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出版社を作って思った「作りたい本と作れる本の違い」

出版社を経営し始めてから「どんな本を作るの?」と色んな場所で何度も聞いてもらったが、私はこの質問がとても苦手だった。

逆旅出版げきりょしゅっぱんが作っているのは「世の中にあってほしい本」なのだが、まだ数冊しか刊行していない段階で共感してもらえる説明ができず、何度も何度も歯がゆい思いをした。

世の中には「恋愛小説を作っています」とか「マンガ専門の出版社です」とわかりやすい出版社がある中で、フワフワしたことを言うのだから仕方がない。

「逆旅出版を体現する、わかりやすい本から作る」という手段もあったが、個人的にはそれより優先したい部分があり、創業からの2年半、試行錯誤を繰り返してきた。

おかげで刊行している書籍は4冊となり、今作っている5冊目の絵本を加えると、ようやく「逆旅出版が作っている本」を理解してもらいやすくなりそうで嬉しい。

この記事ではその「5冊目の絵本の話」をしたいと思う。


作りたい本と、作れる本は別物

その前に「作りたい本と作れる本は別物」という話を聞いてほしい。

本を世に出すのは、とにかく、本当に、お金がかかるのだ。

内容を著者と共に作る編集の給料。書籍の形にしてくれるデザイナーにはデザイン料。素敵なイラストにはイラスト料金が発生する。
そして、何キロという単位で紙を買って、加工代と印刷代を支払い、送料をかけて世の中に届ける。
(この時点で驚きの大赤字)

それでお客様1人あたり1,500円前後の売上がたつわけだが、そこから書店や取次の取り分、そして著者の印税を引く。
世の中に1冊をだすために出版社が作った赤字をカバーできるのは、どれだけ節約しても1,500冊を超えたあたりからだろう。

ちなみに売り続けるなら、経理や在庫管理をする人のお給料も必要だし、倉庫や事務所の家賃が発生する。
(驚きの大赤字が継続する)

この赤字に目をつぶって挑戦し続けられるぐらい、元手があるとか、別の事業があるとか、支えてくれるベストセラーがある出版社は強い。
逆にいえば、最初のキャッシュが尽きる前に他書籍の赤字も含めて支えてくれる売れ筋書籍を生みだすことが、出版社としての勝ち筋の一つだと思う。

しかし、逆旅出版を始めた私は完全な未経験。
どんな本が売れるのか確証はないし、制作でお金をかけるべきポイントも節約すべきポイントも全て手探り。
生活もあるので、それまでのライター業やWebメディアの運営代行業をセーブして出版社をやる以上、一定数の利益は出さないといけない。

だからこそ「ズバッとコンセプトが伝わる、わかりやすい1冊」よりも、「逆旅出版が作りたい”世の中にあってほしい本”であり、作れる仕様で、需要のある書籍」をコツコツと作っていた。

「世の中にあってほしい本を作っています」という返事をして「よくわかんないな……」という顔をさせてしまう度に「できるところからやってるんだ……!今じゃないけど、挑戦したいものが沢山あるの!チョット待って!」なんて思いながら。

話を戻して、今まさに動いている「5冊目の絵本」はついこの間まで「今じゃないけど絶対に作りたい本」のひとつだった。

挑戦したかった絵本というジャンル

とにかく絵本が作りたかった。
少子化とか読書離れとか言うけれど、そんなことは関係ない。

なぜかといえば、自分の幼少期が本のおかげで成り立っていたからだと思う。

幼少期の詳しい話はこちらの記事で語っているが、幼い頃の私を端的に言えば、とにかく友達が少ない本の虫。
好きなものは周りと噛み合わないし、集団行動も苦手だし、客観的に見て虐められても仕方がない子だったと思う。

でも、とにかく本を好きなだけ読める環境だったおかげで、私は「寂しさ」とは無縁で過ごしていた。
ミステリーやファンタジーはまだ見ぬ世界があることを教えてくれたし、勇敢な主人公は自分の言動で未来が変わることを示してくれたし、多くの著者が多少の難があっても立派な大人になれると背中で示してくれた。

子どもの世界はとても狭くて柔軟だと思う。
楽しいと思う何かに出会えばそれにまつわる職業につきたくなるし、両親や友達と意見が異なると世界中から反対されたように感じる。だからこそ、たった1冊の「存在を肯定してくれる本」に出会えただけで、心の底から救われることもある。

どんなジャンルの書籍でも読者を楽しませたり背中をおしたりはできるけれど、幼少期に関われる可能性が高い「絵本」で、そんな本を作れたら……ロマンがある。

また私は大の旅行好きで、他の国に旅行する度に「この謎な言語で、識字率ほぼ100%の日本ってすごくない?」と思っている。

それはやっぱり自分達より前の世代の人達が「読めることはいいこと」と認識して教え続けてくれたからだし、本が好きかどうか、最近読んだかどうかに差こそあれ「読めてよかった」という機会が多くあるからだと思う。

絵本は、誰かの人生初の「読めてよかったと思う機会」にもなり得る。こちらもロマンがある。

出版社から見る絵本作りの現実

とはいえ、勢いで挑戦するわけにはいかなかった。

絵本は数ある本の中でもコストがかかる。

ビジネス書や小説よりもページ数が少ないとはいえ、全てのページにイラストがあり、全てがフルカラー。
デザインも自由が効くからこそ安くはないし、使う紙すべてが大きく分厚い。子どもが扱いやすい工夫が、色んなところにされている。

