演劇女子部「眠れる森のビヨ」考察②
前回の考察記事を読んでくださったみなさま、ありがとうございました。
前記事を書いてから何度か観劇を重ね、まとめきれなかった部分の解釈が概ね形になってきたので、また超個人的考察を書いてみようと思います。
(配信を観てまた解釈が変わる可能性があるので配信開始前ギリギリに滑り込みました)
物語の大筋における私の考察・解釈については前記事に書きましたので、この記事だけでは説明不足感があるかもしれません。ぜひお時間があれば①から読んでいただけると嬉しいです。
前記事ではヒカルの夢の中に現れた青ヒマリの正体について考察しましたが、その中ではあえて触れていなかった視点がありました。
(触れなかった理由は単純に1つの記事で多角的視点からまとめる技量が私になかったからなのですが)
それは、ツムギたち演劇部員の視点です。今回掘り下げるテーマはこちらです。
Q. 演劇部員たちの願いとはなんだったのか?
そして、私が考える答えはこうです。
A. ヒカルが自分自身で物語の結末を選択することではないか。
それでは、書きます。
(前回同様、想像上のことを断定的に書いている部分がありますが、あくまで私の個人的考察内の話ですのでご承知おきください。)
(解釈違いの方も多いとは思いますが、そんなふうに捉えるやつもいるんだなくらいで読んでくださると嬉しいです。)
■この考察内での用語解説
青ヒマリ:ヒカルの夢の中の世界に登場するヒマリ(ヒカルと同学年の青い制服を着ている)
赤ヒマリ:ラストシーンでベンチに座るヒマリ(ヒカルの5学年下の赤い制服を着ている)
現実世界:ヒカル以外の演劇部員は5年前に死亡し、赤ヒマリと車椅子に乗ったヒカルが存在する世界
夢世界:ヒカルが見ている夢。ヒカルは高校生、演劇部員たちが生きている世界
考察①夢世界ループ
バス事故が起きてから5年間、ヒカルは夢の中で「演目決めの初日からブロック大会へ向かうバスが事故に遭う直前まで」の幸せな日々をループし続けていたと私は考えている。
そして、5年間毎日病院に通い、ヒカルが目を覚ますことを願いつづけた現実世界に生きる赤ヒマリの「願い」が青ヒマリとなり、夢世界への介入が始まった。「眠れる森のビヨ」は、青ヒマリの介入をきっかけに起きた物語なのである。
青ヒマリが介入するまで繰り返されていた夢世界ループは、ヒカルの記憶をそのままなぞっているものと考えられ、現実世界で5年前に実際に起きた出来事である。
青ヒマリの介入がトリガーとなって夢世界ループに「歪み」が生じ、現実世界で5年前に起きた出来事とは異なる事象が発生し始めた。
考察②ツムギの行動
夢世界の歪みの内容については前記事で詳しく考察しているので省略するが、歪みの1つとして、「ツムギの行動」を挙げた。
私は、「眠れる森のビヨ」で展開された出来事の中で、現実世界で5年前に起きたこととは異なる(実際には起きていない)事象は下記のみだと考えている。
①ヒカルと同級生の青ヒマリが存在すること
②ツムギが舞台セットを破壊したこと
③ツムギがヒカルを迎えに来たこと
②③は、①に起因してツムギが起こした行動である。
前記事で述べたように、演劇部員のうちツムギだけがヒマリの存在をいち早く認知し行動を起こしたのは、ツムギがヒカルにとって夢世界の象徴的存在であるからだと考えている。
ツムギはおそらく、青ヒマリが夢世界ループに介入した瞬間から、自分たちがすでに死亡していること、自分たちがいる世界がヒカルの夢の中であることに気づいていたのだと思う。そして、バスの中でヒカルが事故に言及した瞬間、ツムギの心情がシンクロし、他の部員たちも真実に気づいた。
考察③演劇部員たちの意思
そもそもこの物語は、眠り続けるヒカルの夢の中が主な舞台である。夢世界で生きるヒカル以外の登場人物たちの意識はどこにあったのだろうか。
ヒカルを除く演劇部員たちは、バス事故で全員が死亡した。そして、部員たちの死とほぼ同時に、唯一の生存者であるヒカルは長い眠りについた。
演劇部員たちは、現実世界で死亡すると同時にヒカルの夢世界で意思をもち、生き続けていたのだと私は考えている。
