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うつつの夢 第8話:目玉の呪い

あらすじ
リカが十一歳の時に、冗談半分で父が自分の手にできた目玉の呪いをリカに移しました。翌日からリカの手には目玉が日に日に出来始めるのでした。
これはリカ(作者)の実体験をもとに物語にしております。
リカは物心ついた頃から幽霊や妖精、妖怪、神獣と出会います。一方的に何かを語られたり、時には会話をしたり、時には神隠しに遭っていたりと様々です。リカのうつつのような夢話、どうぞお聞きください。

 これはリカが十一歳の時の出来事です。
 リカの家は四辻の角にある木造三階建の一軒家で、母と祖母が祖父の介護をしながら、大学生対象の下宿屋と駄菓子の販売で生計を立て、父が趣味から始めた易者をしながら生活をしていました。
 事の始まりはリカの夏休みの初日。夕食を済ませたあとのことです。母と祖母が祖父の入浴介助をしている間、リカは食堂でテレビを見て過ごしていました。
 暫くすると、S県にある実家(本家)の法事に行っていた父が、家の勝手口を通って帰ってきました。そしてリカを見るなり、急に手印を結びながら何かを唱えました。……この時の詠唱が何かをリカは覚えていません……。唱え終わると父は、リカの手を取り撫でました。
「どうしたの?」
 リカは父の行動の意味が分からず、首を傾げながら訊きました。
「見てみい」
 そう言って、父は自身の両掌をリカの眼前に差し出しました。父の大きく広げられた掌には、小豆大のブツブツとしたモノが無数にありました。
「なに?それ」
「よおく、見てみい」
 父がそう言って更に掌を押し付けるように寄せて来るので、リカは瞬時に掌から顔を背けて横目でそのブツブツを見直しました。
「……目玉?」
 よくよく見るとブツブツは、何かの目玉のようでした。
「昨日、実家の向かいにある山で○○(何か不明)に小便したらこうなった。
 治すんはどうしゃあええかお寺さんに訊いたら、外道の呪いじゃけ、誰かに移しゃあ治るて言われたけえ」
 我が子に対してえらい言い様です。それこそ外道ではないでしょうか。
「やだー! 呪いを解いてよ」
 リカは悲鳴を上げるなり泣きだし、父の胸をバシバシと叩きました。
 リカは幼い頃、十畳の和室の床の間に現れたお坊さんに「呪い殺してやる」と言われた体験があり、呪いに対して神経過敏でした。父は笑うばかりで、結局何の解決もないまま就寝を迎えました。
 異変は翌朝すぐに起こりました。リカの掌に小豆大の目玉が一つ出来ていたのです。
 リカは朝食を食べていた父に向って掌を見せましたが、父は事情が分からないといった様子でした。
「昨日、うちに呪いを移したじゃろ」
「何言うとんじゃ、わしは今さっき帰ってきたばかりじゃ」
 母と祖母も、父の帰宅が今だったと証言しました。では、昨夜の父は何者だったのでしょうか。リカは困惑しました。
 深刻なリカから事情を聴き出した父は、申し訳なさそうに言いました。
「確かに一昨日、山でわしは小便したけえ、知らん間に蛇か蛙か、あるいは
 祠かに小便をかけて、罰が当たったんかもしれん」
 今すぐ目玉を取り除きたいリカは、食堂の隣にある十畳の和室に向かいました。そこには祖母の裁縫道具があります。リカはその裁縫道具の針山から針を引き抜き、掌の目玉に差し込んでほじり出そうとしました。当然針を刺すと激痛がリカに伝わります。それでもどうにか我慢して小さな目玉を除去して、血だらけの窪みには絆創膏を貼りました。
 しかし翌朝また目玉が出来ていたのです。そしてその日から毎日、目玉が一つずつ増え続けていきました。掌、指先、五指の関節部分。所かまわずボコボコと。そしてリカはその度に目玉を針で取り除き続けるのですが、痛みには耐えきれません。二週間もする頃には増えすぎた目玉が、ギョロギョロと周りを興味深そうに見回すようになりました。
「これじゃ学校いけないよぉ」
 夏休みが終わる一週間前、ついにリカは泣き出しました。針で刺し続けた傷も癒えない手は、文字通り「目を隠す」ことも兼ねて絆創膏だらけです。そしてその目玉のようなデキモノは、母や祖母の目から見ても不気味に見えたようです。
「何じゃろうか、魚の目玉みたいに見えるんじゃが」
 リカの手を見ながら、祖母は眉根を寄せました。
「そうですね。感染症のイボかしら。茄子のヘタでも貼り付けてみましょう
 か」
 母は冷蔵庫から小茄子を取り出しヘタを切り、リカの手に汁を擦りつけました。茄子の汁は感染系のイボに対する免疫力を上げる効果が有るのだそうです。それを三日ほど続けましたが、減るどころか増えるばかりです。
 リカは、残暑厳しい夏休み明けから、手袋をしたまま学校生活を送ることになりました。
 当然、生徒たちに手袋姿を不思議がられることになりますが、目玉だらけの手を見せるよりは気持ちが楽でした。
 しかしその後、目玉は掌に増える場所が無くなり、手首、腕の辺りまで浸食し始めました。その頃には学校で隠し通せるものではなくなり、生徒間には呪いの噂が広がってしまいました。
 手袋や包帯で隠された目玉を垣間見た生徒たちは、リカをバケモノ扱いし、遠足や運動会、修学旅行の班分けのグループからもはじき出しました。リカは何をするのも一人で行動する羽目になりました。
 そして秋になり、リカの足先まで目玉が支配する頃には、学校の生徒の穢れ扱いすら成すがままに受け入れるようになったのです。
