ビジネスモデルを見直して既存事業の戦略を転換する
既存事業のビジネスモデルを書けるか?
ビジネスモデルを書くというと、普通は新規事業の検討を思い浮かべると思います。しかし、ビジネスモデルを書くという作業は既存事業においても重要です。
ビジネスモデルを書くということは、事業の要点を明確にするということにほかなりません。要点とは「重要ポイント」ということです。要点がわかれば、既存事業のどこを変えることで事業を成長させられそうか、どこを改善すれば顧客からより信頼され、新たな注文が獲得できそうかということを具体的かつ明確に考えることができます。
反対に、事業の要点がわからなければ、事業を成長させたくても限られた資源の効果的な投入方法がわからず、資源の無駄遣いになるばかりか、せっかく経営資源を投入して事業にテコ入れをしても期待した効果が得られず、徒労感が蓄積して人材が疲弊してしまいます。
既存事業のビジネスモデルを明確にすることは、かくのごとく重要なのですが、実際には既存事業のビジネスモデルを明確にしてみようという企業は多くありません。理由は、やはり「分析なんかしなくても、既存事業のことはよくわかっている」という気持ちが強いからでしょう。わざわざ手間をかけてビジネスモデルを書かなくても、大事なことは頭の中に入っているということなのだと思います。
それはそれで立派なことで、ベテランの重要性というのはそこにあるとも言えるのですが、一方で「わかっているつもり」で見落としている、変化に対応できていないことに気づいていない、ということもあります。既存事業のビジネスモデルを書いてみることで、こうした見落としを防止することができます。
戦略転換とはビジネスモデルの書き換えのこと
長い歴史のある企業は会社を維持する過程のどこかで事業の戦略転換を経験していることがあります。有名な企業で言うと、例えばインテルがDRAM事業から撤退して経営資源をMPU事業に投入することで復活したことは、よく知られた事例です。また、富士フイルムがフィルム事業で培った材料開発や培養技術を用いてヘルスケア事業で成功したことも有名な事例です。富士フイルムはフォトレジストに代表される半導体材料事業にも力を入れていて、半導体事業はヘルスケア事業と並ぶ同社の主要事業になっています。
このような大手企業でなくても、中堅・中小企業でも長い歴史の中で曲がり角や転換点があったという企業は多いと思います。既存事業のビジネスモデルを書くことは、この曲がり角や転換点を意図的・意識的に見出して、先手を打って対応する試みの助けとなります。
実のところ、既存事業の戦略転換とはビジネスモデルの書き換えなのです。現在の事業を成り立たせている条件に変更があったとき(つまり、環境変化があったとき)、それに合わせて事業の構造も変えていこうということが既存事業の戦略転換であり、それはつまり「既存事業のビジネスモデルを書き換える」ということです(図表1参照)。
図表1に示したように、既存事業の戦略を見直すときには、まず既存事業の現状を把握し、言語化します.(図表1の①)。その上で、既存事業の顕在化している問題と(将来に起こりそうな)潜在的な問題を把握します(図表1の②)。そして最後に、問題を解決した結果として実現する未来の事業の姿(既存事業が形を変えながらも成長・発展している状態)を描きます(図表1の③)。
図表1の①を言い換えると「既存事業のビジネスモデルを書いてみる」ということになります。すでに述べたように、既存事業のビジネスモデルを書くという作業は、既存事業の要点(重要ポイント)を明確化することを意味します。
この既存事業の要点(重要ポイント)と②で把握した「既存事業の問題」がどのように関係しているか、分析によって明らかになった既存事業の問題がビジネスモデル上の重要ポイントにどの程度の悪影響を及ぼすのかを見極めた上で、「既存事業のビジネスモデルのどこを維持強化し、どこを修正すべきか」すなわち「将来のビジネスモデルはどうあるべきか」を考えます。最後に、その修正点を反映した「新たなビジネスモデル」を書きます。
ここまでが戦略転換の検討で、当然ですが、この後には戦略転換の実行というフェーズが待っています。実行フェーズでは、従来型の組織変革や改善、人材育成の手法に加えて、省人化を伴うDX化の推進やオペレーションの全社的な統合と効率化をめざす「オペレーションズ・マネジメント」などの手法が用いられます。
同時に、顕在化している問題を潰すだけではなく、潜在的な問題を回避することも考える必要があります。前述した「省人化を伴うDX化」などは、人材不足と情報ツールの活用による業務の効率化を同時に実現するアプローチとして、将来の人員不足やノウハウの消失による損失を回避することを狙った取り組みだといえます。
また、問題を解決・回避するだけでなく、事業環境や市場動向に合わせて新たな価値を創造する活動も必要になります。提供価値の源泉である技術について棚卸しなどの分析を行い、「本当ならできるはずのこと」を見つけていくと同時に、技術開発や製品開発を強化して「当社が新たに顧客に提供するもの」を模索し、具現化していくということです。
技術に関しては、特にメーカーにとっては非常に重要な経営資源です。技術の用途開発と並行して、基本的な技術への投資は必要です。短期的には収益に貢献しないように見える技術であっても、それが自社のビジョンや長期戦略に合致するのであれば投資すべきです。技術力は多くのメーカーにとって経営の土台です。技術開発への投資をないがしろにしてしまったら、技術は枯渇し、強みや土台のない、非常に危うい状況に陥るリスクが高まります。やはり、ビジネスを内側から支える「自社保有技術」の高度化には一定の資金投入が必要でしょう。
このような技術開発を含めた問題解決や新たな価値の創造を行うには、場合によっては社内体制を変革し、外部と連携する必要も出てきます。「組織は戦略に従う」と言われますが、ビジネスモデルの書き換えという大きな戦略転換のためには組織変革にも積極的に取り組むべきでしょう。