にも関わらず安い。ものによっては1,000円をきる。今どきランチでさえ1,000円じゃ足りないのに。

5人ほど絵本をだしている出版社経営者の先輩方にお話を聞いたが、そもそも書店などへ送るのに必須な送料も高いうえに、試し読みするのが「子ども」だから、返品された場合も売り物にできない状態になっていることが多いそうだ。
(つまり送料だけがかかって、在庫が減り、純度100%の赤字になる)

また、客層は狭く、ベストセラーが多いジャンルだ。
子どもが身近にいない人は売り場に寄ることすらないし、誰かへのプレゼントなら、よほどの理由がない限り不動の名作を選ぶだろう。

絵本というジャンルに挑戦するなら、この状況を打破するくらい「選んでもらえる1冊」にしないといけない。
だから、いろいろな案は膨らむものの決断しかねていたし、きっと挑戦できるのは「絵本で損失があったとしてもそれをカバーできるほどの売れ筋書籍を積み上げられてからだ」と思っていた。

「きょうだい児」というコンセプト

そんな悩ましい絵本の話がポンポンと進みだしたのは、ブロガーの「ヒトデさん」が、この話にのってくれたからだった。

  • きょうだい児に焦点をあてた絵本って世の中になくない?

  • クラウドファンディングで寄贈を募れば、世の中に広める+読者を増やす+赤字で事業を続けられない状況を避けられる!

  • 書籍のコンセプトとして「1人じゃない」というメッセージを伝えたいから、クラウドファンディングに参加してくれた方の名前で「名簿ページ」を作りたいね

などなど一気に話が具体的になって、その膨らんだ先のどれもが逆旅出版の中だけで考えていたものよりも素敵なもので、あっという間に形になった。

「きょうだい児って何?」という方は、ヒトデさんのこちらのブログを読んでもらいたい。先ほど「書籍が存在肯定になり得る」と言ったが、きっとこのブログで「肯定してもらった」と感じた人も多いと思う。

私はこのブログを公開当初(もう6年前!)に読んで、その時に「きょうだい児」という言葉を初めて知った。

きっと私が想像した以上に「きょうだい児」当事者の方々はいろんなことを乗り越えているだろうし、人の数だけ正解ややり方があるからこそ難しい部分もあるのだと思う。

だからこそ、そんな「きょうだい児」の力になれる絵本を形にできたら、数ある絵本の中でも「選ばれる理由のある1冊」になると思った。

余談だが、絵本そのものには「障がい」や「きょうだい児」という言葉は使わず、ストーリーそのものはそれらを知らなくても楽しめるものにした。
「セーラームーン」や「仮面ライダー」のように子どもの時は子どもの感性で、大人になってからは大人の感性で楽しめるコンテンツにしたかったからだ。

ストーリーはクラウドファンディングのページでほぼ公開しているため、気になった方はぜひ見てみてもらいたい。

子どもに見せていい内容か、知って安心してもらいたかったのと、イラストが可愛すぎてかなりネタバレしている。

そんな可愛いイラストを担当してくれたのは、絵本作家・イラストレーターの「ももろさん」

逆旅出版でだしている書籍のイラストは、私が「素敵だな」と思ったクリエイターさんを著者に提案し、その後に依頼。書籍のコンセプトや読者層を元に、今のところ全て描きおろしで制作してもらっている。
(お金はかかるがこれは正しい使い方)

ももろさんは、実は出版社を始めてからずっと「絵本に挑戦する時はダメ元でご連絡だけでもしたい」と思っていたクリエイターさん。

ヒトデさんと書籍の詳細を決める度に「この内容をももろさんなら暖かく可愛く表現してくれそう」などと思い始めてしまい、提案・依頼し、引き受けてもらった。

今年もたくさんの書籍を手がけられている売れっ子作家なので、9割描いていただいた今も、引き受けていただけたことが夢なんじゃないかと思う。

ここだけの話だが、ももろさんに加わってもらうまで、主人公は「白くま」じゃなかったし、ストーリーが違う部分も多々ある。この絵本が形になる上で、ももろさんのセンスや発想は絶対に欠かせなかった。


そして、デザインはタカハシデザイン室の「高橋雅之さん」に依頼をした。

いしいしんじさんの『トリツカレ男』のデザインから知り、小さい頃に読んだ絵本『なぞなぞのたび』も手がけられていると知り、「ダメ元でお声がけでも……」と連絡をしたら快く引き受けてくださった。

1994年の創業から沢山のデザインを手がけられているし、デザインを担当した『さくらの谷』は第52回講談社絵本賞を受賞していて、まさか出来たばかりの逆旅出版の依頼を受けてくれるとは思わずとても嬉しかった。

今はももろさんのイラストの色味や雰囲気を活かす用紙や、タイトルのフォントなどを相談している。楽しくて仕方がない!

そしてこの記事を書いている時点で、クラウドファンディングで4,928,750円の支援をいただき、400冊以上のお届け先が決まっている。

どれだけ読書離れだとかオワコンだと言われようとどうでもよくて、「この本は世の中にあった方がいい」と思ってくれる人がこれだけいるという事実が嬉しくて仕方がない。

クラウドファンディングは9月15日(日)23:59で終了して、そこから支援してくださった方々のお名前一覧ページを作り、用紙や加工を決め、色々な手配をするから、世の中に出せる11月まで嬉しい忙しさが続く。

かなり長くなってしまったけれど、逆旅出版の絵本への思いや現時点のことを最後まで聞いてくださり、ありがとうございました。

もしこのnoteで逆旅出版やこの「きょうだい児プロジェクト」を知ってくれた方がいたら、ぜひクラウドファンディングのページも見てくれると嬉しいですし、共感してくれたらぜひご支援お願いします。

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