ビジネスは不完全情報ゲーム
完全情報ゲームと不完全情報ゲーム
ビジネスは「不完全情報ゲーム」だと言われます。不完全情報ゲームとは、麻雀やポーカーのようにプレイヤー(ゲームの意思決定主体)がゲームの進行状況に関する情報を部分的にしか持つことができないゲームのことを言います。
不完全情報ゲームに対置されるものとして「完全情報ゲーム」があります。完全情報ゲームでは、ゲームの進行状況に関する全ての情報がプレイヤー全員に共有されています。将棋や囲碁が完全情報ゲームだと言われます(正確には「二人零和有限確定完全情報ゲーム」と言うらしいのですが、ここでは簡単に完全情報ゲームと言います)。
将棋は完全情報ゲームですから、将棋盤の上(ビジネスで言うなら市場などの事業環境)がどのようになっているのか、相手がどんな手を指したのか(ビジネスで言うなら、ライバル企業の行動)が全てわかります。上手い人なら、そこから相手の戦略の意図を読み取ることもできますし、その情報に基づいてこちらの戦略を立てることもできます。
完全情報ゲーム(二人零和有限確定完全情報ゲーム)の特徴を別の言い方で表現すると「正解がある」ということです。有限回の手番での勝ち手順が存在する、と言ってもいいかもしれません。理論値としての正解、勝つための正しい手順が存在するということです。
勝つための正しい手順は計算によって求められます。なので、完全情報ゲームでは計算力の高いプレイヤーが有利になります。コンピューターの計算能力が高まれば、コンピューターはどんどん強くなるでしょうし、実際に強くなっています。
コンピューターがなかったときは、おそらくたくさん研究して「正解と思われる手順」を見つけて、それを暗記することに長けた人が強かったのではないかと思います。対局中に瞬時にスーパーコンピューター並の計算力で正解を導き出せる人がいたとは思えませんので、ある局面での正解のパターンを記憶していたはずです。将棋における「定跡」とは、正解として広く認識されたパターンのことだと言っていいと思います。この定跡をたくさん記憶している人は、そうでない人よりも正しい選択ができるわけです。
不完全情報ゲームとしてのビジネスの特徴
将棋(完全情報ゲーム)の話はここまでで、ここからが本題です。
ビジネスは不完全情報ゲームだと言われます。実際に不完全情報ゲームだと私も思います。なぜなら、ビジネスでは意思決定に必要な情報が全て手元にあることはないからです。
ビジネスでは、プレイヤーである企業は顧客や市場に関する情報を完全に把握することはできません。また、競争相手がどのような情報を持っているかもわかりませんし、競争相手が何をしようとしているのかもわかりません。そのことが、ビジネスにおける「未来の不確実性」つまり「将来のことは正確にはわからない」という状況を生み出します。
将来のことは正確にはわからないわけですから、事前に検討し尽くすことは不可能です。事前に検討し尽くすことができないため、何かあれば、その場で考えて判断しなければなりません。つまり、不完全情報ゲームでは事前の勉強(研究)に加えて、局面ごとの状況理解力と判断力が重要になるということです。判断によっては、時には思いがけない損失を出し、時には期待以上の利益を得ます。それでも、なるべく安定的に利益を得たいというのが、全ての企業の希望していることではないでしょうか。
その場合、社内外の状況を読むこと、流れを読むこと、競争相手の戦略を読むこと、そして社内の従業員の心理を読むことが必要になります。麻雀やポーカーが心理戦になるというのは、これらのゲームが不完全情報ゲームで、見えている情報から隠されている状況や将来発生する(かもしれない)事態を読み取らないといけないからです(ちなみに、私は麻雀もポーカーもやらず、もっぱらビジネス研究の題材として麻雀やポーカーのことを調べていますので、麻雀特有の勝つための戦略とか、ポーカー特有の駆け引き等については説明できませんのでご了承ください)。
同じ情報でも、相手の表情や仕草によって読み取れるものが異なりますし、観察力や分析力の違いによっても読み取れるものが変わります。
2つの対応策:情報収集と確率計算
不完全情報ゲームが持つ不確実な状況への対応としては2つの方法が考えられます。1つは「情報の不完全性をなくして(つまりは、なるべくたくさん情報を集めて)、不完全情報ゲームを完全情報ゲームに近づけてしまう」という方法です。もう1つが「読みの技術を高める」という方法です。
読みの技術を高めるというのは、言い換えると「確率計算をして、なるべく勝ちやすくなり、同時になるべく負けにくくなる選択肢を割り出す」ということです。成功した場合の予想利益と失敗した場合の予想損失を成功・失敗それぞれの確率を加味して天秤にかけるわけです。
成功する確率が高そうだったり、成功した場合の利益が大きいと考えた場合には、多少のリスクを引き受けてでも実行することになるでしょうし、成功した場合の利益が大きくなければ、失敗の確率や失敗した場合の損失の大きさを考えて引くこと(実行を断念すること)も必要です。
成功への道も失敗回避の道も確率によって判断されます。ただ、その確率計算に用いられる情報が不完全なので、「この計算(判断)が正しいのか、正直わからない」ということがほとんどです。
