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中小製造業こそ取り組むべき「オペレーションズ・マネジメント」による業務の全体最適化とDX化

人材不足が止まらない

人材不足に悩まされている中小企業は多いと思います。労働人口が減っているため、なかなか中小企業に人材が回ってきません。そのような状況でも企業は操業を続けていく必要があります。

経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言われます。ヒト(人材)は経営資源の筆頭に挙げられています。これは日本企業が伝統的に人材を重視してきたからかもしれませんが、今後とも人材を重視し、人材の持てる力(ポテンシャル)を最大限に活用しようと思うなら、人材不足への対策を真剣に考えるべきです。

この問題を人事の問題と考えた場合、「どうやって必要な人員を確保するのか」という話になります。しかし、人材不足の問題はもはや人事の問題ではなく経営の問題です。問題の重大性から考えて、人事部門は人材不足という全社的、経営的問題を解決するために経営を補佐するという立場になるべきでしょう。

大企業でも人材不足は深刻でしょうが、人材(特に新卒学生)が中小企業よりも大企業を好む傾向がある以上、大企業よりも中小企業の方が事態はより深刻だといえます。

事業を縮小するのでなければ、企業がこの状況を打破するための方策は2つしかありません。待遇を良くして従業員を増やすか、設備に投資して設備を充実させるかの2択です。どちらも「お金」のかかる話です。要するに、ヒトにお金をかけるか、モノにお金をかけるかの選択ということです。

いま、お金をかけても人材が得られない状況にあります。そして、希少なものは高額になるというのは、いつの時代にも共通する経済原則です。したがって、人材が減り続ければ、人材1人にかかるお金は増え続けると予想されます。

それでも、お金をかければ良い人材が確保できるならまだましです。お金をかけても人材を一向に採用できないという企業もあるでしょう。いま、人事部門は岐路に立たされています。これまでのように経営課題や業務と切り離されて「(退職による自然減とのバランスで)頭数だけ確保すればいい」ということでは済まされなくなっています。

経営課題と業務課題の達成のために、労働市場という外部状況を見極めながら最適解を経営に提言するする役割を担っています。そのためには、人事のことだけを考えているわけにはいかず、事業戦略やマーケティング、各部門の業務を理解した上で人材への投資と情報化を含む設備への投資の両面から人材戦略を考える必要があります。

そのとき、大企業であれば人事部が経営企画部門と連携するという道がありますが、中小企業の場合は経営企画部門がない、もしくは計数管理のみを行っている場合が多いので、人事部が経営企画的な発想を持つことが期待されます。

ただし、経営企画というのはカバーしなければいけない範囲が広く、中小企業の人事部のマンパワーで経営企画機能を全般的にカバーすることは、ほぼ不可能に近いといえます。そこで、焦点を絞った課題選択と課題への取り組みが必要になりますが、現在、人事部と経営企画の共通領域で最も重要な経営課題は「業務の全体最適化」と「DX化」だといえます。

そして、この2つの課題は密接に連動しており、少ない人員で業務の全体最適化を実現するためにはDX化が不可欠になります。

業務の全体最適化を考える「オペレーションズ・マネジメント」

業務の全体最適化の重要性は、いま認識されたことではなく、これまでも認識されていましたし、長年この課題に取り組んでいる企業はたくさんあります。しかし、これまでは「何をもって全体最適と言うのか」という点が曖昧なケースが多く、「全体最適」という言葉だけが独り歩きしていた感が否めません。

この問題に対しては「オペレーションズ・マネジメント」というコンセプトを採用することが1つの解としてあります。

オペレーションズ・マネジメントとは、意思決定された戦略を実行するために各業務が個々に効率化することに加えて、会社の業務全体が経営層の策定した戦略の実行に最適化するよう、会社の業務全体を設計し、運用することをめざしたマネジメントの考え方です。

図表1は、中部産業連盟のオペレーションズ・マネジメントのプログラム紹介ページに掲載されているコンセプト図ですが、様々な業務が戦略の実行に向けて連動するイメージが伝わると思います。

(図表1) https://www.chusanren.or.jp/operations_mgt/01.html

結局のところ、企業がすべきことは「戦略の実行のために、人材と設備にどうバランスよく投資すべきか」を人材採用難という現実を踏まえつつ検討、決定することです。人材の問題は人事で、設備の問題は技術と製造で、というわけにはいかないと言い換えることもできます。

そして、この業務の全体最適化、「人材と設備の問題を切り離さずに考える方向での検討」の必要性は大企業よりも中小企業の方が大きいといえます。特に、製造業では設備の重要性が高い一方で、中小製造業では製造を派遣社員等の人力に頼っている企業も多いため、中小製造業においては人材と設備を両睨みで会社業務の全体最適を模索する重要性は高いはずです。

