2024年1月、年明け間もない平日の静かな午後。
丸山重威さん宅前に作業者が集まり始めた。カメラを持った私は、付近の家の陰に隠れ、カーブミラー越しに様子をうかがった。
作業者はぽつぽつと集まり、最終的に10人ほどになった。強制捜査着手といった雰囲気にも似て、威圧感すら覚える。
NEXCO東日本の社員がインターホンを押し、丸山さん宅の買取のための調査が始まった。
家の周辺の測量、内部の構造や寸法、建具の材質などをくまなく調べるために忙しく動く。庭木は一本一本の種類まで調べる。
およそ3時間後、作業が終わり、表で丸山さんに話をきいていた。
そこへ、現場を外していたNEXCO東日本の社員2人が戻る。
すかさず丸山さんが声をかけ、その状況をカメラで追った。
事業者側は基本的に「工事に必要だから」としか答えない。
地盤補修範囲以外での買取・仮移転は、陥没発生から1年を過ぎたころからにわかに動き出した。
2022年4月、地盤補修範囲から川をへだてた若葉町1丁目で、10軒ほどに対する買取交渉が行われていることが明らかになった。それまでNEXCO東日本は「地盤補修範囲以外の地盤は緩んでいない」としていた。
緩んでいない土地をなぜ買い取るのか。しかもここは地盤補修範囲と川で隔てられていて、資機材ヤードとして使い勝手が良いと思えない。
また、場所が「2本目」=並行する未掘削の北行きトンネルの直上にかかっていることから、「別の目的があるのではないか」との憶測も呼ぶ。
ここを資機材ヤードに使う理由についてNEXCO東日本は「一戸一戸の面積が広く、平坦だから」などと説明した。
しかし、今回買い取られる丸山家は、これらに比べ狭く、傾斜地にある。
丸山家の買取については、工事期間との関係からも疑問な点がある。
事業者側は表向きは、地盤補修工事の完了を2024年12月、つまり今年いっぱいとし、その後、来年5月までを後片付けの期間としている。※
延びる可能性はあるが、丸山家がこの10月いっぱいで引っ越し、それから解体・整地して、実際にヤードとして使える期間はどれくらいか。仮に半年、1年使えても、80過ぎの夫婦が無理して引っ越しするという〝犠牲〟に値するのか。
目的は本当に工事だけなのか。
NEXCO東日本の担当者は以前、報道陣を前にこう説明している。
「地上に影響はない」と説明された大深度地下トンネル工事で陥没・空洞が発生し、バタバタと地盤補修工事と住民移転の方針が決まった。家々は壊され、住宅地の奥まで配管が入り込み、大型クレーンや地盤補修機械が低い音をたてる。たった4年で街は変貌した。
ここまで人々に犠牲や我慢を強いることになった事業を、無残な姿をさらす街を、国や事業者は一体どうしたいのか。丸山さんは2度にわたって斉藤国土交通大臣に手紙を出し、考えを質した。一度として直接謝罪や説明を受けていない住民当事者として、一ジャーナリストとして当然の正義だ。しかし返事はない。
丸山さんは時折笑みを交え、相変わらずのべらんめえ調だが、のれんに腕押しの徒労感に、引っ越し作業の手も止まりがちだ。
「八三歳、引っ越し前」と題した最近の寄稿では、闘いを通じて目の当たりにしたこの国の〝思考停止〟重い病をつづっている。
※10月30日、NEXCO東日本の由木文彦社長は定例記者会見で、「地盤補修は想定していた2年では終わらない」との見解を示した。(11月1日・東京新聞)
・記事は不定期で追加、更新します。
・写真や画像は引用表示・但し書きがない限り筆者の撮影・入手によるものです。
・内容についてご指摘、ご意見、情報などありましたらお問い合わせよりお寄せ頂ければ幸いです。