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うつつの夢 第3話:迷子のお迎え

あらすじ
リカが五歳の時に父と訪れたお祭りで、リカは迷子になりました。迷子センターで父を待つリカですが、迎えに来たのは何故か見知らぬ女性でした。
これはリカ(作者)の実体験を物語にしております。
リカは物心ついた頃から幽霊や妖精、妖怪、神獣と出会います。一方的に何かを語られたり、時には会話をしたり、時には神隠しに遭っていたりと様々です。リカのうつつのような夢話、どうぞお聞きください。

これは、リカが五歳の時の出来事です。
 鎮守様の神社で御囃子おはやしが聞こえる中、リカは神楽を見ていました。
 幼かったリカには演目が分かりませんでしたが、垂纓冠すいえいかんを被った束帯そくたい姿の男性と、布で出来た大蛇が文字通り蛇腹じゃばらを伸縮させて舞う姿はとても勇ましく、リカの冒険心をくすぐりました。
 父は、リカが迷子にならないようにと、リカの右手をしっかり握ってくれていました。
 それに安心を覚えたリカは、神楽をもっと間近で見ようと父の左手を引きながら、ますます神楽殿の前に進み出ました。
 天を仰(あお)ぐように見る神楽殿は、まさしく神の世界を見上げているようです。リカは神楽殿高さに圧倒され、その興奮を父に伝えたくて視線の先を握っている父の左手に移しました。
 違和感を覚えたのはその時です。明らかに父の左手がおかしいのです。   
 普段、父に手を引かれる時、リカの手は自分の顔よりも高い位置に上がります。ところが今は、自分の顔より低い位置で父の左手を握っています。しかも日に焼けた大きな手と違い、細く蛇の鱗のように凸凹でこぼこしています。
 リカは父を見上げました。果たしてそこに父の姿がありません。それどころか、左手は持ち主もなく宙に浮いているのです。
 リカは慌てて左手を捨てました。父を呼びながら、人込みの間をくぐり抜けて走りました。
 鳥居の辺りまで来ると、その先に有る一般歩道を左右に見渡し、父を呼びながら姿を探します。
 けれど、神社の賑わいと打って変わり、歩道は真っ暗で誰一人通行人がいないのです。街灯の明かりすらありません。
 リカは鳥居の下で、大声で泣きだしました。
 しばらく泣いていると、リカの頭越しに男の人の声がしました。
「迷子だね」
 見上げると長い白ひげを生やした斎服さいふく姿の知らない老人が立っています。
「こっちへおいで」
 老人は手招きをして、先ほどの神楽殿に向かう参道を歩き出しました。
 リカは涙をぬぐい、その老人の後ろ姿を追いかけました。この人についていけばお父さんに会えると信じて。
 父を探している時には気付かなかったのですが、参道には提灯を吊り下げた屋台が並んでいました。鼈甲べっこう飴に綿菓子、りんご飴。ウサギ耳の風船にヨーヨー釣り。子供が喜ぶ店が立ち並んでいましたが、何故か子供の姿は有りません。お面をつけた和装姿の大人たちばかりが並んでいるのです。
 子供なのは自分だけ?
 その光景が一層リカを不安にさせました。
「お腹がすいたか。何か買ってあげよう」
 不意に老人が振り返りました。リカはそれほどお腹を空かせていませんでしたが、大きな赤いりんご飴に魅力を感じました。それは母が持っている指輪の柘榴石ガーネットのように輝いていました。
 これを持って帰ったら母が喜ぶだろうと思い付き、屋台に向けて指を指しました。老人は頷くと、りんご飴を一本取ってリカに手渡し、再び参道を歩き始めました。
 神楽殿の横まで来ると法被姿の男性が数人立ち並んでおり、老人に気が付くと皆が一斉にお辞儀をしました。
 老人はリカを見下ろして、
「ここで待っていたら迎えが来るよ」
 と言い、そのまま立ち去ってしまいました。
 リカは用意された椅子に座り、法被姿の男性たちに囲まれる中、父の迎えを待ちました。
 しばらくするとリカの目の前に……と言っても男性に囲まれているのでその隙間から……人影が見えました。
 一瞬、父が来たと思って安心したのですが、すぐにそれは打ち消されました。
 人影は父ではなく、白地に千鳥格子ちどりごうし柄のツーピースを着た年配の女性なのです。しかし母でもありません。
「お家の人が迎えに来たよ」
 法被姿の男性の一人が、リカにそう言いました。誰か他の迷子と間違っていないか?とリカは思いましたが、自分の他に迷子はいません。そして女性は狙ったようにリカの前にやってきます。
「迎えに来たよ」
 女性はにっこりと笑い、リカに左手を差し伸べました。蛇の鱗のような凸凹でこぼこ。その瞬間、リカは気付きました。自分が先ほど握っていた左手です。途端に頭の中で警鐘が鳴ります。リカは老人に買って貰ったりんご飴を女性の手に載せました。
 すると女性はりんご飴を鷲掴みにして、長い舌でぺろりと一舐めすると、満足そうに笑いながら、スルスルと居なくなりました。
 その入れ違い、血相を変えた父がリカを目の前にして膝から崩れ落ちました。
「急にらんようなるけえ、たまげた」
 父は法被姿の男性たちにお礼を言ってから、リカの右手を引いて歩きました。リカは顔より上にある自分の右手を見て、ようやく父の左手を握っていると安心しました。
 十数年後にリカは、父にこの時の話をするのですが、父は神社でリカが迷子になったことは一度もないと首を傾げます。
 リカも何度か鎮守様の神社に足を運びましたが、鳥居から数メートルほどの所に拝殿があるので、境内は屋台が並んだり、神楽殿を組んだりするほどの広さはありませんでした。
 それでもあの出来事は現実だと思います。
 もしあの時、迎えに来たという女性の手に、りんご飴ではなく自分の手を載せていたらどうなっていたのでしょう。
 それにしても、老人に買って貰ったりんご飴がどんな味だったのか、今もずっと気になって仕方がありません。
(おわり)

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