腕時計の鑑賞の仕方~時計の審美眼を鍛える~
高級時計を形成するそれぞれのパーツには、時計師の芸術心やこだわりが詰まっています。特別な1本に出会った場合、着用の楽しみに加えてダイヤルやケースそして針1本まで鑑賞することも楽しいものです。
そしてそのポイントがわかれば、鑑賞する楽しみもまた増えます。
今回は、そのポイントをパーツごとにご紹介します。
・鑑賞すべきポイント:ダイヤルの<仕上げと質感>・<素材>
・鑑賞すべきポイント:<インデックス>
・鑑賞すべきポイント:針の<色>・<長さ>
・鑑賞すべきポイント:ベゼルの<機能とデザイン>
・鑑賞すべきポイント:ケースの<仕上げ(磨き)>
■ダイヤルは“時計の顔”
・鑑賞すべきポイント:ダイヤルの<仕上げと質感>・<素材>
文字盤すなわちダイヤルは、一番に目に入る“時計の顔”。金属板であるダイヤルに、美しい化粧を施すことで華やかなダイヤルになります。
<仕上げと質感>
ダイヤルには様々な仕上げが施されますが、最も有名なのはギョ―シェ彫りです。旋盤を使い、熟練の職人が手作業で一筋ずつ彫り込みます。彫模様のパターンは無数ですが、「クル・ド・パリ」や「ソレイユ」が一般的。
そして、ダイヤルの質感も美観に大きく影響します。
高級なドレスウォッチにはガラス質のエナメルを職人が手作業で焼き上げる「グラン・フー・エナメル」。製作中に歪みやひび割れがおきやすく、熟練技が求められます。透明感と深みのある光沢で、焼き上げるので退色などがないのが特徴です。
クロノスイスのギョーシェ文字盤は、熟練した職人によって約一世紀前の手動旋盤を操り、手作業で仕上げます。最新のガルバニック文字盤や透明感のあるエナメル文字盤に放射状の美しい連続模様や幾何学模様を施します。
このような緻密で繊細な作業を行える職人は、現在クロノスイスの職人を含めて世界でもごくわずかです。
<素材>
ダイヤルの素材はアクセサリー的な要素もあり、男性用の場合は宇宙をイメージした素材が人気です。地球に落下した隕石をカットした‘メテオライト’ダイヤルは、それぞれ模様が異なる為一点モノでもあります。
主にムーンフェイズなどに用いられるキラキラと光る‘アベンチュリン’ とともに、どちらも‘宇宙を身に着ける’という特別な喜びが味わえます。
■インデックスの雰囲気はデザインでつくられる
・鑑賞すべきポイント:<デザイン>
「インデックス」には、下記のように様々な種類があります。
・ローマ数字インデックス・・・昔からある塔時計や懐中時計に用いられていたのはヨーロッパの伝統的なローマ数字ですが、いまでも多くの場合ドレスウォッチに使用します。
・アラビア数字(算用数字)インデックス・・・ローマ数字は文字が似ていて一瞬で読み取ることが難しい為、瞬時に時間を把握したいスポーツウォッチやミリタリーウォッチには視認性が高いアラビア数字を使用することが多いです。また、アラビア数字は多少形を崩しても機能が損なわれないので、少し書体を変えたりモチーフをイメージしたりとデザインで遊ぶ場合もあります。
・バーインデックス・・・ドレスウォッチからスポーツウォッチまで幅広く対応できるオールラウンダー。多面カットで光を反射させたり、夜光塗料を塗布して暗いところでの視認性を高めたりと、華やかにも機能的にも変化します。
インデックスの取り付け方にもこだわりがあり、高級感があるのはアプライト(植字)式でダイヤルに植え込むことで立体感と光を受けると美しく輝きます。アラビア数字やバーインデックスに用いられることが多い一方で、形が複雑なローマ数字はアプライト式にすることが難しく、たいていその場合はプリント式になります。よって、アプライト式のローマ数字インデックスを採用している時計は、はかなり手が込んでいるということになります。
■針 ~こだわるところは色と長さ~
・鑑賞すべきポイント:形よりも<色と長さ>
針のデザインにはドーフィン、リーフなど形状は様々であり、時計のデザインやスタイルに合わせて選ばれていますが、その他の鑑賞すべきポイントもご紹介します。
<針の色>
高級時計に多く採用される青い針は、‘ブルースティール針’と呼ばれます。この針を制作するには、ステンレススティールの針を約300度に熱する必要がありますが、しかしその温度帯に入るのは一瞬なので職人が変化を見極めながらアルコールランプなどを使って丁寧に手作業で焼いています。
<針の長さ>
時刻を正確に知る為には、針先がインデックスやミニットラックにしっかり届くことが理想です。
