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#94 細胞膜の構造。Part1:極性から始める自己組織化の話。

毎日夜19:30に更新中!腸内細菌相談室。
現役の研究者である鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠

今回のエピソードは、腸内環境を理解するために必要な基礎知識シリーズとして、細胞膜の構造についてお話します。細胞膜は、細胞の内界と外界を区別するために重要な膜として、あるいは他の細胞を認識したりされたりするのに必要な分子が存在する基礎として重要な構造です。現在では、生物の原始的な姿はコアセルベートと呼ばれる膜構造であるという仮説が提案されており、生き物にとって非常に重要な構成要素なのが細胞膜です。では、皆さんは、細胞膜とは何か問われたときに説明することは出来ますか?

基礎的だけど奥が深い、細胞膜の世界へとご案内しましょう!今回のお話のキーワードは、極性と自己組織化です!

このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!

細胞膜を理解するには分子の極性から

水分子の角度

細胞膜の正体を理解するためには、分子の極性について理解する必要があります。

そのために、まずは細胞が置かれている状況について考えるところからはじめましょう。細胞は、水の中に浮かんでいます。どういうことかと言うと、環境にしろ培地にしろ我々の体にしろ、そこは水が主体となった溶媒の環境です。ですから、細胞は水に浮かんでいると考えられます。

水を分子レベルで眺めてみると、酸素原子に対して水素原子が2つくっついた構造を取っており、分子式ではH2Oとなります。言い換えると、水素ー酸素ー水素の順に原子が結合しています。高校化学で習った方もいると思いますが、1つ目の水素と酸素、続いて酸素から2つ目の水素の成す結合の成す角度は104.5°であることが知られています。つまり、水素ー酸素ー水素という分子ですが、それは団子のように直線的な構造ではなく、角度をもっているのです。この、分子に角度がついている、というのが重要になります。

水素と酸素の電気陰性度

分子の角度以外に重要なのが、電気陰性度です。電気陰性度とは、分子内の原子が電子を引き寄せる強さの指標であり、ライナス・ポーリング博士が整理したポーリングの電気陰性度が有名です。電気陰性度は指標なので、ポーリングの電気陰性度の他にも、マリケンの電気陰性度や、オールレッド・ロコウの電気陰性度が知られています。何はともあれ、電気陰性度が高いと電子を引き寄せやすい、と考えましょう。

では、先程の水分子のお話に戻ります。水分子を構成するのは水素と酸素ですが、これらの元素の電気陰性度について考えてみます。電気陰性度の厳密な値ではなく、酸素と水素の相対的な関係についておさえておけばOKです。関係とは、酸素の電気陰性度が水素の電気陰性度より大きいということです。

酸素と水素の結合の正体は、共有結合、つまり電子2つが1対として原子間で共有されている共有電子対を媒とした結合です。共有電子対の正体は電子なので、電気陰性度の高い酸素の方に近寄ります。結果として、分子全体では電気的に中性ですが、局所的には酸素の周辺に電子が集まり、水素の周辺には電子が少ないという状況になるのです。

酸素と水素の間に共有されている電子が酸素に偏ることで、電荷の偏りが生じる。頭の中でイメージが出来ましたでしょうか?

水分子の極性

ここまでに、水分子の角度と、酸素および水素の電気陰性度についてお話をしてきました。まとめると、水分子は角度をもった折れ線状の分子であり、水分子は局所的に電子の偏りがあるということです。

これによって、酸素の周辺がマイナスの電荷、水素の周辺がプラスの電荷を帯びることになります。このように、偏った空間的分布をとる電子を局在電子と呼びますが、局在電子によって水分子はマイナスの部分とプラスの部分が存在することになるのです。1つの分子に存在する電荷が局在化する=偏る性質を極性と呼びます

では、相反する電荷の間には何が生じるのでしょうか。それは、クーロン力と呼ばれる静電気的な力です。クーロン力とは、電荷の間に生じる引力または斥力を指します。これにより、ある水分子の水素=正電荷(δ+)と別の水分子の酸素=負電荷(δ−)はクーロン力により引かれ合います。つまり、極性のある水分子の間には引力が生じているのです。

この、ある水分子の水素と別の水分子の酸素がクーロン力により引き合う結合を、特別に水素結合と呼びます。水素結合は、酸素と水素が結合したヒドロキシル基と呼ばれる分子の部品=官能基を持てば形成されます。2本のDNAをつなぎとめているのも、この水素結合にほかなりません。

ここまでのお話を整理すると、①水分子には極性があり、②極性があることで水分子同士がクーロン力により引かれ合う、ということです。この極性が、細胞膜が形作られる鍵に成ります。

極性による自己組織化

極性は、いずれの分子にも定義することができます。分子内に電子の偏りがあれば、あるいは無いことが、分子間のクーロン相互作用を決定づけることに繋がります。極性は、分子のアイデンティティです。

水と油が混じり合わない理由も極性によって説明出来ます。

油の多くは、炭化水素の鎖が主成分ですが、炭化水素を構成するのは炭素と水素であり、両者の間にはそれほど大きな電気陰性度の差がないので、極性が小さい、あるいは無いという性質を示します。

例えば、水の中に油を一滴垂らしたことを想像して下さい。油を一滴垂らすことによって、分子の世界では何が起こっているのでしょうか。

油を垂らされた側の水は、水同士で水素結合を形成し=極性があり、お互いに引き合う性質があります。一方、油には極性が無いか小さいので、仮に一瞬でも水分子の中に入り込めたとしても、油が侵入した領域には水分子がいたほうが水素結合を互いに多く形成できるので、水分子が入り込むほうがエネルギー的に低い=安定な状態となります。油は油で、水に弾かれてしまうことで自分たちで集まるように動きます。

結果として、水と油が混じり合わないのです。極性が似ているものは、混じり合い易く、似ていないものは分離しやすいということになります。

これによって、分子の特殊な構造が生まれることがあります。リポソームです。リポソームとは、リン脂質分子が自己組織化によって作る構造です。

自己組織化とは、材料を溶液中に入れておくと勝手に構造物ができあがるという現象です。この現象の根幹にも、極性による分子間の親和性の違いなどによる、安定構造の形成が関わっています。水に油を入れると、油で寄り集まるように、リポソームは自己組織化により球体上から層状まで様々な構造をとります

2022/11/25 追記)
追記:リポソームは自己組織化により成る球体状の構造物です。

私達の細胞膜も、リン脂質により構成されていることを考えると、リポソームとの共通点が見えてきませんか?次回は、リポソームから細胞膜までのお話をしていきます。

私達に身近な化学

今回のエピソードは、細胞膜に関する基礎知識についてお話することが目的でしたが、水と油、リン脂質と身近なものが沢山登場しました。生物学を掘り下げていくと、そこには化学の範疇となる分野のお話が繰り広げられています。

今回の極性のお話は、洗剤の化学や食品化学に至るまで、色々なところに応用して考えることが出来ます。是非、細胞膜から一歩飛び出して、極性で世界を眺めてみて下さい!きっと、化学により合理的に説明できる現象が潜んでいます。

次回は、リポソームから細胞膜までのお話をします!お楽しみに!

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