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増殖拡散するアビーロード

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「ええか、うちからいっちゃん近いコンビニよ。コンビニがな、あんた、せぶんえぶんな。せぶんえぶんがある道よ。あの、歩道んない道な。えっと工事進まんでからな。あんた、聞いとるか」「聞いてますよ」「そこ曲がって、もう真っすぐよ、まっすぐ  そうランニングの道じゃったそちゃ。ランニングでの、聞いとらんじゃろ」「聞いてます」「いいや、あんた聞いちょらん。何じゃそら、それよ、弄っとるんは    スマっスマホか。年長者が話しちょるんぞ」「仕事ですので」「もうええわ、あんた、あんたな、想像してみ、イマジンじゃ、ジョージよ、知っとろうが、ジョージ」「ジョンです」「  うるさいわ、どっちでもええそっちゃ。とんかく想像じゃ。ほら、うちの前から、こっちっ」「右ですか」「右だか左だかは知らんっ、こっちじゃ。こっちいって、ほしたら見えてくるんよ、青い  」「……セブン」「せぶんえぶんなっ」「お父さん」「それでよ、そこが歩道がのうてな、工事がえっと進まんので」「お父さん、お父さん」「なんじゃ」「セブンイレブンでしたか。看板青いんですか」「  ほうじゃ。青いよ。もうみーんな青。青ばっかりよ」「ローソンですね」「せぶんえぶんじゃっ。  青いせぶんえぶんじゃったんよっ」「……わかりました、それで」「曲がって」「ランニングのね」「よう知っとるの。そう、ランニングしとった頃はのう」「そこで、ランニングコースの道を進むと、どこに出るんですか」「大通りよ」「何って道かは覚えてますか」「    青山よ」「青山通りですか」「そうよ、青山通りよ」「東京ですか」「はぁあ何言うちょるんかいやぁ東京なんざ行ったことないいね」「いや……どこ……どこの青山ですか。思い出せますか」「青山はどこも青山よ。あんたも見たことあるじゃろ」「……洋服の青山ですか」「  洋服かは知らんっ、青山は青山よ。でっかい、青い、あの、でっかい」「洋服の青山ですね」「もうそれでええわ。青山通り出て、曲がって」「右、左、どっちで」「いちいち聞くなっ、どっちもよ」「どっちも」「マックのある方よ」「マクドナルドですか」「あんたもプロじゃけ、ええ加減分かるじゃろ。青山出て、マックあるやろ。マック」「他に」「他?」「他に手掛かり……なんか、憶えている店とか、特徴的な建物とか、ありますか」「ない」「ないですか」「なんとか歯科ちゅう、歯医者さんがあった、かもしれん」「なんとか歯科」「ぶっこふの隣にな」「……ブックオフですか」「そう、そう、ぶっこふもあった。がっはっは、あんた、話しちょって飽きんわ。昔のことようけ思い出せるわ」「できれば、もう少し、思い出してもらいたいんですが」「ええぞ、ええぞ、ちょっと待ってな」「あの、ですね、出来ればなんですが、その土地固有の、といいますか、そこにしかない店とか……」「はぁあ、ぶっこふはどこんでもあるじゃろっ、どこもかしこもじゃ。青山もじゃ。マックもじゃ」「はい、そうですよ。ですから、もう少し、住まれていた所にしかない店とかですね」「喫茶店とかか。喫茶店とか憶えとればええんか」「そう、そうですね! なんか馴染みの喫茶店とかありますか」「あったあった、青山とはす向かいのな」「……大通りに面した店ですか」「そうじゃ。出来た時はようけお客さん来てなぁ」「……スタバですか」「スタバちゃうっ、スタバじゃったらスタバってな、スタバじゃったら、わかるはずじゃけ」「スタバじゃない!」「そうじゃ、スタバじゃない。もっと古いところよ。昔ながらのやつよ。純喫茶ってやつかね。ほら、三角屋根の、オレンジの」「コメダですね」「  そうじゃ、そうじゃよ、コメダよ。あんた同郷かえ、もしかして」「いや、コメダ……他には店なかったですか」「うさぎの、子どもの」「西松屋ですか。他には」「コー、コーナンっちゅう、ホームセンターっちゅうんかね」「コーなんですね……他……他には、もう少し」
「  フレスタ」
「フレスタ?」
「フレスタ。そう、フレスタにはよう買い物いったいね」
 思わず振り返る。聞き馴染みの無さに、希望と確信が灯る。間違いない。地方店だ。後ろの壁に嵌まったガラス越しに、検索班が手で大きな丸を描く。
「どこ? どこか分かった?」
 大声で尋ねる。聞こえはしないが意図は伝わるはずだ。ガラスの向こうに、ハイタッチをする職員たちの姿。長い緊張を抜けた職員の口が動く。
「い・お・い・ま・お・あ・あ・ま」
「広島、岡山」
 老人に向き直って聞きただす。
「お父さん、お父さんは生前、広島か岡山か、そのあたりにお住まいだったんですか」
「そうよ最初から言うておろうが」
「言ってない!」

 ふとした職員のミスで盆帰省者の生前記録を全喪失したのがふた月前のことだった。住所をしっかりと憶えている死者の魂にはほとんど影響なかったが、問題は寿命の延びに伴って年々増加の一途をたどる認知症魂の帰省であった。現在冥府は優秀な技術者を集め、帰省情報の再構築を急ピッチで行っているものの進捗は芳しくない。
 理由はさまざまであるが、ここまでの報告を読んだ者にはわかるはずだ。だって、かくいう私だって、老人の思い描いた青山通りを、なんとなく想像することができるから。

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