しかし、実際には針が短くて、インデックスまで届いていないモデルもあります。これはムーブメントのトルクと大きな関係があり、機械式ムーブメントはゼンマイの力を可能な限り安定したトルクで動かすと精度が安定しますが、インデックスに届くように針を長くしたり、視認性の為に大きな針を使用すると回転させるためのトルクが増えてしまいます。ムーブメントのトルクを高めるためには、動力ゼンマイの容量を増やすしかありませんが薄型ムーブメントの場合スペース的にそれが叶わず、インデックスに届かない中途半端な長さの針になってしまうのです。
よって、薄型モデルで針がインデックスまできちんと届いている場合は、ムーブメントの能力も優れているということになります。
■ベゼル ~太めなら機能系、細目ならドレッシー~
・鑑賞すべきポイント:<機能とデザイン>
ベゼルは風防ガラスの枠部分であり、眼鏡でいうとフレームにも似ています。太めのベゼルはタフでスポーティ、細目ならすっきりとドレッシーな印象になります。
・太めのベゼルは機能が重要
ベゼルに重要な役割がある例としては潜水経過時間を調べる「ダイバーズ」ウォッチです。
「ダイバーズ」ウォッチと防水時計を分けるのには逆回転防止ベゼルの存在も需要であり、このベゼルによって腕時計が潜水計器になるのです。
時計を計器として使うためのベゼルとしては、対象物の移動速度を知る「タキメーター」表示や異なる場所の時刻を同時に表示する「GMT」モデルも有名です。太めのベゼルは、腕時計を便利に使うための不可欠な要素です。
・細いベゼルは薄くなるほど端正でドレッシー
上記の太めのベゼル機能で記載した、「ダイバーズ」ウォッチは、ベゼルを風防の内側に収めることですっきりと見え、また「タキメーター」はダイヤル内に収めて薄くすれば、クロノグラフであってもドレッシーな雰囲気になります。
ベゼルの太さは機能とデザインの折衷案で決まるのです。
■ケース ~実用素材だからこそ磨きにフォーカス~
・鑑賞すべきポイント:<仕上げ(磨き)>
腕時計の生産量の大半を占めるステンレススティール(SS)素材。加工がしやすく、切削も仕上げも美しく決まるので、切れのある造形が可能です。平面はヘアライン、斜面はポリッシュなどの磨き分けも容易なのです。
ちなみに日本のブランドではこの磨きの技術に一家言をもっており、ザラツ研磨という特別な工程で実施することで歪みのないきれいなポリッシュ面をつくることができます。
またチタン素材は、軽さと耐錆性、金属アレルギーの心配がないことが魅力ですが時計の素材として使用された当初はチタンが酸素と結合しやすく、表面に強固な酸化被膜をつくってしまうという特性があり、磨き処理をしようにも削ったところから酸化してしまい表面に凸凹が生じていました。
その為、チタンケースの表面はマットになり高級感を演出することが難しくスポーツウォッチでしか採用されませんでした。しかし、チタン素材もコストと時間、手間をかければ美しいポリッシュ面ができ、ドレッシーなデザインにも取り入れることができます。よって、ポリッシュ仕上げのチタンケースは特別なモデルなのです。
ステンレススティール(SS)もチタンも耐食性などの機能面に注目しがちですが、その美しい磨きを愛でることができる素材でもあるのです。
■ムーブメントのことを語れるのは時計愛好家の証
・鑑賞すべきポイント:<シースルーバック>
ムーブメントなど時計の内部が鑑賞できる時計(シースルーバック)が最近は多く、愛好家にとっては最大の鑑賞ポイントです。
「自社製ムーブメント」とムーブメント製造会社から提供を受ける「汎用ムーブメント」がありますが、鑑賞に向いているのは自社で設計から製造、仕上げまで一貫して行い、独自で細部にまでこだわりぬいた「自社製ムーブメント」です。
鑑賞ポイントは、パーツの縁を手作業で丁寧に削って磨き上げる「面取り」で1つ仕上げるのに10時間以上かかる場合もある綺麗に磨くことが難しいですが、この作業によってムーブメントの輝きは格段に違ってきます。
また「ブルースティ―ルねじ」や「人口ルビーの穴石」も、美観を高める注目する部分です。
そして機械式ムーブメントの最大の見どころは、寸分の誤差もなく動いている「テンプ」。ヒゲゼンマイやテンワなどのパーツで構成され、正確に振動することで歯車の回転速度を調整し、正確な時を刻みます。時計の心臓部の鼓動であり、チクタク音も心地よいです。
各パーツごとの正しい“褒めポイント”がわかれば、時計の審美眼を鍛えることができ、話のコミュニケーションツールにもなるでしょう。