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#25 〝トンネルを止めた男〟の正義は(3)~東つつじヶ丘 最後の日

2025年1月6日、丸山重威さん・智子さん夫妻が調布市東つつじヶ丘の自宅に別れを告げる日を迎えた。夏以降、夫妻は子どもたちや知人の力を借りながら、44年間住んだ自宅の片づけに追われてきた。長年の記者生活の蓄積を何回にも分けて、新居との間を一日に多い時で4回も往復しながら運んだり、知人に引き取ってもらったり。それでも「家を逆さにして何も落ちてこないように」する労力たるや並大抵でなく、10月の予定がどんどん後ろに延び、年を越しての引き渡しとなった。

この4年あまり、多くの人がこの地をあとにしたが、丸山重威さんは東名発進の2機のシールドマシンを止めている仮処分の申し立ての当事者〝トンネルを止めた男〟だ。地盤補修の対象範囲からわずかに31センチ外れているが、「工事のために使う」との理由で土地家屋を買い取られ移転する。

「あいにくの雨だね、ずっと晴れていたのに」小雨まじりの肌寒い朝、夫妻に招かれる形で中に入った。物があふれていた室内は、掃除道具などをわずかに残すのみ。80代の夫妻が夏からここまでにした苦労を思った。

長男が使っていたという子供用のいす

この家にお邪魔できるのも最後と名残惜しい気持ちでいたところ、玄関の扉が開いた。買主である鹿島建設と事業者・NEXCO東日本の担当者あわせて3人。カメラを持った筆者を見て一度扉を閉める。「首(から上)は切ってますからどうぞ」と声をかけたが入ってこない。少し経って入ってきたあと、ひとりが口を開く。

鹿島社員:「今日撮影に来られるのは息子さんの方から断っていただくというお話をした」

丸山重威さん:「断っていただくとは俺は聞いていないな。伝えますって話は聞いた」

鹿島社員:「お父様の方から、 お知り合いなので拒めないけれども、日付をわざわざ伝えることはしないということで・・・」

丸山重威:「 わざわざ伝えてはいない。被害者の会の仲間にはメールを出した。いけなくはないだろう」

鹿島社員:「だがこうやって、もう中に入っている」

丸山重威:「僕はジャーナリストとして彼の妨害はしない」

年末に、担当者が来て引き渡しと思いきや、片づけが終わらず延期になったことがあった。その日も撮影をしていたが特に何も言われなかった。あとで家族が経緯をきかれたり、要望されたりしたというが「なぜ取材者に直接言わないのか。顔を撮らないでほしいというのなら伝える」と答えたとは聞いていた。
ところが、この日は顔を撮るなだけでなく、撮影そのものの中止を求めてきた。

NEXCO社員:「プライバシーの話もあるんで撮るのはやめてほしいんですっていうのをお伝えしていた。できればやめていただきたい」

丸山重威さん:「プライバシーってなんですか」

筆者:「誰のプライバシー?」

鹿島:「我々の」

丸山重威さん:「あなたのプライバシーってなんですか」

NEXCO:「鹿島建設は、契約の内容を出したくない。契約の内容を双方がOKとなれば公開していいと思うが、片方だけがいいという話じゃない」

丸山重威さん:「 ちょっと待って。破棄するんですか」

NEXCO:「そんなことは言っていない」

丸山重威さん:「あなたはどっちの立場なの?個人の立場なの?会社の立場なの?」

筆者:「個人のプライバシーには配慮します」

鹿島: 「何をもって配慮するのかわからない」

NEXCOと鹿島がプライバシーを盾に執拗に撮影を阻む。〝チャット問題〟を思い出し苦笑する。

担当者の背後には、理屈抜きに「とにかく撮らせるな」という強い圧力があると感じた。丸山さんが〝トンネルを止めた男〟だからだろうか。何も言われなかった近田家の時とは大違いだった。

「丸山さんしか撮っていない」という筆者のカメラを右から鹿島の社員がボードで遮る。左からはNEXCOの社員が「映っているじゃないか」と顔を突き出す。(画像は加工しています)

ここまで記者の大先輩に矢面に立っていただくと簡単には引けない。話を根本からこじれさせたらと肝を冷やしたが、ともかくカギは引き渡された。後味の悪いお別れになってしまったことは大変申し訳なかった。

妻・丸山智子さんがカギを鹿島の社員に手渡す
「あそこが実篤公園の森」2階からの景色を目に焼き付ける
各部屋に〝盛り塩〟をして感謝を表す

夫妻は東つつじヶ丘を離れても、オープンハウスや意見交換会に参加したいと念を押した。以前、東つつじヶ丘を離れた近田眞代さんが、「住民ではない」として意見交換会から排除されたことがあった。

丸山智子さん:「越していきますけれど、意見を言わなくてもいいから、会とか、そういうとこに参加させていただくようなことで、ずっと見守りたいと思ってますので、よろしくお願いいたします」

丸山重威 さん:「被害者の会の一員であることには変わりないし、裁判の一員であることも変わりないから」

亡き義父の表札「この家はこの人がいたからできたんだ。文学青年だったってんでね、武者小路実篤の近くだってんで、それだけで喜んじゃって」

〝トンネルを止めた男〟丸山重威さんはいま、陥没の2年前、2018年に出版した著書の続編を考えている。前作での懸念は現実となり、住民が追われ、街は変わり果てた。その真実を明らかにする必要性を感じている。

『理屈では地球の中心まで自分の土地』という財産権の原則が崩され、何が「公共の福祉」かを決めるのは、お役所でも建設会社でもなく、私たち国民でなければならない、という民主主義の原則も踏みにじられ、何より、住民の納得どころか、相談も話し合いもなく手続きが進むという、いまの政治と行政のおかしさが、至る所で見えてきました。

私たちのふるさとを守るために、おかしいことはおかしいと言おう、おかしいことを直す、しなやかな日本であってほしい。

住宅の真下に巨大トンネルはいらない! ドキュメント・東京外環道の真実 丸山重威著 東京外環道訴訟を支える会編(2018年11月) あとがきより
丸山夫妻があとにした翌週、門扉は鎖で閉ざされていた。(1月12日撮影)

今後の仮処分への対応について、1月29日、NEXCO東日本の由木文彦社長は定例会見で、
「あくまで係争事案なのでお答えは差し控えさせていただきたい。まずは地盤補修に全力を投入してしっかりと進めていきたい」
また現地を訪れ、住民と対話する考えがないかを尋ねたところ、
「私なり何なりがこれからどういう風な対応をするかいうことは、その場その場で適切に、私自身、判断してまいりたい」
と述べるにとどまった。

定例会見で質問に答えるNEXCO東日本 由木文彦社長(1月29日)

※記事は不定期で追加、更新していきます。
※画像や動画は特段の引用表示・但し書きがない限り筆者の撮影・入手によるものです。
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