【『共感覚の魔女』連動企画】 魔術堂さん向け購入特典をどうやって作っているかというと...
みなさんこんにちは、長南です。
ここ最近noteに記事を書けていなかったのですが、実は蜜猫コノミさんの書籍『共感覚の魔女:カラフルな万華鏡を生きる』の企画の仕込みをしておりました。
仕込みの企画というのは、秋葉原のオカルトショップ「魔術堂」さんでの「購入者特典」のペーパーの制作です。
魔術堂さん特設ページはこちらです!
「魔術堂」さんは秋葉原のケーブル屋さん「CompuAce」の一角に展開されたオカルト屋さんですが、「その筋」の書籍も取り扱っていて、限定のペーパーを配布するキャンペーンをたびたび実施されています。今回はその仕組みにまるっと乗って私達も「未公開文書」ペーパーを特典としておつけすることになりました。「未公開文書」というのがUFOやUMAネタっぽくて味わいありますね。
ペーパーの内容としては、書籍に収録できなかった未公開短話の「毒林檎をかじって」(蜜猫コノミさん)と私の書き下ろし評論「あの毒林檎はどこから?」を収録した、A4で4ページのもの(A3の用紙を2つ折りにしたもの)です。「毒林檎」ということで、それにちなんだちょっと特別な「おまけのおまけ」(後述)もペーパーに盛り込んでいます。
メイキング 「未公開文書」特典ペーパー
今回の特典企画、担当さんと著者陣でかなりフリーダムに話して実施が決まったのですが、実際に制作するとなるといろいろ必要なものがあります。今回はペーパーなのですが、魔術堂のお客様にペーパーだけでも満足できるように、またせっかく作るのであれば魔術堂さんの他の企画のペーパーに遜色のないものをつくりたいと勝手に私は考えていました。
また私の場合原稿を書く際に、実際の仕上がりっぷりを(lua)LaTeXでシミュレートして書き進めるという変態なことをやっているので、そこそこの組版を行う環境が手元にあるという事情もあって、組版込みで請け負いました。蜜猫さんの原稿は本体の執筆の過程で作られているわけで、論評と組版を最速で仕上げるミッションです。
組版のレイアウトやデザインもゼロから作り出すような時間はないので、私の秘蔵(?)のレイアウトを少し改造したものを使っています。このレイアウトですが、本当に大切な知人に占星術やタロットの鑑定結果を伝えるときのレポートに使っているものです。現在私は占星術もタロットも鑑定を受け付けていませんので、レアといえばレアなのですが、実は pgfornament パッケージ をページの要所に使っている形なので、それほど特別なものではないかもしれません。フォントについてはNotoフォントを使っています。オープンソースの資源でクオリティの高い文書を作ることができるというのはホントに幸せなことだと思います。
ある日の作業環境デスクトップ
ということで、どのような環境で執筆をしていたかということをお知らせするために、執筆中のデスクトップのスクリーンショットを掲載します(コンテンツにかかわるところを画像処理しています)。
作業環境は Ubutnu 24.04.1 LTS のデスクトップ環境で 4Kモニタ、luaLaTeXのソースファイルをvimで編集(真ん中のウィンドウ)しながらPDFファイルに整形(左上のウィンドウ)し、出力をevinceで確認(右側のウィンドウ)する形です。執筆に関して調べものをするのは右下のChromeというわけです。そう、私の環境は「毎日Linuxデスクトップ環境元年」なのです!