なぜなら、青ヒマリの介入によって現実世界では実際に起きていない事象が発生し、その事象に接した夢世界の演劇部員たちが現実になかった行動を起こしているためである。
①ヒカルと同級生の青ヒマリが存在すること
→ユッコが青ヒマリの言葉に反応を示しショーコに問いかける
→ツムギ、夢子、ノゾミが幻覚と話すヒカルを目撃する
②ツムギが舞台セットを破壊したこと
→演劇部全員で舞台セットや衣装の修復作業を行う
③ツムギがヒカルを迎えに来たこと
→山上、夢子、ノゾミが8時に到着したヒカルに言及する
ツムギ以外の演劇部員たちが青ヒマリの介入による夢世界の歪みの影響を間接的に受け、現実世界で5年前に起きた事実と異なる行動を取っていることから、夢世界は眠っているヒカルがただ過去の記憶を見ているだけではなく、部員たちの意識もヒカルと共に夢世界で生きていたのだと考えられる。
(ここの解釈については、私たちが目にしていた演劇部員たちの姿がヒカルの潜在意識が作り出したものでもただ記憶をなぞっているだけのものでもなく、夢世界の中であっても意思を持って生きていた姿だと思いたいという願望がベースになっているので根拠は弱いかもしれませんが、、私はそう信じたいのです)
(以下の考察はそれが前提になっているのでそこがそもそも違う!という方は読み進めない方がいいかもしれません)
考察④ヒマリとツムギ
青ヒマリは、ヒカルを目覚めさせるために夢世界にやってきた。青ヒマリの姿はヒカルにしか見えず、ヒカルが1人になるタイミングで現れ、ヒカルに接触を図った。
そして、青ヒマリの出現をいち早く察知し、排除しようと行動したのがツムギである。
「ヒカルたちは全国大会には行けなかった」
おそらくツムギは青ヒマリのこの言葉を聞いていたのだろう。
ヒマリがヒカルに真実を伝えようとしていることに焦り、ヒカルと演劇部員たちの結びつきを強めるために、舞台セットを破壊した。
青ヒマリとツムギの行動は、どちらかが強まると反動でもう一方にも影響し、ギリギリのバランスで拮抗していた。
「私はあなたを救いたいの」
「彼は僕たちといるほうが幸せなんだ」
青ヒマリがヒカルに接近すればするほどツムギは現実世界とは異なる行動を起こし、結果的に夢世界ループからどんどんかけ離れていく。
ブロック大会への出発日、ツムギはヒカルを迎えに行き、2人は遅刻せずに学校に到着した。そしてこの行動は、ヒカルに決定的な違和感を抱かせることに繋がってしまう。
「僕をこのまま殺そうとしてる?」
「なんでそうなるんだよ!?」
ヒカルの言葉に悲痛な表情で叫ぶツムギ。
ツムギがヒカルを夢世界に留めようとしていたのは、ヒカルにとってそれが幸せだと信じていたからだ。たとえ悪役と思われたとしても、ヒカルと共に夢世界でこのまま幸せに暮らしたいと願っていたのだろう。
「目を覚まさない方が幸せなこともあるんじゃないかなって、ちょっと思っちゃったんだよね」
「・・・僕も。僕もそう思う」
考察⑤演劇部員たちの願い
「あとは、あなたが決めて。私には、どっちが幸せか決められないから。あなたが選んだ方が、真実」
青ヒマリはヒカルに真実を明かし、決断を委ね、姿を消した。
青ヒマリのあとを追って現実世界に戻ろうとするヒカルをツムギが呼び止める。
「待ってよ!話を聞いてよ・・・」
「決めたんだ。僕は夢から覚める」
「みんなのことは置いていくの!?」
現れた演劇部員たちを前に、決意が揺らぐヒカル。
「ヒカルくん、私たちの手を取って。これが君にとって本当の幸せのはずだよ」
「ヒカル、仲間だったじゃんか。ずっと・・・」
「手を取らなかったら、死んでしまった私たちにはもう会えないんだよ」
演劇部員たちは、ヒカルを夢世界に引き留めようとした。夢世界では、ヒカルは演劇部員たちと共に幸せな青春の日々を送ることができる。彼らは目を覚ましたヒカルを待ち受ける現実を知っており、ヒカル1人に背負わせることがどれだけつらいことかも理解していたのだろう。
「『そして、姫はそのまま目を覚ますことなく、夢の中で幸せに暮らしましたとさ』・・・ヒカルくんが書いた台詞だよ」