この悩ましい問題の解決策の1つがオペレーションズ・マネジメントです。オペレーションズ・マネジメントは個々の業務を改善して効率化するだけでなく、社内の業務を全体最適化して業務間の連携を良好にすることをめざします。それによって、業務の停滞を減らして迅速に価値を生産しつつ、業務間の調整にかかる人的労力、調整コストを減らすことが可能になります。

したがって、これからは人材への投資も設備への投資も、個々の業務の効率化や生産性を考えるだけでなく、オペレーションズ・マネジメントの観点から業務の全体最適を実現するための人材投資、設備投資を考えるべきです。この視点を経営幹部および各部門の部門責任者が持つことは、中小製造業の生産性向上、付加価値創造力の強化にとって決定的に重要だといえます。

DX化とは情報技術と人の作業の棲み分けまでを考えること

このようなオペレーションズ・マネジメントの視点に基づく業務の全体最適は情報技術の伸展によって、従来では考えられないほど、その実現が加速すると期待されています。

ただし、ここで注意しなければならないことは、個々の業務の効率化をも含めた業務の全体最適化は、そのすべてが情報技術によって可能なわけではないということです。単に各業務を情報技術によってつなげば業務の全体最適化が実現するかというと、話はそう単純ではありません。

そもそも、DX化とはIT化ではありません。IT化であれば、可能な限り人のやっている業務をITに置き換えることが目的になるのでしょうが、DX化はそれを目的とはしません。

DXとは「デジタル・トランスフォーメーション」の略です。トランスフォーメーションというのは「変形、変身」という意味です。つまり、デジタル・トランスフォーメーションとは「デジタルによって、企業を変身させる」という意味だと理解できます。もう少し力強い表現をするなら「デジタルで企業を変革する」ということでしょうか。めざしているのは変革であり、デジタル化(IT化)そのものではありません。

DX化の背後には「めざす経営のイメージ」が必要です。そのイメージには、より上位の定義としてはパーパスやミッション、ビジョンが必要ですし、またそれらの実現の方向性を示した経営戦略や事業戦略が必要になります。そして、意思決定された戦略を効率的に実行するためには、各業務の効率化と業務全体の効率化を実現するオペレーションズ・マネジメントという考え方が必要になるのです。

このような視点でDX化を進めるとき、「すべてをIT化すればいい」ということにはならないはずです。

もしかしたら現在は過渡期で、将来的には数人の経営幹部以外は機械しかいないというのが会社の標準形態になるのかもしれませんが、現在のところ、機械がやった方が良い作業、人間がやった方が良い作業があり、両者を統合するインターフェースが必要で、また業務間をつなぐシステムが必要です。

こうした複雑な問題に対して、そのときどきの最適解を考え、実行していくことがDX化だといえます。そして、そのためには「業務全体がどうなっていることが望ましいのか」を市場環境に適合させて描くオペレーションズ・マネジメントの視点が極めて重要になります。

DX化というと、つい「単純なデジタル化(=業務のIT化)」と考えがちですが、オペレーションズ・マネジメントの考え方を下敷きにして、そこから「どこをデジタル化すべきか」、「どこを人間が担うべきか」、「人間と機械の接点をどうデザインすべきか」、「デジタル化によって各業務をどうやって連動させるのか」、そして「それらがどのように価値創造力を高めるのか」、「そのために組織をどのように変革すべきか」を考えることがDX化だといえます。

言い換えるなら、DX化の設計思想中心にはオペレーションズ・マネジメントの考え方があるべきだということです。

人材不足に頭を抱えている中小製造業も多いと思いますが、そのような企業こそオペレーションズ・マネジメントの視点で「いかにして少ない人員を効率的に動かして業務を回していけるか」を考えて、なるべく全体最適に近づけていけるようDX化を推進すべきです。そのためには、セクショナリズムとタコツボ化を乗り越えて、人材への投資と設備への投資を統合して議論できるような意思決定システムと組織風土を作っていく必要があるでしょう。


(執筆者:中産連 上席主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメントと事業開発を専業とするブティックファームを経て現職。現在は、事業拡大と新規事業開発によって長期的な成長をめざす中堅・中小企業の経営方針・事業戦略の策定と現場への浸透を中心にコンサルティングと人材育成を担当しています。

中部産業連盟では、各種コンサルティングおよび人材育成支援を実施しています。コンサルタントの派遣にご興味のある方は以下の問い合わせ先にご連絡ください。

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