お仕事日記 2話
今日のパトロールを終えて、芝浦署に戻って来た。いぶきはしまと組んだ最初の事件の時、彼に殴られたのを毎晩思い出すらしい。きゅる、ってどういうことなんだろう?…まあいいや。しまは、ぼくが二人の相棒になったのがまだ不満みたいだ。ぼく、ちょっと悲しい。仕事が出来ないわけじゃないのに。
…仕事中に、女子高生たちがぼくたちに声をかけてきた。メロンパンが食べたいからって、ぼくの窓を叩かないでよ。それに、メロンパンは売ってないです!…この子たち、しまの話を全然聞いてない。半分はいぶきのせいもあると思うけどね。
あの子たちを振り切ってすぐに、いぶきがメロンパンの値段について話し始めた。1個1000円って、すごい値段だね。確かに、ぼくの体には「まるごと」って書いてあるけど…メロンがまるごと入ってるパンなんて、見たことないな。…そんなにがっかりされるとは思わなかったよ。
わ、ビックリした。乗ってる人とすごく目が合うからって、隣の車にいきなり大声で叫ぶのはどうなの?でも、この車に乗ってる人たちの雰囲気、なんだかおかしい。とりあえず、追いかけないと。うわ、いきなりアクセル踏むなんて危ないよ!
…しまも、値段について考えてたんだ。何だかんだ、二人ともぼくのことが気になるみたい。珍しいし、かわいいから?…そんなことはないか。二人とも案外気が合ってるみたいだから、いいバディになれるんじゃないかな。少なくとも、いろんな人たちを見てきたぼくはそう思う。
…無線が入ってきた。この近くで殺人事件があったらしい。いぶきは、この事件の容疑者が前の車の中に乗っていると思ってるみたいだ。上着の特徴が、容疑者の格好と一致しているのを一瞬見たかららしい。あの車は、ホントに走る人質監禁立てこもりの舞台なのかな?とりあえず、追いかけないと何も分からない。どうしよう…ってことはなかった。しまが無線で報告したおかげで、前の車を追いかける許可が出た。慎重に、って、しまはまだしも、いぶきに出来るのかな?
やっぱり、あの二人の他にもう一人乗ってるみたいだ。でも、ここからじゃはっきりとは見えない。…ぶつけるのはダメって言われたばっかりだよね?二人はまだしも、実際に痛いのはぼくなんだよ!まず、容疑者をあの車から下ろさないと。…いぶき、落ち着いて。とりあえず、どうなったか聞いてからだね。検問してた人が言うには、あの車には不審な点は何もなかったみたい。車を運転していた人は容疑者かもしれない人を、自分の息子って言ったらしい。彼をかばおうとしてるのかな?でも、どうして?このままじゃ何も分からないから、追いかけるしかないよね。都内を出るから、無線で連絡を回した。
いぶきには、心が折れかけた時に信じてくれた人がいたんだね。どんな人なんだろう?容疑者の話、しまは信じてないって言ってたけど、そんなことはないと思う。そうじゃなかったら、ここまであの車を追いかけてないよ。
じんばさんからの連絡で、あの車の人が検問で容疑者を自分の息子だ、と言ったのは嘘だったことが分かった。二人の本当の息子さんは、12年前に亡くなっているらしい。
…しまが、前の車に向かっていった。容疑者かどうか見に行くのかな?あ、ぼくに乗せてあった万国旗だ。あれ、使えるものなのか。あの時間でボイスレコーダーも仕込むなんて、早業、ってやつだね。
…しばらくして、カガミ、って容疑者の声が聞こえてきた。彼は、自分の父親に認めてもらえなかったらしい。でも、キシって人のおかげで、東京での暮らしが安定したみたい。そんな彼が、どうして人を殺したんだろう?キシが専務のひどいパワハラ、ってやつに怒って上司を殴ったから、彼は会社を辞めさせられたらしい。他人を殴るような人と一緒に働くのは、不安なのも分かる気がする。しまの言うとおり、あの人たち、ホントに人質なのかな?…キシは、専務は殺されても仕方ない人間だ、って言ってたみたいだ。あれ?カガミの声にノイズが入った。距離が離れたかららしい。彼は、実は人を殺してないのかな?もしそうだったら、逃げる必要はないはずだけど。…県境を超えて、山梨に入った。
カガミが逃げる理由をいろいろ考えるけど、答えはまだ分からない。いぶきは自分の無実を証明するためだ、って言ってた。しまは、相変わらず信じてないみたい。…刑事になっても職務質問受けるって、どうなんだろう?
疑うのが仕事か…警察って、辛い仕事だね。でも、人を疑うより、人を信じるほうが、心は辛くならないんじゃないかな。…ぼく、人じゃないけど。
頭がゆるふわって…初めて聞いたよ。しま、さっきから相当イラついてるみたい。あそこまで言うってことは、前に何かあったのかな?…たいちょうから無線が入ってきた。しま、仕事中にその声じゃ、怒られても仕方ないよ。カガミがあの二人を拉致するところが、防犯カメラに映っていたらしい。山梨県警と協力して彼を確保するように、正式な指示が下った。
富士山田の道の駅に到着した。カガミとあの二人が車から降りたのを確認して、二人も降りていった。…凶器を持ってるはずだから、気をつけて。
二人が、あの車に乗ってた人たちと一緒に戻ってきた。カガミには逃げられたみたい。あの車に乗ってたタナベさん夫妻はずっと彼をかばい続けてて、ぼくたち警察を信じてくれない。…ここのえくんから連絡が来て、キシは事件について何も知らなかったことが分かった。カガミは、この二人に嘘をついていたことになる。でも、いぶきが彼を信じてるのには驚いたみたいだ。やっぱり、警察の人に見えないからかな?…人が信じたいものを信じるって、こんなに辛いんだね。彼にも、信じているものがあるんだろうな。どんなに辛くても、真実を知るために、ぼくたちは行かなきゃ。聞こえてないと思うけど、カガミの居場所を教えてください。ぼくからも、お願いします。
しまのスマホに、連絡が入ってきた。現場にあった掌紋が、カガミの掌紋と一致したらしい。…やっぱり、カガミは人を殺していた。どんなに願っても事実は消えないし、消せるものじゃない。早く、彼を確保しないと。…それが、ぼくたちの仕事だ。
下富士町の、カガミの実家に到着した。あとは、二人に任せるしかない。
カガミが山梨県警に引き渡されるギリギリまで、タナベさん夫妻は三人でドライブに行こう、って必死に叫んでた。さっきまで信じてた人の辛い真実を知るって、どんな気持ちなんだろう。ぼくには、想像がつかない。
今日の事件で、今までより二人のことが分かった気がする。ぼくも、二人のいい相棒になれるといいな。あ、言いそびれてた。改めて、よろしくお願いします!