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中・長期ビジョンの策定と「選択された多角化」

長期の経営方針

パーパス経営に注目が集まり、3年程度の中期経営計画を超える経営方針を示したいと考えている企業が増えているようです。

一般に、3~5年程度の期間に関しては、企業は「中期経営計画」と呼ばれる計画を立てます。それを超える期間、もしくは「計画」というほどには厳密ではない方針を提示したい企業は「ビジョン」と呼ばれるものを策定します。

5年程度先をイメージしていれば「中期ビジョン」、それ以上の期間を想定しているものは「長期ビジョン」と呼ばれるのが一般的でしょう。この記事では、これらを一括して「中・長期ビジョン」と呼びたいと思います。

分析的アプローチと創造的アプローチ

経営に関する事柄を考える方法には「分析的アプローチ」と「創造的アプローチ」という2つの方法があります。

分析的アプローチとは、数値やデータを重視し、それらを所定の手続きやフォーマットに従って分析することで方向性を見出そうという方法で、「ハード・アプローチ」と言われることもあります。

一方、創造的アプローチとは、自然の摂理や物理法則などの原理原則を踏まえた上で想像力を十分に働かせて「大きなストーリー」を描こうという方法であり、「ソフト・アプローチ」とも言われます。

中・長期ビジョンの策定では、この2つを混同しないように気をつけないといけません。

将来に関する正確なデータというものが存在しない以上、将来ビジョンの策定は必然的に創造的アプローチが中心になりますが、これを分析的アプローチでやろうとする会社があります。

もちろん、創造的アプローチを行う場合であっても、分析的アプローチを補完的に使うことはあります。公開情報や社内情報などの入手しやすい情報は分析をして意思決定に反映すべきですし、既存事業に関して情報も多く、市場や技術の動向が比較的はっきりしている領域では、従来どおり分析的アプローチを用いた方が良いでしょう。

しかし、分析的アプローチを一部採用するのであっても、将来ビジョンは最終的には創造的アプローチ(想像力を駆使する方法)によって策定されるべきです。繰り返しになりますが、将来に関する正確なデータ(それも10年も先の将来に関するデータ)というものは存在しないので、そういう状況で組織の方向性を定めるためには、どこかの時点で想像力を働かせる必要があります。

着眼点の質と量

分析的アプローチの生命線が「データの質と量」であるとするなら、創造的アプローチの生命線は「着眼点の質と量」だといえます。

経営者が同じ経営者仲間や外部有識者の話を聞きたがるのは着眼点を得るためだともいえるでしょう。「岡目八目」という言葉があるように、当事者よりも部外者の方が、損得がよく見えるということがあります。また、部外者にとっては他愛もない一言が当事者にとって重要なヒントになることもよくあります。

そう考えると、経営者を含むビジョン策定の当事者が着眼点の質と量を向上させる工夫をすることは、組織の将来ビジョンの質的向上に大きく影響するといえます。

ビジョンの2つの方向性:拡げるのか、絞るのか

着眼点の質と量を向上させて、ビジョンを策定する過程で、会社は(あるいは、経営者は)基本的な方向性の選択に直面します。「拡げるのか、絞るのか」ということです。

「拡げる」とは、多角化するということです。一方、「絞る」とは、選択と集中を行うということです。

バブル崩壊以降、日本の産業界では「選択と集中」が合言葉や呪文のように唱えられてきました。それ以前は大企業を中心に多くの企業が多角化を推進していましたが、バブル崩壊後は選択と集中がブームになりました。

選択と集中が1990年代後半以降の大きなムーブメントであることは、経済新聞を対象にしたキーワード分析によって確認されているようです。おそらく、多くの企業が資金的な余裕がなくなって、多角化戦略を維持できなくなったのでしょう。それで、選択と集中という戦略に関心が集まり、マスコミも企業の関心に合わせた記事を多数書いたということなのでしょう。

しかし、現在は再び多角化の時代になったと考えられています。コロナ禍による社会の変化に加えて、AI技術に代表されるデジタル技術の進展によって、新たな事業機会が生まれていると考える企業も出てきています。

