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オニクマムシ物語(11) 3本トゲのオニクマムシ

ラーム Gilbert Rahm (1885–1954) という人は、色々と困った人である。その中でも一番困るのは、雲仙でオンセンクマムシを記載してしまったことだ。

$${\textit{Thermozodium esakii}}$$ Rahm, 1937

このクマムシは、真クマムシ綱と異クマムシ綱の両方の特徴を持っているので、この1種だけで中クマムシ綱が設立された。温泉に棲んでいる、という生態が面白いだけでなく、分類学的にも特別なクマムシなのだ。

しかし、これまでオンセンクマムシを誰も再発見できていない。そのため、捏造疑惑まで取り沙汰されることもある。ところが僕は、そのオンセンクマムシの実在を信じているので、何度も雲仙に出かけて調査をしてきた。そして、本当に困ったことに、(大声で言おう)

クマムシだけ見つからない!

つまり、pH 2で40℃という極限環境にもかかわらず、結構色々、ちっちゃい奴らが生活しているのだ。ワムシやダニやセンチュウ、ユスリカなんかうじゃうじゃいる。こんだけ色々いるんだから、やっぱり、オンセンクマムシもいるはずなんだけど、結局は採集努力が不足してるんだよね、というわけだ。一発で当てたラームは幸運の人だったのだ。本当にもう、ラームには困らされている。

   ***

それはさておき、今回は(今回もまた)オニクマムシの話である。
(オンセンクマムシの話はこの次かも)

$${\textit{Milnesium tardigradum}}$$ var $${\textit{trispinosa}}$$ Rahm, 1931

南米のチリで調査を行なったラームは、オニクマムシの標本を233個体も見つけた。すべての個体の爪は、鉤爪が全部3つずつだった。つまり、エーレンベルクの$${\textit{Milnesium alpigenum}}$$の特徴だと言及しながらも、マルクス(1929)に従って、$${\textit{Milnesium tardigradum}}$$と同定した。

233匹の中で、4匹だけは、からだの後端に明瞭な3本の棘を持っていたのだ。その他の特徴はすべて$${\textit{M. tardigradum}}$$と一致しているので、これを変種(varietas)として記載した。

Rahm (1932) より3本トゲ(矢印)

★「変種」というのは「種」とどう違うのか?じつは、1961年以降の国際動物命名規約では、変種は認められなくなっているのだが、ラームの頃は使われており、種 species の下に亜種 subspecies、変種 varietas、品種 forma という順番で細かく分けていた。現在の動物学では、亜種までしか規定がない。(植物学の分野では、今でも変種や品種という階級は存在している)

マルクスがブラジルに亡命した1936年に出版された本の中で、3本トゲは、品種にされて、$${\textit{Milnesium tardigradum}}$$ forma $${\textit{trispinosa}}$$ となった (Marcus, 1936)。その際、マルクスは図の説明に「後端、背側」と記述した。ラームは、ただ「後端にトゲ」と書いただけだったのだが。おそらく、マルクスはラームの標本は見ていないと思われるが、トゲが生えていた、ということから背中の表面に生えていたんだろうと考えるのは、まあ自然な流れではある。それはそうなのだが、マルクスの本の威力は大きく、その記述が「事実」だと、誰も疑わなかったのだ。

Marcus (1936) 「後端、背側」と記述されている

21世紀に至るまで、3本の棘は背中に生えていた、と信じられていた。

命名規約が変更されてから、最近までは3本トゲのオニクマムシの名称は、$${\textit{Milnesium tardigradum trispinosa}}$$、つまり亜種になった。(亜種の名前はこのように、3語名として表記される。)

背中に3本のトゲが生えたオニクマムシが再発見されたならば、それはきっと種に格上げされると思われていた。(つづく)

文献

  • Marcus E (1936) Tardigrada. Das Tierreichs 66. Walter de Gruyter, Berlin und Leipzig

  • Rahm G (1931) Tardigrada of the South of America. Rev Chil Hist Nat 35: 118–141

  • Rahm (1932) Freilebende Nematoden, Rotatorien und Tardigraden aus Südamerika (besonders aus Chile). Zool Anz 98: 94–128






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