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昭和の記者のしごと⑱取材メモの研究

 記者が取材し、それをもとに原稿を書く、という本来の業務を進めるために苦心して編み出した数々の“記者の知恵”というべきものがあります。そのいくつかをここで紹介してみましょう。これを紹介するのは、シリーズの第1部の冒頭部分の「初めに」で触れましたようにたように、皆さんを記者にするためではなく、皆さんに記者を知ってもらうためです。それがニュースを理解していただくことにもつながると思うのです。

司法記者クラブで学んだこと


 東京のNHKの社会部に10年間勤務しましたが、そのうち5年間は裁判官、検事、弁護士を相手に取材する司法記者クラブの担当でした。ここで学んだ仕事のやり方がメモと勉強会です。ここで言うメモとは、取材したことをいきなり原稿にするのではなく、ノートなどに整理して、記録として残すものです。
司法クラブ担当の記者の仕事は、およそ半分は検察庁の事件捜査を追うことであり、あと半分は裁判の取材です。このうち検察取材でメモが多用されることになります。というのは司法記者クラブは大きな記者クラブで、いずれの社も複数の記者が駐在しており、私が勤めたNHKもキャップ以下5人が常駐していました。
このため検事から事件捜査にからむ情報を聞いてきた場合、仲間の記者に伝える必要がありますが、記者どうし会話をすると、狭い記者クラブの部屋の中ですから、他の社の記者に聞こえてしまいます。お互いに競争をしているわけですから、せっかく取材した情報を他の社に聞かせるわけにはいかない、というだけでなく、取材源の秘匿という意味からも聞こえてしまってはまずいわけです。
そこで取材したらすぐメモにまとめる、それを情報簿に綴じ込み、これを読むことで情報を伝え合う、という手法が発達したのです。つまり、メモはいわば筆談の手段というわけです。このことから司法記者クラブのメモのいくつかの特質が導かれます。第1が取材したらすぐメモを書く、そのスピードです。筆談―会話が目的なのですから、メモにするのは早ければ早いほど良いわけです。しかしこれによって、取材した内容やニュアンスがより正確に(忘れないうちに)メモできるというメリットが生まれました。

取材したまま、解釈を加えず書くのが情報メモ


もう一つの特質はメモの中身です。取材したままに書く、取材した記者の解釈を加えずに書く、ということです。これはどういう意味か、解釈を加えようとすると時間がかかります。そこで聞いたままを書く。しかしこれは情報の正確性という点からはプラスです。そしてどうしても取材した情報についての自分の見方を伝えたいときは、そのことをはっきりさせて書く。メモの最後に、中尾意見と書いてから書く、という風に。実はこの、自分の解釈を加えずに、取材したままの情報を書く、というのは簡単なようでけっこう難しいことなのです。
司法記者クラブに居た後半の時期、7年後輩のM記者と共に同じ事件の捜査の取材で朝駆けをすることが良くありました。相手は検察の幹部で、都心の官舎に住んでいます。取材が終わると、新橋駅近くの一膳飯屋や時には気分を変えて皇居近くの帝国ホテルなどで落ち合い、朝食を食べながら情報を交換します。ここでは他の社の記者は居ないわけですから、声高に話し合っても良いわけです。ところが、相手の情報を聞いて、そのあと自分の取材した情報を話そうとすると、今聞いた情報に影響されるのです。
もともと検事相手の取材はあす家宅捜索があるかとか、誰々の逮捕令状を取ったかとか、答えにくいようなものが多く、検事もあいまいな検察語(第5章参照)の応答が多い。したがって微妙なニュアンスをどう受け取るかが勝負、と言えますが、それだけに他の情報を聞くとそれに影響され、同調しやすいわけです。そこで、二人で落ち合っても、まず、余計な話はしないようにして、それぞれ取材メモを書き、それを見せ合うことにしました。このやり方の効果てきめん、というとオーバーですが、そうやってメモを付き合わせ、一致する情報があったら、それはまず、間違いのない情報でした。それは、明日までは家宅捜索はない、というような、今の時点で見ると、他愛のない情報も多かったわけですが。

情報メモの共有は当然のことか


さらに司法記者クラブの記者のメモの特徴は、5人の仲間はそのメモの情報を完全に共有する、ということです。ですから直接情報を取ってきた記者以外でもその情報に基づいて次の情報取材が出来るのです。これは当たり前のようで中々難しいことなのです。私はその後、地方のデスクを3ヶ所経験して東京に戻り、首都圏部という関東地方全体にローカルニュースを放送する部のデスクをしている時、共同で企画ニュースを作る首都圏遊軍の記者たちに取材メモを書かせ、情報簿を作って情報を共有させようとしましたが、まったくの失敗に終わりました。
一つは取材拠点が放送局の中なので、筆談の必要がまったくないこと、大きな一つの事件を追うというような、絶対的にみんなが情報を共有する必要のある取材ではないこと、などが理由です。そして何よりも情報は記者の命で、よほどの理由がなければ同じ社であっても他の記者に教えたくないわけです。検察という強大な権力と向き合うために、喜んで情報を見せ合う司法クラブのようなケースはむしろ例外なのです。結局、デスクである私がそれぞれの記者の情報を受け止め、共同の取材に生かすことにしました。
メモにした情報をチーム取材に生かす、というのは簡単なことでないにしても、記者個人にとって、取材した情報をすぐメモにして自分自身に残すことはきわめて大事なことです。自分が取材している事件の問題点を整理するのに役立ちますし、それを基に長期、広域の取材につなげて行くことが出来ます。私はデスク時代、後輩の記者に、今日取材したことを今日メモにして残すことが出来るかどうかが、記者として生きていけるかどうかを左右する、と叱咤激励することにしていました。それが出来れば組織を離れても記者の仕事を続けられるかもしれないし、そんなことも出来ないようなら組織を離れる時(NHKを辞める時)は、記者という職種を変えろ、と。

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