「アイドルの肖像写真を使いたいけどNGと言われた…」ー肖像権・パブリシティ権と表現の自由の狭間を考える
1.はじめに
アイドルや俳優、スポーツ選手など、いわゆる「芸能人・著名人」の肖像写真を作品や記事の中で使おうとしたとき、どのような法的問題が生じるのでしょうか。とりわけ、既に引退している芸能人から「過去の写真を載せないでほしい」と要求されたり、別のアイドル事務所から「パブリシティ権があるので使用料を払ってほしい」と求められたりした場合、こちらは従わなければならないのでしょうか。
本記事では、肖像権(狭義の肖像権) と パブリシティ権 の違いを中心に整理しながら、表現の自由 とのバランスについて解説します。また、すでに業界を引退している人物の場合でも権利が存続するのか、実際の対応としてどのような点に注意すべきか、といった実務的視点も交えて考えていきます。
なお、本記事の内容は日本法に基づく一般的な解説であり、具体の事案によっては異なる結論となる場合が十分にありえます。最終的には、専門家(弁護士等)への相談をおすすめいたします。
2.引退後のアイドル写真の掲載と使用料の請求
過去にプロダクションの許可を得て撮影したアイドルの肖像写真を、ノンフィクション作品の一部で掲載しようとしたところ、「もう芸能界を引退しているので載せるのをやめてほしい」 と言われた、というケースについて検討します。また、別のアイドルについても写真を使おうとしたところ、「パブリシティ権があるので使用料を支払ってほしい」 と要求されました。
ここで問題となるのは、(1) 引退後の芸能人が写真掲載を拒否できるか、(2) 現役のアイドルや事務所等がパブリシティ権を根拠に利用料を請求できるか、という二点です。これらを理解するには、まず「肖像権」と「パブリシティ権」という二つの概念を整理しておく必要があります。
3.狭義の肖像権とパブリシティ権の違い
(1) 狭義の肖像権(プライバシー権的側面)
一般に「肖像権」と呼ばれるもののうち、狭義の肖像権 は、人が有する人格的利益(プライバシーや名誉感情等)の保護を目的とする権利です。無断で顔写真を撮影されたり、公表されたりすることによって、当人の私生活やプライベートが侵害される場合に問題となります。
主な法的根拠:日本法上、肖像権を直接規定する成文法はありませんが、憲法13条の「幸福追求権」を根拠とする人格権として、あるいは民法709条(不法行為)に基づく損害賠償請求権として、裁判例で保護されてきました。
特徴:他人に知られたくない私生活の情報や、勝手に写真を撮られたり公表されたりして不快感を抱くような状況を回避するための権利。あくまで“人格的利益”の保護が目的であり、「経済的価値」にフォーカスしているわけではありません。
(2) パブリシティ権
一方で、パブリシティ権 とは、著名人(芸能人、スポーツ選手など)の氏名や肖像等がもつ「顧客吸引力」「経済的価値」を保護する権利とされます。有名人の写真や名前を広告に使うと商品価値が高まる、いわば“ブランド・広告価値”を勝手に他人に利用されないようにするのがパブリシティ権の趣旨です。
主な法的根拠:わが国ではパブリシティ権を直接定める法律はなく、裁判例で確立された概念です。
特徴:人格的利益よりも“経済的価値”の保護に力点がある。したがって、単なるプライベート写真ではなく、広告的利用や営利利用が問題となるケースが多い。
4.引退後の芸能人に対しても肖像権・パブリシティ権は存続するか
上記で取り上げたように、すでに芸能界を引退している人物が「写真をやめてほしい」と言ってきた場合、どのように考えればいいでしょうか。
(1) 狭義の肖像権(プライバシー)の観点
引退後であっても、「人格的利益を侵害する態様の写真掲載」であれば肖像権侵害が認められる可能性はあります。たとえば、引退後の私生活をしつこく追いかけて盗撮し、公表するような事例です。
しかし、過去に公の場で撮影された写真や、すでに世間で広く知られている写真を、後日ノンフィクション作品に引用するだけであれば、必ずしもプライバシー権侵害になるとは限りません。表現の自由や報道の自由とのバランス次第です。
(2) パブリシティ権の観点
引退していても、かつて大変な人気や知名度があった場合、その肖像や名前には依然として経済的価値(顧客吸引力)が残存している可能性があります。その場合、営利目的(特に広告宣伝のため)にその写真を使うと、パブリシティ権侵害が問題になり得るでしょう。
一方、歴史的・文化的に有意義な事実を紹介するノンフィクション作品内で、その時代を象徴する存在として過去の写真を掲載するといった場合には、著名人のパブリシティ権よりも社会的利益(知る権利、表現の自由)が優先される可能性があります。最終的には、その利用態様(どのように掲載しているか、どこまで営利色が強いか)を総合的に判断する必要があります。
5.写真の「過去の撮影許可」は今も有効か?
