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茉野いおた
2019年7月4日 10:49
「ただいまー」帰宅すると、母と妹が並んでテレビを見ていた。背中だけでなく、振り返った横顔も似てきている。「おかえりー。お姉ちゃん、どうだった、怪しいセミナー?」すぐに声をかけてきたところを見ると、妹なりに興味があるのかもしれない。「うん、面白かったよ」スプリングコートをイスに掛け、買ってきたたこ焼きをテーブルに置く。「またたこ焼き?」「うん、たこ焼き」「美香、ありが
2019年7月3日 10:25
雨が降りだしたのか、しゃーっという音が窓の外から聞こえる。加穂子は「そこのタブレット、見てみて」と言った。目線はあくまで台の上だ。私は震える手で台の縁に置いてあったタブレットをつかむ。そこには志保に向けたLINEの画面が映し出されていて、「あなたは来月から来なくていいです。代わりに田所さんに入ってもらいます。今までおつかれさまでした」と書かれている。「そのLINEさ、志保ちゃんに送って
2019年7月2日 17:48
「私はね、美香ちゃん、今の夫とどうしても結婚したかった」ゴンッ。加穂子は台の一番長い対角線の先にある6番に向けて手玉を発射した。すーーっ。図ったようにポケットに落ちる。「出会ったのは20代後半のころ。顔も中身もすごくタイプで、なにがなんでもこの人と結婚したいと思った。でも相手は7歳年下でまだまだ遊びたいみたいで、私がどれだけ言っても、決してうんとは言ってくれなかった」「先生、その時って
2019年7月1日 11:47
「私の番ね」加穂子はキューにチョークをキュッキュッとこすりつけると、しなやかな身さばきで台に向かった。台上には3番から9番までのボールが残っている。「ビリヤードで絶対に負けないコツってなにかわかる?」「いいえ」「それはね、一度握った手番は絶対に相手に渡さないこと」加穂子は背中を向けたまま私にそう言うと、手玉を強くついた。ガンッ。驚くほど激しい音を立てて飛び出したボールは、真