推しが恋愛リアリティ番組に出る
推しが、恋愛リアリティ番組に出る。
オタクをやめようという理由には十分過ぎるものであった。
2年前、コロナ禍で病みかけていた中、たまたまご縁があり観に行ったミュージカル。
一目惚れであった。世界が変わったような気がした。
以降、彼の出るメディアを全部チェックし、彼の小さなアドリブが気になり同じ公演を何公演も観にいき、大学生としては周りに引かれるような金額を捻出した。本当に推しが好きなんだね、と呆れた顔で何度言われたことだろう。
それでも、ダメだった。
それくらい、恋愛リアリティ番組が地雷なのだ。
さて、これからは推し及び推しの所属事務所様への激重感情をつらつらと書き記していきたいと思う。2日間ヤケ酒をして書いた文なので、ぜひ、こいつ二日酔いで書いてんだろうなぁ、と思いながら読んで欲しい。
そもそもなぜ恋愛リアリティ番組が苦手か。まずは恋愛という非常にパーソナルな部分をテレビという万人が見るものを載せること、それを見て楽しむことが理解できない。(恋愛ドラマや小説は楽しんで見れる。エンターテインメントとして認識しているからだと思う。)恋バナを拡張器ででかでかと話したり、人様の恋愛の一部始終を見ようとする人間が現実世界にいるだろうか?私の21年間の人生の中でそんな人間に出会ったことは無い。テレビに放映された瞬間に恋愛の一部始終を見ることが許される図が理解できないのである。
しかも恋愛リアリティ番組の厄介なところは、各々の思いが入るだけではなく、製作者の明確な思惑が入るところにある。このように演出したらより盛り上がるだろうという製作者の明確な意図によってひとつの発言をでかでかとテロップに出し、それを見た視聴者が勝手にこうであると捉え、所謂炎上するという構図も理解できない。視聴者側もリアリティ「番組」であり製作者の意図の元編集されているということに理解できていない層が多いように思う。
ネガティブな面を述べてきたが、もちろんポジティブな面もある。恋愛リアリティ番組に出ることによって認知度をあげることが出来るという点である。そして、製作スタッフとのコネクションが出来ることによって、新しい仕事にありつけるパターンもある。恋愛リアリティ番組の出演者がその後特撮(テレ朝系)に出るパターンが非常に多い。(AbemaTVはサイバーエージェントとテレビ朝日の共同事業なのだからそれはそうである。)現在放送されている「仮面ライダーギーツ」にはメインキャスト4名中3名が出演経験のある俳優である。特撮は若手俳優の登竜門と言われ、今をときめく菅田将暉・佐藤健・横浜流星・松坂桃李も元は特撮に出演している。1年間同じ役を演じ続け、発声やアクション等を経験できることは今後の役者人生の糧になるだろう。
さて、この話を踏まえた上で物申したい。
推しよ、出る意味はなんだ???
推しは既に特撮に出演済みである。固定ファンも既にある程度ついている状態である。恋愛リアリティ番組に出演=事務所の売り出したいのだろうという安直な結びつきが私の中にあるため、なぜ出るのか、推しはもうある程度の人気は得られてるじゃないか、というのが率直な感想である。
所属事務所へ。なぜ彼を「俳優」として売り出そうとしないのか???
私の持論であるが、アイドルは本人自身が商品であり、俳優は演技が商品であり、消費されるものであると考えている。なぜ演技力で売り出さないのだろうか。そこに1種の悲しさを覚えている。
彼が2.5次元舞台に出演したことも、何故出たのか?という疑問が生まれる原因の一つである。先程俳優は演技が商品だと書いているが、2.5次元俳優の場合、接触イベント(チェキ撮影会など)のように地下アイドルのようなものを行うことも多く、「リアコ営業」に近しいものをしてる方もいる。(恋人気分でバスツアーという名目のイベントの前日にカノバレした俳優は大炎上し、某ミュージカルを半ば降板のような形でキャスト変更されていた。) そのため、推しの恋愛リアリティ番組出演が発表された時、他の2.5次元俳優のオタクの「私の推しじゃなくて良かった」というような安堵のツイートが観測された。(他人事だから言えることですよ、と言いたかったが黙っておこう。)彼自身は所謂「リアコ営業」は行っていないものの、2.5次元に出演したことによって得たファンには、「2.5次元俳優である」という前提があるからこそ、衝撃が大きかっただろう。(現に私も2.5次元作品から彼のファンになった。)このような2.5次元界隈にいるファンは、あえて恋愛リアリティ番組に出た俳優を応援し続けることができるだろうか。2.5次元界隈のファンも多く占めていると実感がある。この層のファンを失ってまで得たいものはなんだろう、と思ってしまったというのが正直な感想である。勿論彼を2.5次元作品に出演する前から応援していたファンにとっても、すぐに受け入れられるほど単純なものでは無いだろう。
私は、彼の演技が大好きである。
彼の演技が彼のどのような感受性で、どのようなバックボーンから生まれてるのか?知りたかった。それを知ることによって彼の演技を見る視点が更に多くなることが楽しかった。しかし、彼のことを知る手段として、恋愛リアリティ番組を使いたくない。彼の恋愛面でのパーソナリティな部分を見ることに意味を感じない。そして、 彼が俳優として尊重されていないように見えてしまって、それがショックで仕方なかった。
2年間、推しを応援していて本当に楽しかった。彼を応援するために長時間労働をしたり、現場が決まれば服や靴を買い替え、色々な舞台を見に行けて、本当に幸せだった。(学生の為、扶養の範囲内で稼げと親に言われてしまって、やりくりにかなり苦しみ貯金もゼロなのもある意味良い思い出である)
私はもう推しに今までほど熱をもって、執着して応援することが出来なくなってしまったし、散々呪いのような言葉をかけている。が、こんなに素敵な思い出をくれた推しのことを嫌いになることは出来ない。恋愛リアリティ番組にさえ出なかったらな、という未練はたらたらで、オタクは本当に面倒な生き物だ。
推しへ
今までありがとう。あなたがこれからも幸せでいられますように。
全てのオタクへ
これからも幸せなオタ活を!
事務所へ
お前だけは絶対に許さん😌
まぁ、今の推しへの執着を辞めて、新しい推しに出会うために色々な界隈に行こうと思いま〜す🌟
追記
久々に推しの出ていないミュージカルを観た。推しとの出会いのミュージカルのシリーズだったので、新しい推しに出会えないだろうかとワクワクした。
しかし、推しくんを観た時の電気が走るようなあの衝撃は超えなくて、(決して今回の座組を否定している訳では無いことを理解して欲しい)推しくんが、私にとってやっぱり、「推し」なんだと思った。
今はTwitterもInstagramも、嫌なくらい、あの忌々しい恋愛リアリティ番組の告知や動画が出てくるので、推しくんのアカウントを敢えてフォローしていないが、恋愛リアリティ番組が終わって(新しく推しに出会わなければ)、前よりも緩くではあるが、推しくんを応援して、また狂いたい。