上記の例では、「これらの写真は過去にプロダクションの許可を得て撮影されたものだが、それでも今あらためて使うときに許可が必要か?」という疑問が生じます。
(1) 当時の契約内容・許諾範囲
まず確認すべきは、過去に撮影した当時の許諾・契約内容です。プロダクションとの間でどのような使用許諾が交わされていたのか。「雑誌に一度掲載する目的で撮影・使用する」など、利用範囲が限定されていた場合には、当時の同意だけでは今回の新たな利用(別の本に掲載する等)をカバーできないかもしれません。
(2) 時効や権利放棄
本人や事務所が使用許諾を明確に放棄しているのであれば問題は生じにくいですが、通常は「一定期間や媒体を限定していた」可能性があります。また、肖像権やパブリシティ権については、時効消滅という形で完全に権利がなくなるわけではありません。公開範囲や方法が変化すれば、あらためて新たな侵害が発生しうるため注意が必要です。
6.パブリシティ権 vs. 表現の自由
(1) 一般論:営利利用が強いほどパブリシティ権が優先されやすい
芸能人の写真を明らかに広告として使う場合、あるいはグッズのパッケージに大きく肖像を載せて販売するなど、営業上・経済上の目的が前面に出るケースでは、パブリシティ権侵害と認定されるリスクが高まります。
逆に、報道・評論・研究などの「公共性の高い目的」であったり、歴史的資料としての「文化的価値」の観点が認められたりする場合には、パブリシティ権よりも表現・報道の自由が優先される可能性が高くなります。実際の裁判例でも、著名人に関する歴史的事実や社会的出来事を紹介するための写真・映像の使用であれば、パブリシティ権侵害を否定した例があります。
(2) ノンフィクション作品での掲載はどこまでOKか
上記の事例では、時代背景や文化・経済的事象を描くノンフィクション作品の一環として、かつて活躍したアイドルの肖像写真を掲載しようとしています。営利目的が完全にないわけではありません(書籍の販売自体は営利活動)が、その主体はあくまで「歴史的・文化的な資料としての出版」という側面をもつ作品といえるでしょう。
したがって、「その写真の掲載が作品全体にとって必要か、社会的意義のある表現であるか」という点が重要な判断要素となります。必要性や公共性が高いと評価されれば、事務所や本人によるパブリシティ権主張が認められない、あるいは限定的にしか認められない可能性があります。
7.「使用料を払ってほしい」と言われたらどうするか
(1) 交渉・合意の必要性
パブリシティ権は、著名人の経済的価値を保護するためのものです。もし相手方(アイドル本人や事務所)が「広告宣伝として使うのだから当然対価を払うべきだ」*と主張してきた場合、営利利用の度合いが強いならば、使用料を支払う形で合意を取り付けるのが無難でしょう。
一方で、先述のように「これは歴史的な事実の紹介であり、写真掲載は表現の自由の一部」「特段、商品宣伝の要素は強くない」という場合には、使用料の請求に応じる必要がない場合もあります。しかし、最終的に法的紛争に至る可能性を考慮すれば、事前に十分な説明・交渉 を行い、トラブルを回避することが望ましいと言えます。
(2) 訴訟リスクと実務対応
もし事務所や本人が強硬にパブリシティ権侵害を主張し、差止や損害賠償を求める裁判を起こす可能性がある場合、こちらとしては以下の点を検討しなければなりません。
写真掲載の目的・文脈:広告ではなく、文化的・学術的意義がある表現か。
写真の使用範囲・大きさ:書籍の一部に小さく引用する程度か、表紙に大きく載せるかなど。
過去の契約関係:撮影当時の同意範囲はどうだったのか。
