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「剃らない私、もありでしょ」 ボディーヘア・ポジティブという考え方

 肌の露出が多い夏になると気になる「むだ毛」。街中では美容脱毛の広告があふれ、むだ毛の処理は世代や性別を問わず浸透しています。一方、海外を中心に「ボディーヘア・ポジティブ」という言葉が注目されています。多様な価値観が尊重される時代の中で、生き方やファッションと同じように「むだ毛処理をするかしないかも自分で自由に決める」という考えが広がりつつあります。(治徳貴子)

「無理して剃らなくていいんだ」岡山・女性(28)

 「学生時代は体毛処理するのは当たり前と思い込んでいました」。岡山県内に住むイベント講師の女性(28)は「濃い毛」が悩みで脇や腕、すねを毎日かみそりでっては肌荒れを繰り返した。つるつるの脇の下に憧れて脱毛サロンに通ったこともある。

 しかし大学卒業後、東京から自然豊かな地に移り住み、伸び伸びと自分らしく暮らすうちに気付いた。「周りの人は私の毛の一本一本なんて気にしてないんですよね」。今は脇の毛を剃っていなくても半袖を着て外出する。「無理して剃らなくていいんだってほっとしています」と笑う。

9割が「剃ることは自分自身で自由に決めたい」貝印調査

 かみそりメーカーの貝印(東京)が2020年7月、全国の15~39歳の男女(600人が回答)に調査したところ、「剃毛や脱毛に対する考え方に束縛感や違和感を覚える人」が全体の36・5%を占め、「ファッションや髪形のように剃ることは自分自身で自由に決めたい」と答えた人は90・2%に上った。

 貝印は2020年、「ムダかどうかは、自分で決める。#剃るに自由を」のキャッチコピーに、脇毛を堂々と見せる人をあしらった意見広告を都内を走る電車内などに掲示し、話題を集めた。貝印広報宣伝部は「プレッシャーからではなく、ポジティブに毛を剃れる社会になってほしいというメッセージ」と説明。広告を見た人から「自分は体毛が濃く、『女性の肌はつるつるの方がいい』という社会の押し付けに苦しんでいた。広告に勇気づけられた」などの声が寄せられたという。

「ボーボーに伸ばしたりしてます」松江市出身のモデルHIBARIさん

 脇毛を剃っていないことを公言するアーティストもいる。松江市出身のファッションモデルHIBARIさん(26)は「気分に合わせて剃ったり、ボーボーに伸ばしたりしてます」と話す。体毛は「自然なもの」。脇毛を伸ばし、おしゃれに青く染めていたこともある。腕や指の毛は剃ったことがなく「ふわふわしていとおしいんです」。

 「『処理している周りに合わせなきゃ』という考えが何か嫌。自分の考えで決めたい」ときっぱり。剃るかどうか、自分の価値観で選んでいく。そんな自分がかっこよくて好きだ。

 モデルの仕事では要望に合わせて剃ることもある。「ただ、脇毛も含めて私。近ごろはそのままでOKという仕事もありますよ」と話す。

専門家に聞く 脇毛剃り 日本で1960年代から浸透

 昔の人も脱毛や体毛の処理をしていたのだろうか。そもそも、脇の下やすね、腕にある体毛は「むだ毛」なのか。専門家に聞きました。 

 国際日本文化研究センター(京都市)の井上章一所長(67)=風俗史=によると、脇毛の処理が女性に浸透し始めたのは1960~70年代。「理由は複合的」とするが、明治期以降、欧州の裸体画の女性に脇毛がないことに日本人が気付いたことが始まりという。大正時代になると脇毛を剃る前に塗るクリームの宣伝が頻繁に新聞や雑誌に載った。

 日本が豊かになった60年代の高度経済成長期、女性が自分の体をいかに美しく見せるかに意識を向け始めたことが脇毛処理の定着の一つのきっかけになったとみる。「脇毛を剃るのは、長い日本の歴史の中でわずか数十年間の風習に過ぎない」と推測する。

 体毛の役割について「諸説ある」とするのは広島県皮膚科医会会長の岩崎泰政医師(64)だ。かつては脇毛は脇の皮膚がこすれるのを防ぎ、腕や脚の体毛は、皮膚を覆うことで何かに触れた際に少しでも早く危険を察知することができたという。そうすると、体毛はむだ毛ではなさそうだが、岩崎医師は「服を着て生活する現代人には当てはまりにくいし、医学的な根拠もない」と説明する。

 「体毛を剃ったとしても、医学的に体への悪影響はない」と岩崎医師。ただ、「体毛があるからといって周囲に迷惑を掛けるわけではない。『処理しないとおかしい』という風潮こそが人によってはストレスと感じることもあるだろう」と話している。