
地獄内は危険です(3) オンセンクマムシの特徴
オンセンに生息、というだけなら、それほど驚くことではない。温泉好きなヒトだけでなく、温泉には実は様々な生物が暮らしている。
オンセンクマムシの何が驚きなのか。それは形態の異様さだ。真クマムシ綱 Eutardigarda と異クマムシ綱 Heterotardigrada の両方の特徴が混ざっていることなのだ。そのため、この1種だけで中クマムシ綱 Mesotardigrada が設立されている。
真クマムシ、中クマムシ、異クマムシの3つを並べてみてみよう。

(真クマムシと異クマムシのスケッチはDoyère (1840)より)
異クマムシ的:ヒゲ
オンセンクマムシには1対の長いヒゲがある。異クマムシ(陸のトゲクマムシの仲間、海のフシクマムシの仲間など)は、多かれ少なかれヒゲ(あるいはトゲ・棍棒)が生えているが、真クマムシにはヒゲがない。
真クマムシ的:マクロプラコイド
クマムシの口管の奥には丸い咽頭があり、その筋肉が吸引力を発揮する。オンセンクマムシの咽頭の管には真クマムシと同様なマクロプラコイド(ポツポツした棒状の構造)が並んでいる。

真クマムシ的:マルピーギ管
オンセンクマムシは、消化管の後端に1対のマルピーギ管を備えている。これはヒトの腎臓に相当する器官だが、異クマムシ類にはこれがなく、表面積の大きくなった中腸が、その機能を担っていると考えられる。

左:真クマムシ (Marcus, 1929)、右:オンセンクマムシ
異クマムシ的:肢と爪
オンセンクマムシの各肢には、6–10本の爪が生えていて、両端の爪は内側のものより長いと記載されている。爪がたくさん生えているところは、海産のイソトゲクマムシ類 $${\textit{Echiniscoides}}$$ に似ている。オンセンクマムシの肢には節があり、海産のフシクマムシ類 Arthrotardigrada に似ている。
(Arthrotardigrada目はすべて海産の異クマムシ。Echinisdoidea目は陸産のトゲクマムシ類も含む)

(口針が、長く伸びているところも、イソトゲクマムシに似ている)
下の図は、肢の部分を拡大したものだが、肢の付け根に突起がある。これも海産クマムシにはよく見られる構造だ。

最後に、オニクマムシ的なところ:

オンセンクマムシの口の周りに乳頭状の突起(口縁乳頭)が4つある。これは真クマムシ類の中でもオニクマムシ類だけの特徴で、オニクマムシでは6つの口縁乳頭がある。下の写真はサン=モールの$${\textit{Milnesium tardigradum}}$$の口元。

オニクマムシには、6つの口縁乳頭の少し後ろに1対の側部乳頭もあって、他のすべての真クマムシとは一線を画している。これらはオニクマムシが持つ異クマムシ的な要素だと考えられる。
以上、オンセンクマムシの形態的な特徴をずらずらと挙げてみた。このように、オンセンクマムシには真クマムシ的な部分と異クマムシ的な部分が混在している。
(オニクマムシだってかなり変わってる、ということもわかった?)
文献
Doyère LMF (1840) Memoire sur les Tardigrades. I. Annales des Sciences Naturelles, Paris, Series 2, 14, 269–362
Rahm G (1937) Eine neue Tardigraden-ordnung aus den heissen Quellen von Unzen, Insel Kyushu, Japan. Zool Anz 121: 65–71
Marcus E (1929) Tardigrada. Bronn’s Klassen und Ordnungen des Tier-Reichs wissenschaftlich dargestellt in Wort und Bild, 5 Bd, 4 Abt, Buch 3. Akademische Verlagsgesellschaft, Leipzig
Schultze M (1865) Echiniscus Sigismund, ein Arctiscoide der Nordsee. Archiv für mikroskopische Anatomie 1:428–436