#18 〝トンネルを止めた男〟の正義は(1)
うずたかく積もった記者生活の年輪をこう語るのは、調布市東つつじヶ丘に住む丸山重威さん(83)。陥没発生から4年となる10月18日を前に、妻・智子さん(82)に長男も加わっての引っ越し作業の真っ最中だった。
事故を起こしたトンネル直上から30センチしか離れていないこの地に44年。外環の運動と最初にかかわったのもそのころだ。元共同通信記者で現在もジャーナリストとして活動する丸山さん。大深度地下使用認可の取り消し訴訟の原告や、工事中止の仮処分申し立ての申し立て人のひとりとしても活動してきたが、4年前、自宅から1ブロック隔てたところで陥没が発生し、1か月後には自宅すぐ近くの地下で全長約27メートルの空洞が見つかった。
2022年2月、東京地裁は、トンネル工事を再開すれば丸山さんの生命や身体に危険が生じるおそれがあるなどとして、東名側から掘削が進められていた2本の本線トンネル工事について、中止を命じる決定を下した。申し立てが認められたのは13人の沿線住民のうち丸山さんだけだった。
現在、陥没や空洞を発生させたシールドマシンは東つつじヶ丘のぶんぶん公園の北で止まり、地元で「2本目」と呼ばれる並行する北行きのマシンは850メートルほど後ろで停止している。仮処分が生きている限り、2台のシールドマシンは動かせない。外環事業に反対してきた住民にとって、1970年の「凍結宣言」以来の目に見える戦果だ。
その丸山さんから一通のメールが届いたのは、1年ほど前のことだ。
ただただ驚くばかりだった。仮にも国や高速道路会社という巨大な存在が、個人を相手に、そんな姑息な手段をとることがあるのだろうか。
丸山さんによれば、NEXCO東日本は買取の目的を「資機材ヤードとして使う」「裁判は関係ありません」と説明したという。NEXCO東日本など事業者側は、地盤をゆるめたとするトンネル直上のほかにも、周辺で工事のために必要だとして土地家屋を買い取るなどしている。その数は住民によればこれまで20軒ほどになる。交渉はNEXCOが行い、実際に買い取るのは鹿島建設やその関連会社だ。
丸山さんは腑に落ちない。
国や事業者は仮処分決定に反論するなり、法廷で最後まで示さなかった再発防止策を出し、危険を除去する対策を示して仮処分の取り消しを求めるのが正道だ。しかし、それに向けた具体的なアクションは見えない。
この状況で買取に応じて、自分がここを去るのは筋が通らない。
丸山家にも事情があった。
買取の申し出以前に、実は夫婦はこの先の資金にと、銀行に「リバース・モーゲージ(自宅を担保にした高齢者向けローン)」を申し込んでいた。担当者も当初は前向きだった。しかし、隣地で地盤補修工事が続くことなどを理由に審査が通らなかった。
もとはといえばこれも事故のせいだ。しかし、このタイミングでの事業者側の申し出は、はたから見れは渡りに船。霞を食っては生きてはいけない。
丸山さんは、自らが信じる正義とのはざまで悩んだ。外環被害住民連絡会・調布の会合からも足が遠のいた。
元産経新聞記者で、50年以上連れ添った妻・智子さん(82)は、ひとりで出席した会合の席で、そんな夫を慮った。
(続く)
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