偉大なるアルプスの恩恵と故郷【アヌシー】
「フランスのどの街がおすすめ?やっぱりパリ?」
フランスに行ったことのない友人に尋ねられるたびに、待ってましたといわんばかりに、フランス国内で訪れた都市の記憶を総動員させ、どの情報から伝えようなんて思いつつも一呼吸おいてやっぱり、わたしはこの街を勧めてしまう。オーヴェルニュ・ローヌアルプ地域圏、オートサヴォワ県のアヌシー(Annecy)である。
最初にアヌシーという名前を耳にしたのは、同じローヌアルプの中心であるリヨンに滞在していたときだから、日本にいると馴染みのない街かもしれない。地球の歩き方でも2ページ両面で掲載されているか否か、だった。
人口12万人程度の小さな街、国際アニメーション映画祭の開催地であり、哲学者ジャン=ジャック・ルソーが青年期を過ごした街。スイス国境がそばにあり、モンブランを越えればイタリア、というアルプスの自然豊かな街。
もちろんフランスらしい都市を満喫したりテラス席のカフェで優雅に時間を過ごしたりしたいならパリがいいだろう。その他明確な目的があるなら別の都市でもいい。ただ、アヌシーには都会の贅沢を超えた優雅な時間の流れがある。この街を好きになってしまったが最後、またいつかは帰りたいと思える、故郷だという人を何人もこの目でみてきた。実際自分自身もそのうちのひとりである。
アヌシーのおすすめはなんといっても、美しすぎる透明な湖。
ヨーロッパ屈指の透明度をほこるこの湖はいつでも、どんなときも見飽きない。太陽の光に反射してきらきらしているかと思えば、湖の底の砂まで見える透明感。そんな水面をゆったりと優雅に白鳥が泳いでいる。
最初にこの街を訪れたとき、わたしはその美しさを、晴れの日だけでなく雨の日も雪の日も嵐の日でさえも近くで感じたいという思いが強く激しく湧き上がった。もはやこの街にいるべきだという使命感に近いものだった。観光や旅行だけでは足りない、しっかりと腰を下ろさなくてはと、ビザが切れるまでの残り期間4ヶ月はこの街での滞在を決意した。
秋の紅葉がライトのように水面を照らす。冬は、木々が枯れて丸裸になっても地面に覆われた雪が優しく風景を包んでいる。
この二枚の写真はPont des amours(恋人たちの橋/愛の橋)から市街側を撮影したもので、反対を振り向けば美しい湖が目に飛び込むと同時に、遠くに山が見える。ごつごつとした岩肌が見える部分もあれば、豊かに満ちた木々も。もう一度湖に目を下ろす、山の光は水面に映り込んでいた。
そして湖のほぼ全体を見渡せる場所がコル・ドゥ・ラ・フォルクラ(col de la Forclaz)。1527mの高さに位置し、パラグライダーの出発地点となっている場所である。車がないとアクセスしにくい場所だけれど、アヌシーに行くなら絶対に訪れる価値がある場所。湖が落花生のようにうねうねとした形をしているのがわかるし、湖の透明度が遠くからでも青く美しく輝いている様が一目瞭然。
この街で出会った人、景色、食事、思い出すべてがいまの自分の生きる糧となっている。単なる避暑地、ただの自然豊かな場所という形容を超えて、大きな土地の力を感じるのは偉大なアルプスのそばにあるからだろうか。
たった4ヶ月過ごしただけで故郷なんて言ってしまうのはおこがましいかもしれない。でも「また帰ってきたい」と思えるのは事実だし、誰に承認される必要もない。勝手に定義づけしていいのだ、きっと。
アヌシーに行くにはスイス・ジュネーヴからのアクセスが便利で、ジュネーヴ空港から出ているバスTransalisのT72番線で45分程度。始発で終点だから迷うことはないし、運転手も感じがいい人が多い(気がする)。パリからはTGVで4時間ほどなので、日帰りは難しいが滞在日数が長いという人にはぜひ訪れてもらいたい。フランスの地方の多様な姿を感じられるはず。
※アヌシーの素晴らしさについては語りきれないほど両腕に抱え込んでいるので、継続的にアヌシーに関する記事を更新します。