救いは、ライバル企業も状況は同じということです。ライバル企業も不完全な情報に基づいて確率計算をして意思決定をしなければなりません。したがって、自社だけが不利で理不尽な状況を押し付けられているということではないのです。
そうであるなら、状況にきちんと対応した企業が有利になります。前述したように、不完全情報ゲームの不確実な状況への対応には2つの方法があります。1つは「情報をたくさん収集して、情報の不完全性を減らすことで完全情報ゲーム化してしまう」というもので、もう1つは「確率計算の技術、質を高める」というものです。
重要なことは、この2つの対応方法の両方で、AIが今後ますます活用されるだろうということです(実際、マーケティングの分野では、市場情報や顧客情報の収集でも分析でもAIが使われるようになっています)。
と同時に、競争というものの性質上、「競争相手を出し抜く」という意図が各プレイヤー(企業)にはあります。そうである以上、AIを駆使したとしても不完全情報ゲームの持つ不確実性を排除することはできないはずです。また、世界中の全ての顧客情報や将来のどこかの時点で出現するかもしれない強力な新規参入企業の情報まで全て織り込んで計算させることは不可能ですし、その意味でもビジネスの不完全情報ゲーム性を排除することは難しいといえます。
つまり、AIに頼れない部分が一定程度は残るわけです。そこで、判断し意思決定する側の人間として心得ておくべきことは、「ビジネスが不完全情報ゲームであり、確率論的な判断(つまり、外れる可能性のある決断)をしなければならない」という事実を忘れない、ということになります。
この事実を忘れなければ、「絶対に間違いのない正解」を探そうとして時間を無駄にすることもなくなるでしょうし、安易な「特効薬」に振り回される失敗も避けられるでしょう。
ビジネス固有の状況と幹部層の役割
と、ここまで書いて、麻雀やポーカーとビジネスの決定的に異なる点を指摘したいと思います。
それは、ビジネスは純粋にランダムな状況ではないということです。麻雀やポーカーでは、牌やカードはすべてプレイヤーに対してランダムに配られます。また、ゲーム進行中に受け取る牌やカードもランダムです。
しかし、ビジネスでは有名な会社や業績が伸びている会社、話題の新製品で注目されている会社、福利厚生が充実している会社、生産性の向上によって業績を落とさずに働き方改革を実現できている会社のような、いわゆる「良い会社(人材の側から見た場合の良い会社)」には良い人材が集まります。麻雀やポーカーに例えるなら、これは配られる牌やカードがいいとか、ほしい牌やカードがどんどん自分の手元にくるという状態です。
また、ビジネスにおける競争は企業がその事業から撤退しない限り、永遠に続きます。ゲームのように1回もしくは一定の回数が終わったらリセットして全プレイヤー同条件で最初からやり直しということにはなりません。不利な状況に置かれたプレイヤーは不利な条件を抱えたままゲームを続けなければいけません。
ただし、すでに述べたように、ビジネスで扱う情報は膨大ですから他の企業にとっても依然として将来の状況は不確実なままです。人材や資源に恵まれた企業は状況への対応力は高いかもしれませんが、その企業が確率論的に最適な解を導き出せるかどうかはわかりません。資源が豊富なので、何かあった時に失敗や損失をカバーするには有利かもしれませんが、経営資源が豊富というだけで成功が約束されるわけではありません。
このことは『ビジョナリー・カンパニー』というビジネス書のシリーズを読めばよくわかります。有名な大手企業でも業績が伸び悩み、場合によっては衰退することがあります(逆に、業績低迷という不利な状況から脱して復活する企業もあります)。
リセットしてはじめからやり直すことのできないビジネスにおいて重要なことは、ビジネスが完全情報ゲームではなく不完全情報ゲームであることを認識して、定性・定量の両面から情報(データ)を集めて分析すること、そして分析結果を考慮して「勝てそうな確率と失敗を回避できそうな確率」を考えながら決断を下す(行動を決める)ことです。
また、それによって順調な企業はさらに順調になる可能性が、不調な企業は不調から脱する可能性が高まります。ビジネスが不完全情報ゲームであることを受け入れるなら、このような対応をしなければいけないことは容易に理解できると思います。
不完全情報ゲームであるビジネスをどう戦うのかを考えることこそが経営幹部層の戦略思考が必要とされる課題であり、またコンサルタントがお手伝いすべき最重要の領域であると私は考えています。
(執筆者:中産連 上席主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメントと事業開発を専業とするブティックファームを経て現職。現在は、事業拡大と新規事業開発によって長期的な成長をめざす中堅・中小企業の経営方針・事業戦略の策定と現場への浸透を中心にコンサルティングと人材育成を担当しています。
中部産業連盟では、各種コンサルティングおよび人材育成支援を実施しています。コンサルタントの派遣にご興味のある方は以下の問い合わせ先にご連絡ください。