期待に応えているか「専門家会議」再論

〇パンデミック(新型コロナウイルス感染の世界的流行)後、「専門家」の役割がにわかに注目を集めています。危機の社会における、人間と社会システムについて積極的な発言を続けているイスラエルの歴史学者・ユヴァル・ノア・ハラリさんは、今回の危機で社会は急速に変わる可能性があるとして、次のように発言しています。「良い兆候は、世界の人々が専門家の声に耳を傾け始めていることです。科学者をエリートだと非難していたポピュリスト政治家も科学的指導に従いつつあります」(朝日新聞2020年4月15日、オピニオン欄インタビュー)。

〇一方、法哲学が専門で名古屋大学教授の松尾陽さんは、「専門家は万能ではない」と指摘したうえで、こう言っています。「人々が専門家に万能さを求めてしまえば、専門外のことにも簡単に答えてくれる『万能な』専門家が、統治システムや社会の中で重用されることになってしまうだろう」(朝日新聞2020年4月9日、憲法季評)。

〇専門家の役割について、一方は積極的、他方は慎重な姿勢と違いはあるものの、その重要性を認めている点では共通しています。私は専門家の声が尊重されることは、とても良いことのように思われます。ただし、それには2つの条件があります。1つは専門家が専門家らしい見識を持っていること。もう1つは、専門家は自分の主張に責任を持ち、見識を持った専門家らしく堂々と振舞うこと、です。

〇さて、今度のコロナウイルス問題で、日本の場合、社会的にも注目された専門家集団といえば、政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」です。これは改正新型インフルエンザ特別措置法で設置を定める政府対策本部に医学的立場から助言する組織。構成員は12人で、ほとんどが感染症の専門家です。果たして、専門家集団として期待通りの機能を発揮できているのでしょうか。

〇日本はコロナウイルスの感染検査が決定的に遅れ、人口当たりの検査数で比較すると、ニューヨーク州の23分の1、ドイツの18分の1にとどまっていますが、これは専門家会議の能力不足のせい、と私は2020年5月3日のnote(「政府の対策の中間評価」)で指摘しました。 問題はこのことを専門家会議自身はどう総括し、誰の責任と考えているか、です。

〇専門家会議が2020年5月4日にまとめた提言では、「3月下旬ごろからの感染者の急増に十分対応できなかった」と政府を批判しているということです(2020年5月5日東京新聞)。専門家会議は感染の有無を調べるPCR検査について、2月の提言で「重症化する恐れがある人に集中させるべきだ」としたものの、3月以降は拡充を求めてきた、と強調しているということです。

〇要するに、何があっても(検査が大幅に遅れても)悪いのは自分たちではない、の一点張り。安倍政権をかばうつもりはありませんが、最も医学の専門性に関係する検査の方法の選択について、専門家会議を名乗っていた人たちがあくまで責任がないと主張して、世間が許してくれると思っているのでしょうか。

〇専門家会議を批判しようとしないマスコミも悪い、と思っていましたら、ようやく出ましたね、2020年5月6日の朝日新聞の記事。山梨大学の島田真路学長は、検査を受けるべき人が受けられない状況に異を唱えてきた、と報じました。それによりますと、これまで検査が増えなかった理由について島田学長は、国の専門家会議が2月下旬に「限られたPCR検査の資源を、重症化の恐れがある方の検査のために集中させる必要がある」と表明したためとし、「検査上限を世界水準からかけ離れた低値にとどまり続けさせる大失態を招来した」と強く批判しています。

〇専門家会議は、PCR検査の必要を判断する目安について、すぐ相談センターに相談しやすいよう変更する方針を固めたそうです(2020年5月6日朝日新聞)。検査を受けにくくしていた、「37.5度以上」が4日以上としていた検査を受ける際の発熱の目安も削除を
検討しているということです。遅すぎる方針転換、といわざるを得ませんが。

〇コロナ感染を抑制するための休業や外出自粛の緩和が、自治体によって日程に上ってきています。それによって感染がぶり返さないようにするには幅広い検査で実態をつかむことが絶対に必要です。コロナウイルス感染の検査能力アップの問題を含めて、政府の施策の中に正しき専門家の意見導入はますます必要です。名古屋大学教授の松尾陽さんは、「専門家を適切に尊重するというのは、専門家の領域を適切に認識し、その専門家にもこたえられない領域があるということをわきまえることだ」と言っています(朝日新聞2020年4月9日)。また、危機管理学者の日本大学教授・福田充さんは、「専門家会議に公共政策学、危機管理学の専門家の参加が必要」といっています(Voice2020年5月号)。

〇安倍首相は、専門家会議の人選についても、専門家の意見を聞く必要があるのかもしれませんね。

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