見出し画像

ジョーンは、そばにいるー「春にして君を離れ (原題 Absent in the Spring)」

アガサ・クリスティにハマった。

「ねじれた家」は、驚きの毒親ブーメラン。それに加えて、「彼女は、薬剤師として働いていたから、毒殺に関する知識も元々あった」という彼女の情報も目にした。人間関係の病理にも富んだ知識があったんだろう。近くにそういう人がいたんじゃないか?とも、勘ぐってしまう。ドロドロな人間関係、人間の弱さがダークに染まってしまう時、、、。この本を読むと、皮肉的に人生経験になる。。。世の中いい人達ばかりじゃないって気づくことも大事だから。

「春にして君を離れ」のジョーンのような人もいる。見かけたこともある。今では、こういう人と関わると生じてしまう「カサンドラ症候群」という言葉も目にする。これは、疾病名ではないから、通常は「適応障害」という病名になる。現在、2022年。この本が書かれたのは、1944年。もし、わたしがこの本を読んでいたら、、、。ああいう人に気づいたかもしれない。あっ、「アガサのジョーン」のような人、、って気づいたかもしれない。

Empathy (der Empathie)にかけているからと言って、悪い人ではない。だから、どうしようもないのだ。

ただ、ジョーンは、自分で、自分に、それに、気付いたのだ!!!
えっ!?
魔法かなんかに罹った?
わたしは、ただそのことに、びっくりした。
ありえない。現実には!!!!

いや、まだ本を読んでないから、決めつけるのは良くない。
どんな過程で気付いたのだろう。。気になってしょうがない。

けれども、中年になってから読むと、このジョーンの判断は、もっと両義的に思える。彼女は自分の過ちを知り、ついでに夫が抱えていた秘密も理解してしまう。けれども、それを全てぶつけてお互いに血を流すのではなく、たとえ仮面を被ったままでも、穏やかで幸福な日常を続けることを選ぶ。



これは、一種の優しさではないだろうか。その後のジョーン・スカダモアは小説の中に描かれてはいないが、元通りの「良き妻・良き母」を演じていても、彼女はやはりそれまでとは異なる人間だと思うのだ。自分の正しさを信じて疑わない人間から、自分の過ちを知る人間へと成長したのである。ただし、それを全てさらけ出して夫の秘密も暴けば、家族に惨事が訪れると自覚している。人生をイチからやり直すにはあまりに歳を重ねている彼女は、居心地の良い環境へ安住する選択をする。優しさとは、「相手と心から分かり合う」ことをあきらめた敗者が、自己の利益を確保するために採用する撤退戦略なのだ。

優しさとはあきらめである - 「春にして君を離れ」by アガサ・クリスティー

この小説が書かれたのは、1944年。第二次世界大戦中である。
「相手と心から分かり合う」ことをあきらめた敗者が、自己の利益を確保するために採用する撤退戦略なのだ。という文章が持つ意味を深く考えてしまった。
アガサ・クリスティという作家の予知能力、「世の中がこれからどう変わるか」をすでに予兆していたかのような、この本の内容に驚きを隠せない。ジョーンの生き方が、戦時下における人々の生き方をも示唆しているのではないか。これは決してわたしの思い込みの解釈ではない。。。。かもしれない。

作中では、忍び寄る第二次世界大戦とナチの影が示唆される。この作品が発表されたのは1944年だけど、作中ジョーンがロンドンに戻るために立ち寄る世界遺産都市アレッポは現在、2020年まで10年続いているシリアの紛争でめちゃくちゃになった。アガサ・クリスティーも予想していなかっただろう。現実は寄る辺なくて不確かだ。

優しさとはあきらめである - 「春にして君を離れ」by アガサ・クリスティー

1940年7月10日:ブリテンの戦いが始まる
1941年6月22日:ドイツがソ連を侵略
1941年7月6日:アインザッツグルッペン(移動虐殺部隊) がコブノを取り巻く19世紀の要塞のひとつの第7要塞で3,000人近くのユダヤ人を射殺
1941年8月3日:ムエンスターのクレメンス・アウグスト・グラフ・フォン・ガレン司教が説教で「安楽死」殺害プログラムを非難
1941年12月7日:日本がパールハーバーを爆撃し、米国がその次の日に宣戦布告
1941年12月8日:占領下のポーランドのヘウムノで最初の虐殺作戦が始まる
1941年12月11日:ナチスドイツが米国に宣戦布告
1942年7月15日:ドイツが占領下のオランダから東部(主にアウシュビッツ)への10万人を超えるユダヤ人の大量移送を開始
1942年7月22日:ドイツがワルシャワゲットーからトレブリンカ絶滅収容所への30万人を超えるユダヤ人の大量移送を開始
1942年9月12日:ドイツがワルシャワからトレブリンカへの約26万5,000人のユダヤ人の大量移送を完了
1942年11月23日:ソ連部隊がスターリングラードで反撃を行い、ドイツ第6軍を市内に立ち往生させる
1943年4月19日:ワルシャワゲットー蜂起が始まる
1943年7月5日:クルクスの戦い
1943年10月1日:デンマークにおけるユダヤ人の救出
1943年11月6日:ソ連軍がキエフを解放
1944年3月19日:ドイツ軍がハンガリーを占領
1944年5月15日:ドイツがハンガリーから約44万人のユダヤ人の大量移送を開始
1944年6月6日:Dデイ:連合国軍がフランスのノルマンディーに上陸
1944年6月22日:ソ連が東白ロシア(ベラルーシ)で攻撃を開始
1944年7月25日:英米軍がノルマンディーを突破
1944年8月1日:ワルシャワでポーランド人の反乱が始まる
1944年8月15日:連合国軍が南フランスに上陸
1944年8月25日:パリの解放
1944年12月16日:バルジの戦い
1945年1月12日:ソ連による冬季攻撃
1945年1月18日:南ポーランドのアウシュビッツ収容所からの6万人近くの囚人による死の行進
1945年1月25日:北ポーランドのシュトゥットホーフ収容所からの5万人近くの囚人による死の行進
1945年1月27日:ソ連軍がアウシュビッツ収容所の複合施設を解放
1945年4月16日:ソ連が最後の攻撃を開始し、ベルリンを包囲
1945年4月29日:米国軍がダッハウ強制収容所を解放
1945年4月30日:アドルフ・ヒトラー自殺
1945年5月7日:ドイツが西側の連合国に降伏
1945年5月9日:ドイツがソ連に降伏

第二次世界大戦:時系列

俯瞰的な視点、とは、、、。