どのように既存事業のビジネスモデルを明らかにするのか
ビジネスモデルを明らかにするには押さえるべきポイントがあります。基本的には「誰に(主要なターゲット顧客)、何を(提供価値、提供製品・サービス)、どうやって(製造方法、調達方法、販売方法など)提供するのか」ということになりますが、もう少し細かく図表2のような項目を考えることで、既存事業のビジネスモデルを明らかにできます(これらの項目は新規事業でも同様です)。
新規事業開発では「ビジネスモデル・キャンバス」というフレームワークを使用することがあります。一覧性のある使い勝手の良い思考ツールなので知っている人も多いと思います。そのようなツールや検討のためのフレームワークを使用しても良いと思いますし、図表2を使っても良いですし、あるいは自社独自の「ビジネスモデル検討シート」を作成しても良いでしょう。
どのようなフレームワークや思考ツールを使うのであれ、既存事業のビジネスモデルを検討する際には注意しなければいけないポイントがあります。それは「既存事業の成功を成り立たせている条件は何か?」を考えるということです。既存事業にすでに衰退傾向が見えはじめているなら「この事業が発展したのは何が良かったのか?」、「どんな条件がうまく合致して、この事業は成功したのか?」と問うのです。
事業の成功を成り立たせる条件のことを「重要成功要因」と言いますが、既存事業の重要成功要因をきちんと見極めておくことは、将来のビジネスモデルを考える際に大きな意味を持ってきます。なぜなら、環境や市場の変化によって重要成功要因も変化しているなら、自社が成功し続けるためには、重要成功要因の変化に自社のビジネスモデルを合わせていかなければいけないからです。そのためには、何が重要成功要因だったのかをしっかりと見極める必要があります。
この視点(環境が変われば成功要因も変わるという視点)で、将来のビジネスモデルについても考えます。すでに起こっている問題だけでなく、これから起こるかもしれない問題についても分析して、なぜその問題が起こったのか、どんな問題が起こりそうなのかを考えます。そして、起こった問題と起こりそうな問題の中で「特に自社事業の収益性や持続可能性に悪影響を及ぼしそうな問題」を特定し、それらの問題を解決したとしたら(回避したとしたら)、既存事業のビジネスモデルはどのように書き換わるのかを考え、実際にビジネスモデルの書き換えを行います。
新規事業開発では将来のことを考えるのが主になりますが、既存事業のビジネスモデルを書き換える場合には「過去、現在、将来」という流れで考えることを意識すると良いでしょう。事業も会社も過去から続いているわけですから、常に「継承と創造」という2つの視点でものを見る意識が大事です。
既存事業の戦略転換の変化型としての新規事業開発
既存事業が順調で、将来も順調な状況が続くのであれば、新規事業を開発したいと考える企業は少ないでしょう。新規事業開発には不確実性が伴いますし、それは資金をリスクに晒すことを意味するからです。
しかし、既存事業が将来も長期にわたって安泰と言える企業もまた少ないはずです。多くの企業は、収益と成長を実現するために既存事業を維持発展させ、かつ新規事業を開発します。
「収益を確保して会社を成長させたい」という動機は、既存事業も新規事業も変わりありません。既存事業を守ること自体が目的なわけでも、新規事業を開発すること自体が目的なわけでもありません。市場で生き残り、会社を成長させることを考えた結果、既存事業のビジネスモデルを見直した、あるいは新規事業を開発した、というのが真っ当なあり方だといえます。
会社の基本は既存事業です。そこからスタートして、あるチャレンジは既存事業の戦略転換と言うべき形態を取り、別のチャレンジは新規事業と呼ぶべき形態を取ると考えるのがビジネスの実態に合った理解だといえます(図表3を参照)。
図表3に右側には、既存事業とは異なる視点で行われる新規事業開発が示されています。当然のことながら、新規事業開発プロジェクトの推進は企業の重要課題の1つです。今回の記事の主要テーマではありませんが、新規事業開発で他社に先んじたいと考えている企業は、既存事業の状況、自社の長期戦略、あるいは自社の掲げる価値観に応じて、どの程度の経営資源を投入して新規事業開発プロジェクトを推進すべきかを決定してください。
まとめ:まずは既存事業のビジネスモデルを点検することからはじめよう
今回の記事では、既存事業のビジネスモデルを書いてみることの大切さと、そこからの戦略転換、そして既存事業が新規事業に進化するプロセスについて解説しました。
ビジネスモデル・キャンバスに代表されるビジネスモデル理解のための思考ツールやフレームワークは新規事業開発において用いられるイメージがあるかもしれませんが、既存事業の本質を理解する場合にも、また既存事業の戦略転換を構想する場合にも有効です。むしろ、既存事業について「わかったつもりになっている状態」から脱して、改めて既存事業の収益メカニズムや重要成功要因について考え、理解するためにこそ有効ともいえます。
自社の戦略転換の必要を感じている企業は、まずは既存事業のビジネスモデルを再検討し、事業の重要成功要因に変化がないのか、重大な問題が起こるリスクはないかということをチェック(点検)してみるとよいでしょう。
(執筆者:中産連 上席主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメントと事業開発を専業とするブティックファームを経て現職。現在は、事業拡大と新規事業開発によって長期的な成長をめざす中堅・中小企業の経営方針・事業戦略の策定と現場への浸透を中心にコンサルティングと人材育成を担当しています。
中部産業連盟では、各種コンサルティングおよび人材育成支援を実施しています。コンサルタントの派遣にご興味のある方は以下の問い合わせ先にご連絡ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?