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改札を出て、

 改札を出て、ロータリーに面した建物の前に多くの作業員がいた。以前は珍しい名前のコンビニがあった店だ。たいていコンビニが潰れて新しくできるお店といえばまたコンビニと決まっている。今度は誰もが一度は聞いたことがある有名なコンビニができるらしい。ロータリーを曲がって少し進めば同じコンビニがあることを私は知っている。この町の住人のほとんどもそのことを知っているはずだ。より駅に近くなったことで集客率は高まるかもしれないが元々あったその店の客が吸い取られるのも事実だ。私はまだ何も入っていないコンビニの形をした空き箱にできるだけ興味がないフリをしてロータリーに出た。そのまま商店街に入りいつもの帰路を歩く。昨日出たばかりのアルバムはまだ知らない歌詞とメロディで埋め尽くされていてヘッドフォンから脳みそへ直接音楽を聴いている私は商店街の見飽きた景色なんかよりも帰宅電車の時からループしている曲に夢中だった。
 薄暗い商店街を出ると小さな踏切がある。踏切といっても黒と黄色のバーはなく、電車が近づけばカンカンと音が鳴るだけの道路にすぎない。その踏切を過ぎたあたりに私が好きなたこ焼き屋さんがある。その日も前を通ったらまるでプログラムされていたかのように90度左回転し、店主のおじさんに「たこ焼き20個ください」と言う。個人経営でやっているそのお店は近所のどのたこ焼きさんよりも一個あたりの値段が安い。15個で450円、20個で600円だったら20個の方がお得だし値段のキリもいいので普段買う時は必ず20個買うことにしている。店主からたこ焼きの入った袋を受け取り再び歩き出すと、袋が揺れるたびにソースと出汁の混ざり合ったたこ焼きの匂いが漂う。手に持っていると常にその香りがしてテンションが上がるのもよく買う理由の一つかもしれない。そんな日は公園の横の坂道ではなく、階段を登って公園を経由することが多い。階段を登りきり公園に入ると先週まで全盛期だった桜は夏がじわじわと入り込んでいてピンクがやや劣性になっていた。その桜の元で3人の子供が携帯ゲーム機を囲んで話し込んでいる。私が彼らぐらいの年齢の頃、全く同じことを毎日のようにしていて、その様子がこの桜の元で行われているのだと思うとなぜか怖くなり足早に公園を出た。           
 風が桜の衣替えを急かすように吹き続けているのを見て私は今日の帰宅を記そうと思い立った。

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