読者のみなさんの呆れた顔が目にうかぶようですが、他の原稿も大体似たような感じで書いています。なお、完成形でどんな形になるのかを気にしていると書きましたが、このときは仮の文章として、日本国憲法の前文をプレースホルダーとして準備して、それを置き換えていくということをやっていました。ちなみにこの時点では論評文のタイトルが決まっていなかったので、雑な仮の題名になっています(笑)
さらなるおまけコンテンツをつくる
今回は「毒林檎」ということで、旧約聖書の創世記にも触れるので、いわいる「ソロモンの金星4」の護符をおまけにつけようということになったのですが、ここで問題があります。
ソロモンの護符というと、メイザースの「ソロモンの大いなる鍵」やそれよりも古い資料を参照したりするのですが、見てみると現代の私達の鑑賞にはとても耐えられない品質だったりします。当時は銅版画しかなかったので仕方がないところがありますが、アニメやゲームで均整の取れた美しい魔法円に慣れている読者の皆様におまけとしてつけるためには、とてもじゃないけどお話になりません。
具体的に見てみたいと思うのですが、アマデルの Clavicules du Roi Salomon ではこんな感じの図版が掲載されています。
現在多く流通しているメイザースのもの(後述)に比べて表現要素が複数(ラテン語、ヘブライ文字、絵、図形)あり雑多な印象を受けます。作図はそれなりにがんばっているんだけど、やはり歪みがあったり均整がとれていなかったりします(中央の十字の部分はちょっと直線の描画が雑です)。円形部分のモットーが書いてある部分はラテン語で創世記の引用がされています。が、フォントというかカリグラフィーの品質が微妙なのと、11時~12時の部分が空いているのが気になります。
メイザースの The Key of Solomon the King ではこんな感じです。「PLATEX」とあって、「すわ、pLaTeXか?」と一瞬思いましたが(職業病)、そんなことはなくて、10番目のプレート(銅板)ということです。メイザースはデザイン要素を徹底的にヘブライ語に寄せ、外周部分12時のシンボルをダビデの星に、創世記の引用もニクダー付きのヘブライ語、斜め四方にテトラグラマトン(神聖四文字)を配置して全体の統一感が増えたのですが、中央の9分割しているエリアの均整がとれていなかったり、ダビデの星が右に傾いていたり、四角形部分の太さがまちまちだったり、ヘブライ語の創世記の引用がつぶれてしまって解像度不足で解読困難な上に、12時~2時半部分が空いていたりします。
ということで、せっかくなので「金星4」を清書しようということになったのですが、大きな力になったのは、Inkscapeです。普通ならAdobe Illustratorというところなのですが、1年に1回使うかどうかという状況でAdobeのライセンスを購入するのは経済的ではないし、なによりInkscapeが非常によくできていて実用的に使える上にUbuntu環境ならaptコマンドですぐにインストールできるのも魅力です。
実際の制作では蜜猫コノミさんが黒猫魔術店で使っているもの(メイザースのものをきれいにしたもの)を下書きに使わさせていただきました。現代のオカルティストはドローソフトを使いこなして護符を清書するスキルが求められているわけですね。
ヘブライ語どーする問題
図形がどうにかなったとして、次に問題になるのが、ヘブライ語です。メイザースの護符では文字要素はすべてヘブライ語なので、いい感じに(古臭いけど品質良く)記述する必要があります。
コンピュータの世界では1991年から Unicode という文字規格が整備・普及していて、現在一般的に使われているコンピュータでは特になにもしなくてもヘブライ語を表現できる状態になっています。また、ヘブライ語やアラビア語のように右から左に書く言語のサポートも進んでいます。
文字規格は問題ないわけですが、問題になるのはフォントです。ヘブライ語は口語では西暦200年ごろに滅亡して典礼言語として残っていたところ、19世紀後半にユダヤ人の努力の成果として「現代ヘブライ語」として復活した経緯があるのですが、護符に使うフォントは「聖書ヘブライ語」にふさわしい古典的なスタイルのものを使用したいところです。
そんな用途にピッタリなのが、CulmusプロジェクトのTaamey Ashkenazフォントです。ドイツの聖書学者キッテルが編纂した、学術的に権威あるヘブライ語聖書「ビブリア・ヘブライカ」で使われた活字をもとにつくられたものです。
旧約聖書で最古の資料は「死海文書」、最新で権威ある資料は「ビブリア・ヘブライカ」(キッテル以降もこの流れを受け継いて校訂が進められています)というのは覚えておきたいところですね。
ヘブライ語聖書のテキストは、なんと英語(欽定訳)との対訳を掲載している研究サイトがあり、創世記2 のページを使わせていただきました。
これを見比べると、メイザースの護符の創世記引用部分はこんな感じにかかれていたことが分かります。
この部分のテキストですが、引用のやりかたが非常にうまく、引用された部分を新共同訳聖書のテキストで見てみると(太字部分が引用箇所)、こんな感じになります。
この部分は「男から女が作られた」という部分が女性蔑視であると指摘されていたり、「男性の肋骨から女性が作られた」と読めることから「女性の肋骨は男性よりも一対少ない」とする誤った俗説が長い間広まっていた部分なのですが、女性蔑視的な(かつ解剖学的に誤解を招きうる)ところと、家父長制度を匂わせるところを華麗にスルーしているわけです。「金星4」護符のモットーとしては非常にうまいやり方だと思います。
そんなこんなで清書した護符はこんな感じなのですが、全貌は魔術堂さんの購入者特典でチェックしてみてください。
現代のオカルティストには高度なITスキルが求められる…のかも
ということで、魔術堂さんの購入者特典を制作する裏でこんな活動をしていたということを書いてみたのですが、こういった「オカ活」をするのは非常に難しい部分がある反面、知的好奇心をとても揺さぶるものです。都市伝説や陰謀論を追っかけてキャッキャするのも趣味の範疇であれば悪くないのですが、こういった探求をしてみるのはいかがでしょうか?
ソロモンの護符は膨大にあり、ドローソフト(InkscapeやIllustrator)の練習にぴったりなので、機会があれば取り組んでみるのもよいと思います。
ということで、絶賛発売中の『共感覚の魔女:カラフルな万華鏡を生きる』よろしくお願いします!