Negativist
マリエは、今日家に帰りたかった。キャンピングカーを借りて、旅に出てから13日目だ。ずっと大雨だった。
太陽を求めて出かけたイタリア方面でも、雨の日が続いた。出しっぱなしにしていた車のサンガードに、雨が溜まったようだ。その重さでサンガードの脚が折れ、又その反動で、サンガードの支柱が折れ曲がってしまった。サンガードの脚は換えが効くが、支柱の交換は無理だ。車に備えられたサンガードシステム、そのものを修理しなければならない。幾ら払えば良いのだろう?考えたくない。
そのアクシデントのあった次の日は、唯一の晴れで、川泳ぎができたのが幸運だった。そして、イタリア方面を去ったその日、そこで大雨警報が出て、70センチの浸水で、キャンピング場が閉鎖したと聞いた。
不幸中の幸いと、言えるだろうか。閉鎖する直前に私たちはそこを去ったのだ。
今回の旅行のためにSUPをわざわざ買ったのだが、次に行った綺麗なローレライアイランドでの水泳も無理だった。アイランドの手前のビーチが浸水で、泥沼化していた。こぎったなくて、水に入る気がしなかった。奥の湖は綺麗だった。だけど、そこまでどうやって行けるというのだ。
夢のような翠湖で、4日間の遊泳。デカブリオの、あの伝説のビーチ並みに、神秘的な場所だ。Valley、谷にかまれた、ひっそりとした森の中にある、翠湖。翡翠の翠と、ターキーな碧。風で波だった小さな水面は、この2つの宝石の輝きを、一層強くする。底が見える。限りなく透明だ。たぶん、わたしの2人分、いや、3人分以上の深さだろう。
これも、大雨で無理。いや、一日だけは泳げた。後の2日間は、Netflixでシリーズを見終えた。唯一の救いは、無料のW-LANがあったことだ。
もう帰ろうよ、マリエは言った。グスタフは、変な言い訳をする。新しいキャンピング場の提案をする。「何処でもいいよ。」マリエは無機質に答える。
新しいキャンピング場に着いた。グスタフとルミはシャワーに行った。マリエは、ひとり残って、ネスプレッソを淹れた。桜模様のついた、TOKYO STYLEのカフェだ。ため息をつく。静かだ。小雨が車体に落ちる音色が聞こえた。大きな木の下に止めたので、葉が傘替りになっている。だから、そんなに大きな音ではない。ゆっくりとしたリズムだ。
カップを手に持って、外に出た。深呼吸する。森を楽しむ。音を楽しむ。幸せだ。雨でも雪でも。自然を楽しむのだ。自然と一体化するのだ。明日が旅の最終日だ。「ママー。カギちょうだい。」帰ってきたルミの声が聞こえた。「閉めてないよー。空いてるよー。」と、マリエは答える。「ママー。開かない。」と、ルミ。ドアが開かなかった。マリエもトライしたが、開かなかった。。。運転席も、助手席も。全てのドアが施条されていた。いつの間にか帰ってきたグスタフの、仁王像のように眉間に皺を寄せた、睨み。マリエは、一生忘れそうにない。
「窓からはいって、鍵取ってくる。」優しいトーンで、マリエは言う。
カフェを淹れる前に、マリエは、3日振りに、全ての窓を開けて、空気の入れ替えをしたのだ。大きなキャンピングカーの横についてる窓は、丁度マリエ分の大きさだ。そこからスルリと入ろうとしたら、窓のすぐ下のテーブルの上にあった鍵に、手が届いた。「ジャジャーン。」マリエは、グスタフに鍵を見せるが、彼は、まだぶつくさ言っている。締め出されたらどうなると思ってんの!!!と。窓空いてなかったら!?眉間に皺を、まだ作っている。不機嫌オーラに、終わりはない。