必要な記事と必要でない記事──ある日の新聞記事月旦
〇新型コロナウイルスの感染拡大で滅法忙しいのを奇貨として、安倍政権が「改正検察庁法」という稀代の悪法を成立させようとする悪手を放ったため、世の中が騒然としてきました。安倍政権のやり口を「火事場泥棒」と喝破する知恵者もいて(2020年5月9日、TBS報道特集)、新聞もテレビもコロナ以外のテーマでは何ヵ月ぶり、というほどの活況です。
〇この問題を巡って、沢山の記事、ニュースが出るのは良いのですが、よく読むと、あるいはよく見ると、良い記事・悪い記事、そこまで言わずとも、必要な記事・必要でない記事があります。そこで、同じ日の朝刊から、2本の記事を選んで、必要な記事か、必要でない記事か、勝手な月旦をしてみましょう。
〇最初に必要で、良い記事から。2020年5月13日の東京新聞1面サブに、4段抜きで「河井前法相を立件へ」「検察 案里氏巡り買収容疑 昨年参院選」とあります。事件は先の参院選挙で、自民党の河井案里議員の陣営がいわゆるウグイス嬢への報酬を公職選挙法の規定の2倍支払っていた疑いが持たれているものです。広島地検は案理議員と夫で前法務大臣の河井克行衆議院議員のそれぞれ秘書合わせて2人を、すでに運動員買収の罪で逮捕・起訴しています。案里議員の秘書が禁固以上の判決を受け、確定すると、案里議員が連座制で議席を失う可能性があります。検察人事が政権の意向通りになるのなら、こういう事件は摘発されないのではないか、とも想像され、検察庁法改正問題の意味合いを裏側から示す事件です。
〇この事件の報道では、河井前法相が案里議員の選挙運動の指揮者的役割で、選挙区内の町長などに現金を配っていたことなどが伝えられ、我々素人からは「秘書を起訴するより、河井氏を摘発するのが先なのではないか」という疑問が出ていました。記事はこうした疑問に答えるものでした。
「検察当局は、克行氏が広島県議や広島市議、地元首長らに少なくとも総額数百万円配ったとみている」
「広島地検は……・東京地検特捜部などの検事を応援で集め、地方議員らの事情聴取や関係先の家宅捜索などを重ねるなど現金買収疑惑の捜査も進めてきた」
〇もちろん河井議員を最終的に立件できるかどうか今後の捜査によるわけで、予断を許しません。しかしこれまでの動きの説明として明解であり、我々の疑問に答えるもので、実に良い記事、必要な記事です。
〇これに対して、必要のない記事と私が断じたのは、同じ2020年5月13日の朝日新聞朝刊3面の中央に据えた「早くから総長候補・官房長や事務次官7年」という5段見出しの記事。2月初め定年退官のはずだったのが、安倍政権による横紙破りの閣議決定による「定年延長」で、東京高検検事長に居座っている、今度の「検察庁法改正問題」のいわば影の主人公・黒川弘務氏を紹介する記事です。
〇確かに、渦中の人(渦中に球を投げるのは安倍首相、黒川氏は投げられる球に過ぎないにしても)がどんな人か、読者の興味がないとは申しますまい。しかし、どんな人かと言っても、人気芸能タレントの人となり──案外真面目で勉強ができたとか、字がうまく書道は一級とかを知りたい、というのとは違います。現行法に背く、検察官の定年延長という暴挙をしてまで安倍政権が検事総長にしたがるのはなぜか、安倍政権の守護神と言われる理由はどういうところにあるのか、という点などが分かる記事が求められているはずです。
〇しかし、一読、期待は裏切られました。法務省官房長、事務次官時代に小渕優子元経済産業相や甘利利明元経済再生相ら「政治とカネ」にまつわる事件、疑惑が発覚しましたが、政治家本人は不起訴、森友学園を巡る公文書改ざん問題でも財務省幹部らが不起訴になりました。しかし記事は「複数の検察幹部は『(黒川氏は)事件に口を挟んだことはなく、そもそも決裁ラインに居ない』と証言する」「別の検察OBは『今回の問題でさらし者にされた黒川が犠牲者だ』とかばう」だと!
〇法務省の幹部だから、事件処理に影響力がないなどと書いて、検察周りの記者として恥ずかしくないのでしょうか(この記事は司法担当の記者、もしくは元司法担当の社会部遊軍記者が書いたと思われます)。検察記者5年の経験がある私が現役当時聞いたところでは、検察内の実質的な序列は、検事総長、東京高検検事長、法務事務次官だということでした。しかも官房長、事務次官を続けて7年もやった黒川氏の発言権たるや、押して知るべしです。大変な影響力があったでしょう。
〇記事は何を言いたいのでしょうか。結局は黒川氏は検事総長になる、と見極めをつけて、今のうちにゴマをすっておこうというのでしょうか。しかし朝日新聞さん、権力は、腰を引いたものにはどこまでも押しまくってくるものですよ。
〇以上が私の、ある日の新聞記事月旦です。良い記事を書くには、読者が何を知りたがっているかを見極めて、取材・執筆するしかありません。だから必要な記事=良い記事なのです。必要でない記事=悪い記事、とも言えるでしょう。