じたキム・ヘスが、本作では金のためなら危ない橋も渡るダーティーでアグレッシブ(でちょっとコミカル)な弁護士、チョン・グムジャを演じています。
観る前は、日本語タイトルやNetflixの予告編の印象から、法曹界を舞台にちょっと恋愛も絡めたドタバタコメディかと思いましたが(ほんといつも予想を間違う。けどまあ確かにちょっとドタバタしているコメディではあるのですが)、じっくりと楽しめる作品でした。
グムジャがお金稼ぎに邁進するのは、一等地に建つ、あるビルを買いたいから。実際は、そのビルが、というよりは、過去にそこに建っていた建物に曰くがあるからなのですが、とにかくそこを買うことで自分の辛い過去に落とし前をつけたい、という思い一つで仕事に励んでいます。辛いことがあるとこのビルの前に来て、じっと立ち尽くしてビルを仰ぎます。そうして自分の原点を確認するのです。
そんな中、祖父の代から法曹界の要職に就く一家に生まれ育ち、大手法律事務所ソン&キムで最年少パートナーとなるほど優秀な、気鋭の弁護士ユン・ヒジェ(チュ・ジフン)と出会うのですが、その出会い方とそこからの展開はとてもおもしろいところなので、ここでは明かしません。ぜひ観てみてください。
グムジャはヒジェの4歳年上という設定で、キム・ヘスはその設定には若干無理があるかなとも思うのですが、孤独に生きるハードボイルドウーマンっぷりがとても良くて、他の誰がハマるかというとなかなか思いつきません。
逆恨みした依頼人に襲撃されても怯まず(内心は怯んでいたとしても)、向かってきた刃物をなんと手掴みして反撃したりします。
この“刃物を手掴み”って韓国ドラマによく出てきますよね。切羽詰まったスリリングな状況を作り出し、手掴みする人物の性格や気概を表現するとともに、視聴者に生々しい痛みを感じさせる、効果的な場面です。ちょっと定番化しているきらいはありますが…
(韓国ドラマにおける暴力(的)シーンについては一度まとめたいなあと思っています)
余談ですが、私は携帯をずっと裸のまま持っていました。先日、道路で落としてしまい(幸いちょっとした傷で済みました)、やっぱりケースに入れたほうがいいかな、と思っていたところにこの作品を見て、グムジャに影響され、つい太いコード付きの携帯ケースを買ってしまいました。私は単色のコードがよかったので、マルチカラーのグムジャのものとは同じものではないのですが。しょっちゅう携帯を見失っていましたが、これのおかげで探さずに済むようになりました。ふふふ。
グムジャの、打てば響くような働きぶりの優秀な秘書イ・ジウン(オ・キョンファ)も良くて、また、この2人の関係もいい感じなんですよ… 過去にグムジャがジウンを救ったことから、ジウンはグムジャに絶大な信頼をおいています。暖かい愛がある関係で、良いコンビですが、“バディ”という言葉はどうもしっくりきません。
グムジャはクールだから別に言葉にしませんけれども、とても韓国っぽい、あの「一度引き受けたらずっと面倒見るよ」っていう関係性、2人の間にはそれがあるんだと思います。一種の(韓国的な)家族、と言っていいのかも知れません。
(家族というのは韓国ドラマには欠かせない要素で、いつかもうすこし掘り下げて書いてみたいと思っています)
ストーリーは、財閥の離婚、バイオリニストの不公正契約問題(&親子問題)、新興宗教など、法廷をめぐるいくつかのサブストーリーを含みながら、政治の世界と法曹界の癒着や不正が絡んだ殺人事件の解決まで、グムジャとヒジェの駆け引きが続きます。
グムジャに出し抜かれて苦い思いをしたにもかかわらず、表向きは敵対しながらもグムジャへの未練が断ち切れないヒジェ。温室育ちの根が優しい男は、荒野を生きてきた自分を偽らない女(仕事上は偽装したりもしますけど、それも本当の自分を偽らないための手段にすぎません)の魅力に抗えないのです。
一方、グムジャはヒジェに対してどういう感情を持っているのかというと、その辺りは曖昧なままです。ヒジェに向って言葉では「あなたは自分の世界で生きて行きなさい」と突っぱねていますが、そのことと好意があるかないかは別の話。しかしいずれにせよ、グムジャにとって恋愛は重要事項リストの上位にくるようなものではない。
ある時、打ちのめされた状態のグムジャに向かってヒジェが言います。
「辛い時は俺を利用したらいい」
誰にも頼らず生きてきたグムジャも、この言葉にはぐっときます。ぐっとは来ますし“利用”もしますが、別にそれで関係が急激に深まるかというとそこまでじゃない。
孤独を受け入れて自由をキープするグムジャ、男とめんどくさいことになるなら、むしろさらっと別れて明日もまた生きていくでしょう。ちょっと焼酎を飲みすぎて二日酔いになるかも知れないけど、それだけ。何かあってもまた一から始めればいいという生き方がかっこいい。
最終的に2人の関係がどちらへ転ぼうとも成り立ちますし、また、その後の2人をめぐる物語への想像も掻き立てられるドラマです。それくらいキャラクターが光る作品でした。
(余談。私の「なぜか気になる俳優」チェ・ウォニョンがちょろっと出演していてなんか嬉しかったです)