模倣戦略と前例主義(あるいは戦略的意図なきベンチマーキング)
経営学の世界でひと頃「模倣戦略」という概念が話題になりました。
模倣戦略とは、他社の何かしら優れた点を自社の製品やサービス、あるいは事業に取り入れて、それによって収益を確保しようという戦略です。あわよくば後発者としてのメリットを享受してリーダーを出し抜こうという狙いもあります。
他人のやっていることを模倣することを侮蔑的に「猿真似」と言ったりします。英語では「Copycat」です。猿ではなく猫ですね。昔々、イギリスではCatは人を軽蔑するときに使う言葉だったようです。それで、他人の真似をする人のことをCopycatと呼ぶようになったという説があるようです。
このような「模倣蔑視」の見方がある一方で、わが国では「学ぶ」という言葉は「真似ぶ(まねぶ)」から来ている、つまり他人の真似をすることから学びは始まる、という見方もあります。
このように「模倣」には相反する2つの見方がありますが、経営にとって大事なことは「それが企業の収益を向上させるかどうか、競争に有利に作用するかどうか、持続的発展をもたらすかどうか」です。この点から言うと、模倣は戦略上有効であるということが経営学の研究で明らかになっています。
日本における模倣戦略の第一人者は早稲田大学の井上達彦教授だと思いますが、井上教授によれば模倣戦略は以下の5つに分類できます。
①迅速追随
確実に「二番手」を狙う戦略。一番手(パイオニア)が先行者利益を完全に享受して市場を独占する前に、立ち上がりつつある市場のある程度の部分を獲得することを狙った戦略です。
②後発優位
市場の趨勢が決まって、確実に「これをやればいい」ということが見えてきた後に市場に参入する戦略。資金力を含む経営資源にものを言わせて先行者のリードを覆す、あるいは無効化することを狙った戦略です。
(松下電産が先行者であるソニーを模倣したことは有名です)
③同質化
競合に後れを取らないために「とりあえず自社も類似のものを出しておく」という戦略。注目されている分野の商品を出さないことによる自社のブランドイメージの低下を防止することを狙った戦略です。
④正転模倣
自社から「遠いところ」を参考にする戦略。自社とは全く関係のない他業種や他の国、あるいは遠い昔の事例からヒントを得て自社の競争力強化に活かすことを狙った戦略です。
(井上教授はトヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏がアメリカのスーパーマーケットのシステムからヒントを得た事例を挙げていますが、この例は私も好きな事例です。問題の本質を捉え、視野を広くもって様々な情報を偏見なく受け入れることで生まれたイノベーションだと思います)
⑤反転模倣
近くにある悪い例を反面教師にする戦略。「こうでなければならない」という業界の常識に対して「こういうことも可能だろう」という新機軸を打ち出すことでイノベーションの実現を狙った戦略です。
経営学の研究によって模倣戦略が有効な戦略であることがわかってきています。筆者もコンサルタントとしてクライアント企業に模倣戦略の角度からアドバイスを提供することがあります。
特に、「正転模倣」については、中小企業がもっと真剣に考えるべき戦略的視点だと思っています。
直接の競合のような近いところで模倣をしようとするなら、迅速追随のように素早く模倣を決定する決断力や後発優位のように圧倒的な経営資源によるキャッチアップ能力が必要になりますが、これらは中小企業にはなかなか難しいでしょう。
だとすると、すでに結果が出て評価の定まっている事例を(競合が気づいていない)遠いところに見つけて、それを自社のビジネスに活かすことを考えるべきです。その方がじっくり研究することもできますし、場合によっては自社流のアレンジも可能ですし、中小企業には向いていると思います。
コンサルティングの現場ではこんなことを説明して、経営者や担当役員と議論するのですが、そういう場面でよく出てくるのが「ベンチマーク」や「ベンチマーキング」という言葉です。
正直に言って、筆者はベンチマークやベンチマーキングという言葉が好きではありません。手軽に答えが見つからないか、という安易な思考が見えるからです。
もちろん、そうではなくて真面目に優良な競合から学ぼうという意味でベンチマーキングと言っている人もいるのですが、かなりの割合で「どこかに都合のいい答えがあるんじゃないか」という、安易な考えでベンチマーキングと言っている人がいます。
この悪い意味でのベンチマークあるいはベンチマーキングという言葉を使う企業は、かなりの高確率で「前例主義」を重んじる会社です。
前例主義とは「ものごとを過去の事例にならって判断、処理すること」を言います。筆者が模倣戦略の話をすると、それを前例主義と勘違いして「だから他社でうまくいっているところを見つけて真似ればいい」、「成功している会社を真似てそのままやればいい」、「早く都合のいい他社事例を見つけなければ」と言い出す人が部長レベルや事業部長レベルでもいます。
そういう「安易な前例(先例、先行事例)探し」をベンチマークと呼ぶ人もいますが、それは間違いです。それは単なる前例主義に過ぎず、戦略でも何でもありません。もちろん、前例主義と模倣戦略は異なります。
ただ、一見すると前例主義と模倣戦略は似ているようにも見えます。前例主義は過去の例をそのまま真似て現在の問題を処理しますし、模倣戦略は他社の製品やサービスを模倣します。違いは何でしょうか。
前例主義と模倣戦略の明確な違いは、そこに戦略的意図(あるいは目的)があるかどうかです。
戦略的意図(あるいは目的)があって、参考にできそうな他社の取り組みの「ここはそのまま取り入れてみよう」、「ここは自社流にアレンジできないか」、「ここは自社には関係ない」という切り分けができるのであれば、それは模倣戦略ですが、それができないなら(あるいは、それをしないなら)それは前例主義であり、企業の思考力を奪う危険な行為です。
模倣戦略は広い視野で世界(自社の外側)から学ぶという意味で企業、特に中小企業の地力を強化することに役立つと思いますが、安易な前例主義に陥ってしまうと逆に企業の地力を奪ってしまいます。
筆者が企業を支援する際には筆者がファシリテーターとして注意深く企業担当者の思考の流れや議論の流れを読んで前例主義的思考にならないようにガイドしますが、企業がファシリテーターなしに模倣戦略を検討する場合は安易な前例主義に陥らないよう、細心の注意を払って検討を進めてください。
そうすれば、自社の外側から広く学び、戦略的意図をもって打ち手を考える模倣戦略は中小企業の地力を確実に高めることでしょう。
(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。