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「間違い発見→修正」、「勘違い発見→修正」にこそ仮説の価値がある

科学的経営と仮説構築

みなさんは仮説を立てることがあるでしょうか。

仮説は経営戦略の分野では重要な概念です。というより、経営戦略とは経営に関する仮説のことなのです。

経営学者のリチャード・ルメルトは『良い戦略、悪い戦略』の中で「戦略とは仮説である」と言っています。このとき、ルメルトは科学的な仮説を想定していました。科学的探求は、①問題を定義し、②仮説を立て、③仮説を検証し、④結論を導き出す、というプロセスを踏みます。

よく「経営は科学である」と言われます。この表現は、主に上記の科学的探求の3番目の「仮説を検証する」というプロセスについて言っています。仮説の検証にはできる限りの厳密性が求められます。すでに正しいことが証明されている事実(データ)と方法(計算)を用いて、仮説の正しさを検証します。この「データと計算」のイメージから、検証の部分だけをイメージして「科学的」と言う人が非常に多いです。

しかし、科学的探求にはその前にやるべきことがあります。仮説を検証するためには、検証すべき仮説を立てなければいけません。つまり、仮説の構築と検証はセットということです。仮説のない状況でデータ処理だけ行うことは、物事の半分しか行っていないのと同じことになります。

経営が科学的であるためには、仮説の検証で科学的に厳密な方法を用いるのと同じくらいに「独自の仮説を立てること」が重要になります。もちろん、既知の知識から飛躍しすぎることは危険ですが、それでも仮説には何かしら独自性が必要です。もし、何の独自性もないなら、それは仮説ではなく「既知の知識の言い換え」に過ぎません。

仮説には、それを立てた人が持っている知識やその人の経験(過去に行って失敗したことや成功したことなどの情報)が反映されます。そこにその人ならではの独自性があるわけです。企業が経営に関する仮説を立てるときも同様です。その企業が持っている知識、情報、経験を総動員して、その企業ならではの仮説を立てます。

だからこそ、検証が必要なのです。既知の知識の言い直しであれば検証は不要です。正しいことが証明されている知識を言い直しただけならば、検証という面倒なプロセスは省いて、さっさと計画を立てればいいのです。

しかし、既知の知識(他社の完全なコピー)ではうまくいかないと思うからこそ、知恵を絞って自社なりの仮説を立てるのです。そして、すでに述べたように、それこそが「経営は科学である」ということの、もう1つの重要な側面なのです。

間違いのリスクは仮説の宿命

当然、仮説は棄却される(間違っていたと証明される)可能性を秘めています。それでも、経営を科学的に行うには、間違いのリスクを受け入れて仮説を構築しないといけません。そうでないと、科学的な手続きを踏むことができないのです。

ただ、仮説が間違っていたと証明されるのは、あまりうれしいことではありません。具体的な仕事の場面を考えてみましょう。あなたが経営会議や部内会議で自身の仮説に基づいて何かを主張します。反対意見もありましたが、何とかあなたの主張が通って、会社や部門があなたの主張に従って動きます。そして、あるときあなたの主張していたことが間違っていたとわかってしまうのです。実行によって、仮説が間違っていたと証明されたのです。

想像するだけで気分が悪くなるかもしれません。しかし、それをやらないと科学的な経営はできませんし、戦略的な経営もできません。戦略は仮説だからです。仮説を立てない経営は科学的でもないし、戦略的でもないということです。

戦略(=仮説)には「間違うリスク」がありますが、それでいいのです。それが戦略(=仮説)というものなのだから、しかたありません。間違いのリスクは戦略(=仮説)の宿命であり、私たちはそれを受け入れるしかありません。そして、間違いのリスクを受け入れるしかないからこそ重要になるのが心理的安全性です。戦略が間違っていたとわかっても、「なんであんなバカな戦略を立てたんだ」と責められることがないということが、組織で独自性のある戦略を検討・構築する上で大事なことなのです。

仮説も戦略も間違っていたら修正すればいい

私たちは、戦略構築に必要な情報をすべて持っているわけではありません。不完全な情報を頼りに知恵を絞って戦略を立てます。当然、間違えることはあります。そのときにやるべきことは、誰かを責めることではなく、仮説を修正することです。

間違いの発見だけではありません。新たな情報が入手できて、最初に戦略を検討していたときには状況について勘違いしていたということが判明することもあります。そうした間違いや勘違いを発見したら、すぐに仮説を修正すればいいのです(図表1参照)。

(図表1)

別にテストの問題を解いているわけではなく、自社が勝手に決めた戦略なのだから、状況や前提条件が変わったら勝手に修正すればいいのです。他社は文句を言ったりしません。

文句が出てくるとすれば社内からでしょうが、これほどライバルにとって都合のいいことはありません。敵対する会社が内部でケンカしてくれたらうれしいはずです。逆に、独自性のある戦略を立てて、問題があったら組織全体ですばやく軌道修正できる会社には脅威を感じるはずです。

ライバルをよろこばせるか、ライバルに脅威を与えるか。どちらが望ましいかは言うまでもないでしょう。戦略(=仮説)を立て、問題があったらすばやく修正できる組織になることは、競争優位を確立する上で極めて重要なことです。そのためには、まず「間違うリスクを受け入れて、独自性のある戦略(=仮説)を立てる」という意識を持つ必要があります。

大胆に立案し、慎重に選択する

ここまで、リスクを受け入れて独自性のある戦略を立てることの重要性を論じてきました。言い換えるなら「勇気をもって大胆に戦略を立てる」ということです。

しかし、最後に注意すべきことが1つあります。

それは「リスクがあることを受け入れる=リスクを好む」ではない、ということです。よく「プロとアマ」、「熟練者と未熟練者」と言ったりします。プロ/熟練者とアマ/未熟練者の違いはいろいろあると思いますが、そのうちの1つが「リスクがあることを受け入れた上で、極力リスクを減らすことを考えるかどうか」を考える思考回路だといえます。

結果に責任を感じれば感じるほど、勝ち負けにこだわればこだわるほど、軽はずみにリスクを取ることはできません。同時に、リスクから逃げることも許されません。そうなると「リスクを受け入れた上で、そのリスクを下げることをきちんと考える」という態度が重要になります。

戦略を選択するとき、一番過激な戦略を選択すればよいのではなく、たとえ野心的な戦略を選ぶときでも、「もし間違っていたとしても、ある程度リカバリーの方法が想定できる範囲内で最も野心的なものを選ぶ」という意識が必要です。

最初のステップが「勇気をもって大胆に戦略を立てる」ということなら、次のステップは「自社に合った戦略を慎重に選び抜く」ということです。sの次のステップは「恥じることなく、初期戦略に修正を加える」ということです。

「大胆な立案」、「慎重な選択」そして「誠実かつ躊躇なき修正」という流れを覚えておいていただくとよいでしょう。


(執筆者:中産連 上席主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメントと事業開発を専業とするブティックファームを経て現職。現在は、事業拡大と新規事業開発によって長期的な成長をめざす中堅・中小企業の経営方針・事業戦略の策定と現場への浸透を中心にコンサルティングと人材育成を担当しています。

中部産業連盟では、各種コンサルティングおよび人材育成支援を実施しています。コンサルタントの派遣にご興味のある方は以下の問い合わせ先にご連絡ください。

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