 それから年を越し、手袋をしていても違和感が無くなる季節になった冬の事です。
 リカは祖父に連れられて、医者のような白衣を着た老人を訪問しました。
 白い布がカーテンのように垂れ下がる部屋の中で、白衣の老人は腕を組んでリカと対峙して座っています。
「ずいぶんな数じゃのう」
 白衣の老人は、リカを憐憫の目で見つめて言いました。
「かわいい孫じゃ。なんとかしてくれ」
 祖父はゆっくりと頭を垂れます。白衣の老人は腕組を解いて両膝を叩き言いました。
「あい〇〇た」
 何を言ったのかよく聞き取れませんでしたが、白衣の老人は立ち上がると、リカを円筒状に垂れさがっている白い布の中に誘います。
「準備して来るけえ、静かに寝ときんさい」
 リカは大の字に寝かされて暫く一人で放置されました。
「……お祖父ちゃん?」
 リカは祖父から引き離されて不安になりました。しかし祖父の返事は聞こえません。
 もう一度祖父を呼ぼうとすると、円筒状の垂れ布の中に白衣の老人が入ってきました。
 リカは目を丸くしました。白衣の老人は綿棒サイズの針を束で持っているのです。
「心配せんの。わしは針師じゃ。今日から治るまで、毎日ここへ来んさい 
 よ」
 そう言って白衣の老人……針師は、針の一本をリカの手に沿わしながら何かを探し始めました。
「大元がわからん。最初から居らんのか、もしくはこの傷跡になった窪みが
 そうじゃったもんか……」
 針師は、リカが一番最初に自力で排除して出来た窪みの傷跡を針でなぞります。
「仕方ない、子供を殺しながら親を辿るか」
 言葉だけ聞くと物騒な話です。リカは針師の言葉と針の一刺しに震えあがりました。
 ところが全く痛みが有りません。拍子抜けをしたように、リカは針師を見ます。
「怖がらんでもええぞ。痛まんところを刺しとるけえ」
 針師はそう言いながら、持っていた針を次々とリカの四肢に刺していきました。
「あ……」
 リカは床に打ち付けられたように手足が動かなくなりました。そして針師は再び姿を消しました。リカは身動きが取れないまま、首だけを上下左右に振りながら周囲を伺いました。
 暫くすると、お堅いテレビ局のアナウンサーが番組でニュースを読み上げるような声が聞こえ始めました。どうやら針師の声のようです。その声を聞きながら、リカの意識は眠るように無くなりました。
 その日から毎日、いつの間にか祖父が針師の所へリカを連れて行きます。そして意識を失い、気が付くと家に帰っているのです。そしてそれに伴い、目玉が増えなくなりました。
 その繰り返しの日々が続き、リカの学年が変わった春の事です。
「あ、れ?」
 リカが何気なく指先の目玉を触っていると、ポロリと外れて床に落ちました。まるでジャガイモの芽を指で弾き取ったような感覚です。先ほどまで我が身に有ったその丸い物を拾うと、目玉はブヨブヨしていて黒目が白濁していました。目玉が有った指先を見ると、皮膚が丸い縁で囲まれ窪んでいました。リカはそれを確認してから、すぐに外れた目玉をゴミ箱に捨てました。
 それからも祖父に連れられて毎日針師の所に通いながら、次々と目玉がポロポロと落ちました。針師はリカの手足の様子を見て満足そうに頷きます。
「あと一週間もすれば全部取れるじゃろう」
 その言葉通り、目玉は一週間後に全て無くなり、祖父がリカを針師の所に連れて行くことも今日で終わりました。
 リカは仏間のある十畳の和室に座って、畳に落ちた最後の目玉を眺めてほっと安堵しました。
 不意に、リカの背後から声がしました。
「おや、もう全部無うなってしもうたんか」
 その声は父のものでした。しかし、そんなはずがありません。父は昨日から実家の山の手入れに出かけており、一週間泊まり込みの予定だからです。なので、この声の主は、呪いをかけた何者かです。
 リカは恐怖のあまり体が動かなくなり、目を瞑りました。何者かがリカの前に落ちている目玉を拾う手気配を感じました。
「お前は本当に、祖父の守護が強いのう」
 何者かがそう言ってリカの顔を覗き込む気配がしたので、リカは目を合わせてはいけないと目を瞑ったまま顔を背けます。
 何者かは暫くリカの周りを歩いていましたが、リカが目を瞑って全く口を利かないので、諦めたように和室を後にしました。
「誰か出てったな」
 不意に祖母の声と同時にテレビ番組の音声が漏れ聞こえます。祖母が和室の隣にあるの食堂の椅子に座って、テレビを見ていたのを思い出しました。何者かは、この祖母の後ろを静かに通り過ぎて勝手口を出て行ったのです。「……うん、何者かが最後に残った目玉を取り返しに来たみたい」
 リカがそう答えると、祖母は言いました。
「目が合わんかったんならもう大丈夫じゃろ。お祖父ちゃんにお礼、言うと
 きんさいよ」
「うん」
 リカは仏壇の前に座り直し、去年の十一月・・・・・・に亡くなった祖父の位牌に手を合わせました。
 祖父が連れて行ってくれていた針師が誰だったのか、今となっては分かりませんが、その後は手足に目玉が出来ることは有りませんでした。
 ただ、トラウマとしてリカは、人と目を合わせることが苦手になり、集合体恐怖症になりました。
(おわり)

第1話はこちらです。

第2話はこちらです。

第3話はこちらです。

第4話はこちらです。

第5話はこちらです。

第6話はこちらです。

第7話はこちらです。

第8話はこちらです。


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