また、伝統的な企業・産業においては、これまでの収益構造(ビジネスモデル)を維持することが難しくなり、成長のためには新分野への進出が必要だと考える企業も増えてきました。

選択された多角化

変化は、ある企業にとっては脅威であり、別の企業にとってはチャンスになります。そのチャンスを掴もうと思ったら、既存事業に固執しすぎず(こだわりを持つことは大事ですが)、新分野への進出、新規事業の開発を検討する必要があるでしょう。

ただし、その多角化はバブル時代の多角化とは異なるものになると考えられます。あえて言うなら「選択された多角化」です。

人も企業も環境に適応しなければ生き残れません。そのためには新分野への進出や新しい事業の開発は避けては通れない道だといえます。つまり、それは多角化ということなのですが、ただ闇雲に(あるいは、世間でブームになっているから、他社がうまくやっているからという理由で)新しい分野を選ぶのではなく、きちんと検討し選択した上で多角化する必要があります。

その選択に一定の基準を提供するものこそ、企業の中・長期ビジョンにほかなりません。

流行に流されず、かといって既存事業に引きずられすぎない分野選択をするために、中・長期ビジョンで示された方向性を手がかりに開発テーマを選定することは有効な手段のひとつです。

まとめ

以上、中・長期ビジョンの策定と「選択された多角化」について解説してきました。

パーパスやミッション、ビジョンのような長期の経営方針を設定する必要性を感じている企業も多いと思います。また、具体的な方策として新規事業や新分野の開発を検討されている企業もあるでしょう。

既存事業だけで中・長期ビジョンの実現が難しい場合、新規事業や新分野の開拓が必要になります。同時に、新規事業や新分野を開発する手がかりとして(新規事業開発や新分野開発を行う目的として)、中・長期ビジョンが必要ということもあります。

人材と技術に投資をして、事業機会の探索や新規事業を開発する能力を高めることができれば、時代の変化に際して他社に先んじることができます。

中・長期ビジョンの中に新規事業開発や新分野開発が適切に位置づけられ、必要な投資がきちんと計画されるよう、経営者の方々には自身の構想やビジョンを描くとともに、幹部社員は当然のこと、管理職のクラスの方々と密接にコミュニケーションをとっていただきたいと思います。

※選択と集中に関する補足説明:中小企業が留意すべきこと

日本で選択と集中の考え方が広まったのは、1981年から2001年までCEOとしてGEを率いていたジャック・ウェルチがこの戦略を採用したことが広く知られたからだと言われています。

GEというのはアメリカを代表する大企業です。事業も多数あります。ウェルチは、その多数の事業の中で「GEとして続ける必要のない(あるいは、続けていく魅力のない)事業は整理して、1位か2位になれる(なれる見込みのある)事業に集中する」という選択をしました。

これは、単一もしくは少数事業を営む、しかも決して業界1位や2位ではない事業を懸命に守っている中小企業の状況とは全く異なります。

ウェルチにとって、GEという会社はグローバルに1位もしくは2位の座を狙うべき会社でした。GEという巨大企業の開発投資や人材育成投資の資金を確保するために、グローバル市場で1位・2位になれる事業で一定以上の利益をあげる必要があったからです。

この記事をお読みの中小企業経営者のみなさんにとって、貴社はどのような企業であるべきでしょうか。その「あるべき姿」によって、実行すべき戦略は変わります。

特定優良大口顧客に部品を提供するサプライヤー企業にとって、事業を絞り込むということは、顧客をごく少数に絞り込むことにほかなりません。単一の事業で強みを磨き上げるメリットよりも、少数顧客に依存するというデメリットの方が大きいということも可能性としてはあります。

多角化して複数の事業を持つことによって、経営資源は分散してしまうかもしれませんが、それと引き換えに多様な収入源を持つことができます。

もちろん、既存事業とどれだけかけ離れた事業を開発できるかは、企業ごとの経営資源(技術、人材、設備、資金など)の実態によって異なります。無理をしたら元も子もありません。

はじめから「多角化ありき」、「選択と集中ありき」ではなく、自社の現実と可能性を十分に吟味した上で、必要ならば大学の先生やコンサルタントなどの専門家のアドバイスも得ながら、慎重に方向性を決めていただくのが良策でしょう。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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