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14 あの日、彼が伝えたかったこと

心霊とは関係のない話ですが、虫の知らせのような、不思議な出来事がありました。

中学三年生の時のことです。合唱コンクールが近づき、部活動もそっちのけで、毎日遅くまで練習に励む日々が続いていました。当時のクラスメイトは歌唱力のあるメンバーが揃っており、周囲からも「きっと優勝するだろう」と期待されていました。中学最後の合唱コンクールでの優勝を目指し、クラス一丸となって取り組んでいたのを覚えています。

合唱コンクール前日、その日も遅くまで練習し、帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていました。帰る方向が同じクラスメイトがおらず、一人で帰るのが少し心細いなと思っていたところ、たまたま別のクラスの男子、仮にAくんとしますが、彼がまだ学校に残っているのを見かけました。帰る方向が同じだったようで、自然と一緒に帰ることになりました。

Aくんは明るく優しい性格で友達が多い一方、先生と衝突することも多く、学校を休みがちでした。どちらかというと「反抗期が強めに出たタイプ」の印象で、大柄な体格も相まって少し怖いと感じることもありました。普段ほとんど話す機会はありませんでしたが、田舎の暗い山道を一人で歩くよりは心強いと思い、彼の少し後ろを歩いていました。

すると、Aくんは気づいたのか、歩調を合わせてくれました。最初は無言でしたが、やがてぽつぽつと他愛のない会話が始まり、意外と話が弾みました。こんなに長く話すのは初めてだったと思います。

家の近くまで来ると、Aくんの家とは別れ道になります。「暗かったから助かったよ。ありがとう。」と伝えると、Aくんは「女の子一人だと危ないだろうし、家まで送っていくよ。ちょっと遠回りして帰りたい気分なんだ。」と言いました。彼の優しさに甘え、家まで送ってもらうことにしました。

家の前に着くと、「ここまでありがとう。」とお礼を伝えましたが、Aくんはどこか帰りたくなさそうな様子でした。何か話したそうにしていたので、少し立ち話をすることにしました。15分ほど話していると、母が気を利かせて顔を出し、「よかったらご飯を食べていかない?」と声をかけました。Aくんはとても嬉しそうでした。

ご飯の間も話題は特に深いものではなく、本当に他愛のない会話が続きました。母も気を遣って席を外す場面もありましたが、Aくんが話したかったことは結局わからずじまいでした。食事が終わり、母が「遅くなっちゃったけど、お家は大丈夫かな?」と聞くと、Aくんは「そうですよね、遅くまでありがとうございました。」と言って帰っていきました。

翌日、合唱コンクール本番の日。朝のホームルーム中に隣のクラスから大きな物音と叫び声が聞こえてきました。担任の先生が慌てて様子を見に行くと、Aくんが担任の先生と取っ組み合いの喧嘩をしているのです。止めに入った先生たちも苦戦し、Aくんは振り払うようにして学校を飛び出してしまいました。その後、行方がわからなくなり、警察も動く事態に発展しました。

合唱コンクールは予定通り行われましたが、生徒や保護者たちは動揺が広がる中での開催でした。私たちのクラスは優勝できませんでした。というのも、Aくんのクラス全員が泣きながら歌う姿が先生方の心を打ち、優勝しました。後日、音楽の先生から「あなたたちのクラスは技術的には完璧だった。でも、あのクラスの歌には特別な感動があったのよね。」と話していました。

あの日、Aくんが私の家を訪ねたのは何かを伝えたかったからではないかと、今でも思います。もし話を聞いていたら、事件を防げたかもしれない。そう考えると、悔しい気持ちが残ります。それ以来、誰かの不思議な行動や気になる仕草を見たときは、必ず声をかけるようにしています。

Aくんはその後無事に保護され、同窓会でも元気そうにしていました。あの日のことは、いまだに話題にしていません。

椿 ちゅん

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