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魔女

何度目か、あの人が魔女だと聞いたのはおそらく9月の終わりの土曜日だった。

「あの人は魔女なんだよ」

彼はつぶやくように言った。

「前にも聞いたよね、それ」

僕は一旦そう言ってから「で、仮にあの人が魔女なら、一体どんな不都合があるってんだい?」と続けた。

今までずっと聞き流していたのに、どうしてか、その日は彼の発言を掘り下げてみようと思ったのだ。その日と前回までで、自分にどんな違いがあったのか? 乱暴に表現すれば、やはりそれは〝気分〟ってことになってしまう。

「君が不都合に感じてないなら、別に気にすることはない。ただ、彼女が魔女であるこには変わりはない」彼は静かな声で言った。

「いつものパターンか」

いつだって彼は名言しない。自分で考え、自分なりの結論を出したらいい。そういうスタイルなのだ。

「いや、じゃあ、今日はもう少し踏み込んで話してみようと思う。そうだな。こんな例を考えてみて欲しい」

彼もめずらしく普段とは違う気分なのか、そう続ける。

「周りの人が当たり前にできているのに、どうしたって自分にはうまくできないことがあって、自分には致命的な欠陥があると悩んでいたとする。ただ、ある時、それにはちゃんと理由があって、とある病気が原因だったと分かったとする。そんな時、少なくともおれは救われた気分になる。あの人が魔女だと知る事はそれに近い」

彼の発言について、僕はしばらく考えてみる。発言の意図。それについて自分の中で生まれた感情や思いを整理する。

「……言いたいことはなんとなく分かった。でも、なんでもかんでも病気にすのは好きじゃない」

そう、世界には病気がありすぎるのだ。

「それは同意だ。今回はある程度認知されたソレを考えてみて欲しい。病気でなくてもいい。それに名前がついてることが重要だ。名前がつけば、ソレに情報が連結しやすくなる。場合によって、ソレに対する的確な対処ができる。」

僕は黙ってうなづいて、あの人について、あらためて考えてみる。

最近のあの人。会ったのは3日前だった。その時、僕はどうだっただろうか?

最近というか随分前から、あの人といると冷静ではいられなくなることがある。動悸がはやくなる。会った後、激しい疲労感に襲われることもある。あの人からは制御されないエネルギーが好き勝手放出されて、なんとか跳ね除けたり、制御したりすることに追われることがある。

「────確かに不都合はあるのかもしれない。それでも僕はあの人と関わらないわけにはいかない。少なくとも関わらないという選択は、今のところ考えていない。────そもそも、関われる時間にも限りがあるからね」

随分と長い記憶の旅を終えてから、僕はそう口にする。

「そう君が考えるなら。それはそれでいいことだと思う。たた、君が望むなら、魔女の性質、こちらが取るべき対応を、君に教えることができる」

「……気が向いたら、聞くかもしれない」

「わかった。……あと、救いになるか分からないけど、あの人は自分が魔女であることを知らないだ」

「つまり……あの人は自分の意思で魔女になったのではないってことかな?」

「魔女になるには①自ら選ぶか②ならされるか③いつのまにかなってるか のどれかだ。あの人は③のケースにあたるんだ」

それぞれのケースの違いについて、もちろん知りたい気持ちはあった。ただ、これ以上それについて知ると、僕の世界の見方がまた少し、今までとは別のものになってしまうような気がして、それについて聞くのはやめる。

「これも救いになるか分からないが」そうい前起きをしてから彼はつづける。「少なくともあの人は君を愛しているんだよ」

「知ってるさ、そんなこと。そして僕もあの人を愛している」


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宮藤宙太郎
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