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#17 陥没から4年(2)~〝止められなかった、一生の悔い〟

調布市東つつじヶ丘に住む上口房子さん(79)が、家の中で不気味な振動を感じた4年前の夏。外に出ると、近所の人たちも、同じように外に出ていた。

上口房子さん(79)

上口房子さん:
「コロナで家で仕事をする方が増えてきた時で、一斉に外に出たらなんか変な音がするって言って。外に行くとあんまりしない、家の中で気持ち悪い音がする。なんでしょ。なんでしょって言って、私がもしやと思ってホームページ見たら、その辺に(シールドマシンが)いるっていうんで分かったんですよね。全然みんな通るっていうのを知らなかったですね」

事業者に電話で苦情を伝えても、答えは「しばらく我慢してください」。

上口房子さん:
「今度お盆休みになるから、10日間ぐらい休みになるから静かになりますって。でもそれが終わってからがいちばん激しかったですね」


付近の家屋の外壁に入ったひび(撮影:2021年2月)

有識者委員会の報告書によれば、2020年8月20日と21日に、のちに陥没や空洞の要因になるカッターの回転不良が、上口さんの自宅から直線で80メートルほどの場所で初めて発生した。シールドマシンを朝起動する際に礫=石を含んだ重い土がマシンの下部で固着し、カッターが回せなくなるという不具合だ。

「8/20 および 8/21 朝の第 1 リング掘進開始時には、寸動運転だけではカッターヘッドが回転起動しない状況となったため、気泡材を注入してチャンバー内土圧を保持しながらスクリューコンベヤから排土することで掘進を再開した。その後の掘進においても礫率の増加とともにカッタートルク増大と振動の問合せは収まらず・・・」

第7回 東京外環トンネル施工等検討委員会 有識者委員会報告書より 令和3年3月19日
掘削土の粒度分布と回転不良を起こした箇所、陥没や空洞の位置との関係を報告書より作成。
9月以降の回転不良の箇所と、陥没・空洞の位置はおおむね一致する。

報告書で示された掘削土のデータによれば、上口さん宅の近くで回転不良を起こした時の礫率は20パーセントほどだったが、その後徐々に増え、最大で30パーセントを超える。硬い礫層を掘る振動が、その後も苦情を増加させたとみられている。
回転不良はいったん収まるが、9月8日に再び発生。10月12日まであわせて16回を数え、再起動の過程で地盤を緩ませ、陥没や空洞を発生させた。

上口房子さん:
「あのとき、8月の時点でもっと強く言えば、 (シールドマシンを)進ませなければ、陥没も、あんな地盤補修で立ち退きもしなくて良かったかもしれないし。それが今、一生死ぬまで悔いを残しますね」

結果として工事を止められなかったことを、一住民が「一生の悔い」と表現したことに、胸が痛んだ。

どちらを向いてもフェンスが目に入る。少なくとも4年前まで家があり、平穏な暮らしがあった。

陥没や空洞が発生した周辺では、地盤補修工事のために一軒、また一軒と家が壊され更地となった。住民の調べでは、これまでにトンネル直上と周辺で、あわせて40軒以上が移転したとみられている。この地に50年近く暮らす上口さんの顔なじみの人たちも次々と街をあとにし、その中には、移転後に病気を発症した人もいる。

上口房子さん:
「うちの子供なんか、知り合いの方はこれ(陥没・空洞)がなかったら病気にならなかったんだ、ストレスなんだからって言ってる。間接的にも色々 ありますよね」
「大深度の法律の説明で、上には全く影響ないっていうのを、 いまはもう全然信じないですけど、あの頃はみんな信じていましたよね。そういうものなんだと思って。だから勉強不足っていうか、もう少なくとも今ぐらい色々情報をもらったり勉強しとけばよかったんですけど、その頃はもう全然そういう感じじゃなかったです」

上口さんがいま懸念するのは、事故を起こしたトンネルと並行する、「2本目」と呼ばれる北行き本線トンネルだ。NEXCO中日本が建設するこのトンネルは、自宅から50メートルほどの傾斜地の下を通る。現在、仮処分決定で掘進は停止しているが、再開後に何か起きた場合、山側の地盤が谷方向に引き込まれるなどの形で影響が出ないかと心配している。

木々の奥が崖地で高くなっていて、その下を「2本目」のトンネルが通る予定だ。
(画像は一部加工)

上口房子さん:
「こういう自然の崖ですよね。地下で何かあれば引っ張られて、10メートル、20メートル先まで影響あるんじゃないかって心配していますね」
「(陥没の発生から)5年目に入ったわけですから。だんだん人も変わっている場合もあるし、忘れている人もいるし。(トンネルが)どこを通ってるかもわからない人が多いんですよね。この間も地図に落として配ったら、『こんなに近いんですか』とか言ってる、そんな状態ですよね」

ちなみに「2本目」が通る場所で3年前に事業者が行った2か所のボーリング調査の柱状図から、専門家の指導のもと筆者が計算してみたところ、掘削断面の礫率は25~26%で、細粒分と呼ばれる粘土質が少ないとみられるなど、「1本目」が陥没や空洞を発生させた「特殊な地盤条件」と、特徴が似通っていることが見て取れた。

現場付近のボーリング調査(資料)

去年8月に本格的に始まった地盤補修工事は、1年2か月あまりで全体の4分の1ほど進捗し、最近の肌感覚としてはスピードアップも感じられる。
トンネルの掘進再開は依然見通せないが、次なる「悔い」を残さないために何が必要か、この4年間に起きたことからのさらなる学びが必要だ。

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