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#15 頻発するシールド工事の事故・トラブル~技術者の〝危機感〟は

9月26日、広島市西区で道路の陥没事故が発生し、周辺の建物や住宅が傾いたり亀裂が入ったりして、付近の住民24世帯計44人が避難する事態となっている。現場の地下30メートルでは、広島市が発注した直径5メートル(内径)の雨水管を、清水建設などの共同企業体(JV)がシールド工法で施工していた。

清水建設のホームページより

広島市の発表によれば、26日の午前8時40分ごろ、掘進中の機内への異常出水が確認され、数分後に道路が陥没。損傷した水道管の水があふれた。建物のひび割れや傾きなどは確認できただけで11棟、漏水や断水も16戸を数える。

現地では復旧作業が続いていて、原因について確定的なことは言えない段階だが、現地に入ったフリージャーナリストの樫田秀樹氏の取材によれば、すでに工事との関連性に踏み込んだ証言も飛び出しているようだ。

「市職員が言うには、『今回の工事の前にはボーリング調査もしていたが、今回の陥没地点でのボーリング調査はなかった。今回の事故は、地中に帯水層があり、ボーリング調査をしていなかったことでそれに気づくことなく、シールドマシンが帯水層を突き破り、その水が圧力で地中に噴出し、水がなくなったことで周囲の土砂がマシン方向に引きずられ、陥没につながった』」

樫田秀樹氏のフェイスブック 9月28日付より)
福島町2丁目交差点の陥没事故に関するご説明会 (第2回) 2024年10月6日
広島市下水道局  清水・日本国土開発・広成建設工事共同企業体 より

シールドトンネル工事が原因で地表面に変状が生じたり、住民生活に影響を及ぼしたりするケースがここ数年頻発している。今回の事故以前の主なものを挙げると以下のようになる。(TN=トンネル)

・20年6月  相鉄・東急直通線新横浜TN 道路陥没
・同10月~ 東京外環道大深度地下TN 調布市で道路陥没・空洞
・20年11月~翌2月 広島高速5号線二葉山TN 掘進中断 建物等被害
・22年2月~ 横浜環状南線 桂台TN 掘進中断後の再開 騒音・振動、建物に被害
・22年11月 北海道新幹線 札樽TN 泥土等の地上漏出


年1回、産官学の土木技術者らが集う土木学会全国大会。今年は9月2日~6日 仙台市の東北大学などで開催された。

工事を安全に進めるにはどうしたらいいのか。
実は1か月ほど前の9月上旬、仙台市で土木学会の全国大会が開かれ、シールドトンネルの技術者らが一堂に会して意見を交わしていた。
土木学会では、トンネルの計画から設計、施工の各段階で守るべき事項や基準を定めた「トンネル標準示方書」といういわば〝教科書〟を制定・発刊していて、この改定が再来年2026年に予定されている。学会ではこれと同時期に、実際の施工事例から適切な掘進管理について解説する〝副読本〟「トンネル・ライブラリー」の発刊を予定している。

土木学会が制定・発行している「トンネル標準示方書」。1969年に「シールド工法指針」として発刊され、以降改訂を重ね、現在のものは2016年改訂版だ。
研究討論会「土質力学に基づくシールド工法の地盤掘削プロセス・管理について」
キャパ50人ほどの会議室はほぼ満員となった。

研究討論会では、改訂や編集の内容・進捗の報告とともに、近年のシールド工事を取り巻く厳しい環境、すなわち、大都市地下の過密により難易度が増す施工、ベテランの退職による経験人材の不足など、現場の「綱渡り感」が伝わる発言が続いた。

「大都市部の主要道路下は上下水道、ガス、電力、通信、地下鉄、高速道路など超過密状態。用地を確保するのが非常に難しくなっているため、地下60メートル以上の大深度、5キロ、6キロといった長距離掘進、 10メートルを超える大断面、これまで経験していないような地盤や異なる性質の地層を掘進する事例が非常に増えた。厳しい施工制約条件下で計画や施工を進めざるを得ない」

示方書改訂小委員会 シールド工法小委員会 川上直之 委員長
(東京都下水道サービス株式会社)

「掘進地盤の性状が(ボーリング調査で得た)想定と異なった場合、土質力学的に考えてどのような状況になるのか、変化のサインを早めに捉えて、素早く施工管理にフィードバックすることが非常に重要だ。しかし、(密閉型シールドで)切羽の状況を目視で確認できない中、掘進地盤の変化を早期に把握してトラブルを未然に防ぐのは非常に容易ではない。経験に基づく複眼的な施工管理が必要だ」

土質力学に基づくシールド工法における地盤掘削プロセス・管理検討部会
中川雅由 泥水ワーキンググループ長(鹿島建設)

「施工条件の厳しい工事で一旦トラブルが起きると影響が非常に大きくなる。一方で建設業界は人手不足。シールド工事の経験のない技術者も現場の戦力として期待されている状況だ。ただシールド工事は「経験工学」とも言われ、経験のない技術者が「示方書」を読むだけで施工計画や掘進管理を行うことはできない」

土質力学に基づくシールド工法における地盤掘削プロセス・管理検討部会
松原健太 土圧ワーキンググループ長(大林組)

会では「トンネル標準示方書」に新たに「異常の兆候の早期感知と迅速な対応」という項目を追加するなど内容の充実を図ることや、「トンネル・ライブラリー」については、掘削地盤の変化を察知するための複眼的な施工管理の経験で得られた教訓や留意点を記載していきたい、経験の浅い技術者の手引きとなるようなものにしたい、などといった方向性が示された。


ゼネコンなど60社あまりでつくる「シールド工法技術協会」によると、近年のシールド工事の用途別件数は、半数以上が上下水道、次いで地下河川や貯留管、ガスと続き、道路と鉄道は合わせて10%程度だ。

シールド工法技術協会のホームページより

東京外環道やリニア中央新幹線といった大型プロジェクトを想起しがちだが、実は暮らしのより身近なところが多くを占めていることがわかる。広島で掘削されていた雨水管にしても、太田川デルタの低地部に位置する市街地の浸水被害の防止を目的に計画された。

技術者たちの思いと裏腹に、度重なる事故やトラブル。
研究討論会の結びは、こんな訴えだった。

「シールド工事で色々問題が起こり、専門家以外にも一般の皆さんにもこのシールド工法が関心を持たれるようになった。〝シールド工事は危ない工法〟だと。非常に危機感、このままではシールドの仕事がなくなってしまうのではないかと危機感を覚える」
「多くのシールド工事は適切に施工されている。切羽を安定させ、そのために掘削土をスムーズに取り込むといったことを行っていれば正しく掘削ができる。そのために技術者は努力して、 色々検討しているのだということを世の中に発信したい」

土質力学に基づくシールド工法における地盤掘削プロセス・管理検討部会
小西真治 副部会長(アサノ大成基礎エンジニアリング)

※情報は2024年10月2日現在です。
※記事は不定期で追加、更新していきます。
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