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#5 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(5)〜“卒業組”として
9月、同じ京王線沿線のいくらか都心よりの駅から、歩いて10分ほどのところにある近田さん夫婦の新居を訪れた。
中古で購入しリフォームを施した比較的新しい外観。駅やバス停にも近く店も多いが、その分、静謐さは失われたように思えた。
「むさくるしいところへ」と迎え入れてくれた家は、以前より天井がいくぶん低く見え、庭も小さく見えた。敷地は以前の約半分。以前は明るい2階をリビングに使い、人目も気にせずカーテンもほとんどしなかったというが、今は1階がリビングで、窓の外がすぐ道路に面しているため、カーテンをすることが多くなったという。
一緒に暮らしていた長女と孫は引っ越しを機に家を出て、いまは夫婦ふたり暮らしだ。
近田眞代さん
「孫たちのお弁当を今までは週に何回か作っていたんですけれど、何時に帰ってきて何曜日と何曜日はお弁当つくる、あれがあるからこれにしようとか頭を使っていたんです。めんどくさいなと思っていてもどこか刺激になっていたんでしょうね」
電車に乗ると、以前乗り降りしたつつじヶ丘と間違えそうになる。テレビを見てご飯だけの生活をしていると、老いへの恐怖を感じる。
声がかかればできるだけ外に出て、議員らの視察の際に、元住民として、自宅跡の前で説明役を買って出ることもある。
近田眞代さん
「(議員から)どうして最後まで残らなかったんだ、っていわれたんですよ。そこで頑張ればといわれたけど、『地盤が緩んでいるんです。直さないといけない。地震があったときに何があるかわかりません』と脅かされれば…
でもこっちにきてみると、やっぱりもっとちゃんといるべきだったのではないかと思いますよね。
あの家壊されるというのはやっぱりすごく、ああ、もう壊されて行かれないんだというのは、結構つらい、寂しいみたいなところがありますよね」
買い取りや一時移転の対象となり、すでに立ち退いたり立ち退きが決まっている、近田さんのような「卒業組」。
一方で、補修範囲外で暮らす周辺の住民は、これから2年といわれる工事期間中、さまざまな生活上の不便や我慢を強いられる。家屋解体の軒数も増え、住民が日常的に行き来する川岸の道にも管路の敷設が計画されている。
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住民のひとりは、周辺が一大工事現場となり、家の前で子どもが遊ぶこともままならなくなるのではないかと懸念をあらわにし、「我慢するメリットは何か。何をモチベーションに暮らせばいいのか」と訴えた。
陥没や空洞の発見後に引っ越してきたという住民もいる。
「事故は知っていたが、さすがに2度はないだろう」と、補修範囲から数十メートルのところに家を買った男性。リモートワーク中に家屋解体の振動を感じて外に出てきたところで話をきくと、工事の詳細についてはあまり知らず、補修範囲が更地になることも知らなかった。
地盤補修範囲から20メートルほどのところに自宅がある住民は、陥没前から騒音や振動による健康面の不調が続いてきた。このうえ続く地盤補修工事には耐えられそうもないと、買い取りによる移転を希望した。しかし事業者側は買い取りを拒否。不動産会社を通じて売却を試みているが買い手はついていない。
その一方で、補修範囲にかかっていないにもかかわらず、事業者側が個別に交渉を持ちかけ、買い取りや一時移転となった家屋が複数ある。事業者側は「作業ヤードに使う」としているが、買う、買わないの判断の線引きは明らかではない。
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ほかにも、高齢者などで情報がなく、声をあげられず困っている住民がいるのではないかと近田さんは考えている。今後も、できる限り関わっていきたいという。
近田眞代さん
「許したほうにも責任があるというふうに考えていかないと、許してしまうところで、これは本当は許しちゃいけないけれども許しちゃったという、そういう責任みたいなものも背負っていかなくちゃと思う。わたしたちは出てそれを許してしまって、お金もらって出てしまったという後ろめたさも私はあるし、まだ困っている人にひとに少しアドバイスしながら力になっていかなくちゃならないんじゃないかというか。生きている間は見届けなくちゃいけないんじゃないか」
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筆者はこの夏、定年を何年か残して早期退職の道を選び、退職金を受けとった。住宅ローンの残りを払い終え、年金受給まではまだしばらくある。今後の暮らしをどうするか思案する中で、あの家を建てた当時の近田さん夫婦に思いをはせた。
40年働いて定年を迎え、受け取った退職金で建てた終の住処。考え抜いた上での決断で、だからこそ並々ならぬ思い入れがあったと推察する。いくら人生には災害など予期せぬ事態に見舞われることがあるといえ、今日の結果を招いたのは、専門家たちが議論した法律のもとに、「地上への影響は生じない」と説明されて進められた公共事業だ。
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取材を始めた当初、ある住民から「ぜひ長期的に取り組んでほしい」と言われたことを思い出す。当時は、住民の立ち退きにまで発展するとは思いもよらなかった。いろいろなことがあったように思えるが、実はまだ3年あまりで、地盤補修工事はようやく端緒につき、トンネル本体の工事は差し止められたままだ。
いわゆる事故から何年といった以外の報道も少なくなった。裏返せば、これは問題の核心や実相を深堀りしてこなかった自らの責任でもある。
私権制限を伴う大深度法の成立過程で、今日のような事態をどの程度想定し、議論したのか。
陥没の発生前に頻発した振動の訴えは、なぜ正面から切迫感をもって受け止められなかったのか。
頻発した掘削トラブル。大深度地下で一体何があったのか。トラブルの報告が遅れたり、公表もされなかった背景にはどんな事情があったのか。
そして、本来誰も望んでいない地盤補修工事の本当の目的は。
筆者は外環事業自体の是非を問うつもりはない。
ひとが暮らす下を掘る大深度地下工事で初めて起きた調布での経験を、単なる“黒歴史”として葬るのではなく、事業者や自治体、施工者、住民といったあらゆる立場にとっての“経験知”になればと考える。微力ながら取材を続けていきたい。
※記事は不定期で追加、更新していきます。
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