わたしがゲーム実況にハマった本当の理由
ゲーム実況に助けられたはなし。
フィクションが、見られない。
2020年、あこがれの大学院留学に出発。
1年間のオーストラリア生活に
希望でいっぱいでした。
しかし、コロナの影響ですぐ帰国することに。
幸いなことに、帰国後もオンラインで留学を続けることができました。
実家の子ども部屋で修士号を取る。
こんな経験、もう2度とできない!
自分に言い聞かせて、
オンラインの留学生活を生きのびていました。
フィクションは、足りている。
勉強はたのしいけれど、
心がもやもやする状態がつづきました。
わたしは家でなにをしているんだろう。
外に出たら感染する。
大学の図書館にいきたい。
なぜロックダウンしてくれないの?
これは、留学?
だんだん感情のうごきが激しくなって、
チベタンボウルを聴いたり
瞑想ぬり絵サークルに入ってみたり
心の安定を求めるようになりました。
そんなとき、ドラマが見られなくなったことに気づきます。
留学前、実家では家族とよくTVドラマを見ていました。外国語の勉強も、ドラマや映画を活用していました。
でも、フィクションが見られない。
これ以上、心を動かされたくないという思いでした。
家族がドラマを見ているリビングから出て行ったり、携帯を見つめながらやりすごす日々が続きました。
フィクションのない生活
フィクションを避ける生活は、
オンライン留学の1年間ずっと続きました。
自分がフィクションを消費できるまで回復したのか確かめることもなく、ドラマや映画を見ない生活が習慣になっていきました。
BGMに心を動かされないよう、ラップを聞いてみたり、インドネシア語の音楽をかけたりしていました。
そんなとき、知人にあるゲームを紹介されます。ゲームをする習慣のないわたしは、やってみる代わりにYouTubeのプレイ動画を見ることにしました。
(詳しくはこちら「ゲーム実況との出会い」)
普通におもろいやん。
「おもろいだけ」が欲しかった
ああ、これなら、大丈夫。
感動はしない。
でも、おもしろい。
第5外国語のインドネシア語と違って、
意味のある言葉を消費できることが
とてもうれしく感じました。
ドラマや映画から逃げているだけかもしれないけれど、自分が楽しいと思えるコンテンツを見つけられた。コロナ禍留学から一歩前進できたと感じました。
人間はエンタメなしでは
少しさみしいのかもしれません。
ふつうの夜がやってきた
学校や会社から帰ってテレビをつけることと、YouTubeをつけて好きなゲーム実況をてきとうにクリックすることは、あまり変わらないと気が付きました。
そして何より、ゲームの実況動画はおもしろい。
ゲームに苦手意識があって、上手な人のプレイを横から見ているのが好きなわたしに、これ以上ない動画ジャンルでした。
この記事はハッピーエンドです
2年ほど、ゲーム実況を見続けています。
ぼーっとテレビを見るように実況動画を見ているだけでは何も生まれないし、人生を無駄にしているのでは、と思うこともときどきあります。
そんなとき、ひさびさに会った高校の同級生からこんなことを言われました。
ぼーっと動画を見ながら過ごしてきた2年間をかたちにするときが来たようです。
こういう新スタートも、ありやなあ。
最後までお読みいただきありがとうございました。