公表・販売部数の影響:大規模な商業流通なのか、限定的発行か。
これらを総合的に考慮し、リスクを下げるために相手方との協議・合意を試みることが一般的です。場合によっては、写真自体を修正・削除する、モザイクやトリミングで写り方を抑えるなど、妥協点を見いだすこともあります。
8.まとめ:表現の自由とのバランスを考える
芸能人やスポーツ選手などの肖像写真を扱うとき、狭義の肖像権(プライバシー権的保護) と パブリシティ権(経済的価値の保護) の両面から検討する必要があります。そして、これらの権利と対峙するのが、表現の自由 や 報道の自由 です。
純粋な営利利用(広告・商品パッケージ等):パブリシティ権侵害が認められやすいため、使用許諾や使用料の支払いが必須となる可能性が高い。
過去の報道写真・歴史的資料の引用:表現・報道の自由にかかわる公共性が高ければ、パブリシティ権の主張が制限される場合がある。ただし、当時の契約範囲を逸脱する利用には注意が必要。
引退後のアイドル・芸能人:なお一定の知名度が残り、その肖像がもつ広告価値が高いならパブリシティ権が問題となる可能性はある。一方、文化的・歴史的価値のある事実を紹介する目的なら、表現の自由が優先される場合もある。
最終的には、事前の契約内容(撮影当時の許諾範囲など)や、掲載の目的・態様・規模などを総合的に判断し、場合によっては交渉を行うことが重要です。相手方(引退後の芸能人や所属事務所など)から不満やクレームが出ている場合、話し合いなしに一方的に掲載するのはトラブルリスクが高いと言わざるを得ません。
9.実務的アドバイス
過去の許諾内容を確認:当時の契約でどの範囲まで許可されていたか、期間・媒体の指定はどうなっていたかを再チェックする。
利用態様の見直し:掲載目的が「歴史的・文化的意義」のためであれば、その旨を明確に示し、営利的印象を弱める工夫をする(広告的打ち出しを避ける、写真を必要最小限のサイズで掲載するなど)。
事前の説明・交渉:可能であれば、相手方に連絡をとり、掲載意図や掲載範囲を伝えたうえで、特に反対が強ければ変更・調整を検討する。
リスク評価と対応:パブリシティ権の侵害を強く主張される場合、速やかに専門家に相談して対策を練る。必要があれば裁判外での和解・調整も視野に入れる。
10.おわりに
引退後の芸能人写真をめぐるトラブルや、パブリシティ権による使用料請求は珍しくありません。日本の法律では、肖像権・パブリシティ権が成文法で明確に規定されているわけではないため、個別事例ごとに裁判例や学説を参照しながら判断する必要がある点が難しいところです。
ただし、大まかな指針としては、表現の自由や報道の自由が優先される場面(公共性・歴史的意義の高い利用) と、パブリシティ権が優先される場面(強い営利利用) に区別して考えると理解しやすいでしょう。引退後の芸能人であっても、相応の広告価値や知名度が残っている限り、パブリシティ権の主張が完全に排除されるわけではありません。
万一、掲載や利用にあたって本人や事務所からクレームがあった場合、いきなり法的措置に発展しないよう、丁寧に事情を説明したうえで交渉・調整を試みることが重要です。そうしたコミュニケーションができない場合、最終的には裁判所で判断を仰がなければならない可能性もあります。
いずれにせよ、当該事案の細部を検討し、必要に応じて専門家へ相談することを強くおすすめします。 作品や記事において、過去の写真を使う必然性が高いのか、それを省略・修正することができるのかなど、事前に十分な準備を行えば、リスクを大きく下げることができるでしょう。