ヒカルは、「眠れる森の美女」の結末に悩みながら、オーロラ姫が100年後に目覚めることについて、ツムギにこう言っていた。
「すっげー孤独だよ」
ヒカルの書いた脚本の中で、100年眠り続けたオーロラ姫は夢の中で永遠に幸せに生きることを選ぶ。
「君が込めた、願いなんじゃないの?」
考察⑥本当の願い
私は、観劇を重ねていくうちに、演劇部員たちがヒカルを引き留めるシーンに違和感を覚えていった。違和感の内容は演劇部員たちが最後に歌った楽曲である。
手を取り合って すぐそばにいる
こんなにも強く そう焦らなくていいから
遙か遠く遠くぼやけた光へ
いつの日か未来はひとつに繋がる
これは、歌とダンスが苦手なツムギを中心に全員で何度も練習を重ねた楽曲である。この楽曲の歌詞は、遠い未来に進んでいく姿を歌っている。
演劇部員たちが涙を流してヒカルに投げかけた、夢世界に引き留めようと訴える言葉とは裏腹に、これから現実と向き合うヒカルを後押ししているように思えてならない。
私が違和感を覚えたのには理由がある。この作品には、重要な場面で何度も歌われた印象的な楽曲がもう1つある。
永遠になればいいな 夜が明けなきゃいいな
ここにみんながいるよ 僕もここにいるよ
幸せと手を繋ごう
県大会で優勝した日に歌われた楽曲である。仲間たちと過ごす青春の日々に幸せを感じながら、この時が永遠に続けばいいと願う歌詞。ヒカルを夢世界に引き留めようとするなら、この曲を歌う方が自然なのではないかと思った。
しかし、現実世界に戻ることを決めたヒカルに向けて演劇部員たちが歌ったのは、遠い未来に進んでいく姿に寄り添う楽曲だった。
手を取り合って すぐそばにいる
こんなにも強く そう焦らなくていいから
遙か遠く遠くぼやけた光へ
いつの日か未来はひとつに繋がる
ヒカルと離れたくない、忘れられたくない、つらい現実を背負わせたくない。死んでしまった自分たちが存在することのできない現実世界に戻らないでほしい。夢世界で自分たちと一緒にいる方が幸せだ。そんな気持ちが確かにある一方、ヒカルが現実世界に戻ることを選んだならば、その選択を受け入れ、温かく見守り背中を押さなければという相反する思いが演劇部員たちにはあったのだろう。
演劇部員たちの願いは、ツムギが最後に言ったこの言葉に込められている。
「真実の話をしたいわけじゃないんだ僕たちは。なにが君にとっての幸せなのか、僕たちはそれが知りたい」
真実だけが正義ではないし、現実だけが幸せではない。
物語の脚本を既存のストーリーから書き換えたように、自分の未来もヒカル自身で選択してほしいと願っていたのではないかと私は思う。
考察⑦ラストシーン
最終的にヒカルは現実世界に戻ることを選択した。ヒカルが目を覚ましたのはヒマリの導きによるものだが、ヒマリが連れ帰ったのではなく、ヒカル自身が未来を選択したのである。
現実世界で生きるヒカルは、今も演劇部員たちの夢を見る。ラストシーンで立ち上がったヒカルを囲むヒマリと演劇部員たちは、みな優しい微笑みを浮かべていた。
私は、夢世界では演劇部員たちも意思をもって生きていたと考えている。しかし、現実世界のヒカルが見ている夢の中の演劇部員たちは、綺麗な舞台衣装を着て、ヒカルを囲んでただ微笑み、歌っていた。
この姿は、夢世界で生きていた姿とは異なり、ヒカルの願いから生まれたただの夢なのではないかと感じた。
演劇部員たちのヒカルへの願いがヒカル自身の願いと結びつき、現実世界でヒカルが見る夢の姿として現れたのではないか。
そこにはきっと、演劇部員たちの意思は存在していない。しかしヒカルは毎日演劇部員たちを思い、同じ夢を見続ける。
夢の中で続く どこまでも
ヒマリの願い、演劇部員たちの願いを受け、現実世界に生きることを自ら選んだヒカル。
同じ期間のループを繰り返していた夢世界とは異なり、現実世界では時が進み、その先には未来がある。
ヒカルの人生はどこに向かうのか。ヒカルにとっての幸せとはなんなのか。
本当の結末は観ている側に委ねられている。