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退職手当支給制限処分(令和6年6月27日最高裁第一小法廷判決)

今年も退職手当支給制限処分に関する最高裁の判例が出ました。令和5年6月27日と2年続けて出ていますので、争いが多く、悩むところではないかとも考えます。最高裁のWEBからもみれますので、要チェックです。

事案の概要
被上告人は、平成3年4月に上告人(X市)の職員に採用され、平成29年4月以降、総務部a課長の職にあった者である。被上告人には、本件懲戒免職処分を除き、懲戒処分歴はない。
 被上告人は、平成30年8月7日午後5時頃から午後10時30分頃まで、自宅からの転居を予定していたマンション(以下「本件マンション」という。)の一室において同僚らを招いて飲食し、ビール及び酎ハイ各1本並びに発泡酒5本程度(いずれも350mL )を飲んだ。 被上告人は、同日午後11時頃、約5㎞離れた自宅に帰るため、借り受けていた自動車( 以下「本件自動車」という。)に乗ってその運転を開始したところ、本件マンションの立体駐車場(以下「本件駐車場」という。)内において、本件自動車の前部を駐車中の他の自動車(以下「被害自動車」という。)の前部に接触させてそのフロントバンパーを脱落させる事故(以下「第1事故」という。)を起こした。被上告人は、第1事故につき直ちに本件マンションの管理人や上司等の関係者に連絡することなく本件自動車の運転を続けたところ、 さらに、本件自動車を道路の縁石に接触させ、縁石に設置された反射板をはがして本件自動車にオイル漏れを生じさせる事故(以下「第2事故」といい、第1事故と併せて「本件各事故」という。)を起こしたが、そのまま本件自動車を運転して帰宅した。
 被上告人は、翌8日朝、本件マンションに赴き、管理人に第1事故を起こした旨を伝えるなどした後、警察に通報した。被上告人は、臨場した警察官に対し、当初、同日の朝に第1事故を起こした旨の虚偽の説明をしたが、警察官から前夜の事故ではないかと指摘を受け、その旨を認めた。また、被上告人は、上司に電話して第1事故を起こしたこと等につ いて報告し、後日、本件各事故に係る物的損害について被害弁償を行った

原審の判断(最高裁は是認することができないと判断)


 本件非違行為の態様等からすれば、一般の退職手当が相応に減額されることはやむを得ないものとして、その合理性を認めることができるが、本件非違行為によって生じた事故はいずれも物損事故にとどまること、被上告人は、第1事故の直後ではないものの関係者に連絡 し、その後被害弁償等も行っていること、本件非違行為が私生活上のものであること、被上告人が長期にわたって懲戒処分歴なく勤続し、総務部a課長として上告人の重要施策に貢献したことなども勘案し、従前における公務貢献の程度と本件非違行為の内容及び程度等を比較衡量すると、本件非違行為は、一般の退職手当を全額支給しないことが相当といえるほどに重大なものであるとまでいうことはできず、本件全部支給制限処分は、社会通念上著しく 妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして違法である。

最高裁の判断


⑴ 本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである(最高裁令和4年(行ヒ)第274号同5年6月27日第三小法廷判決・民集77巻5号1049頁参照)。

 ⑵ 前記事実関係等によれば、被上告人は、長時間にわたり相当量の飲酒をした直後、帰宅するために本件自動車を運転したものであって、2回の事故を起こしていることからも、上記の運転は、重大な危険を伴うものであったということができる。そして、被上告人は、本件自動車の運転を開始した直後に本件駐車場内で第1事故を起こしたにもかかわらず、何らの措置を講ずることもなく運転を続け、さらに、第2事故を起こしながら、そのまま本件自動車を運転して帰宅したというのであるから、本件非違行為の態様は悪質であって、物的損害が生ずるにとどまったことを考慮しても、非違の程度は重いといわざるを得ない。

 また、被上告人は、本件非違行為の翌朝、臨場した警察官に対し、当初、第1事故の発生日時について虚偽の説明をしていたものであり、このような非違後の言動も、不誠実なものというべきである。
 さらに、被上告人は、本件非違行為の当時、管理職である課長の職にあったものであり、本件非違行為は、職務上行われたものではないとしても、上告人の公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、上告人の公務に対する住民の信頼を大きく損なうものであることが明らかである。

 これらの事情に照らせば、本件各事故につき被害弁償が行われていることや、被上告人が27年余りにわたり懲戒処分歴なく勤続し、上告人の施策に貢献してきたこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る市長の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。
 ⑶ 以上によれば、本件全部支給制限処分が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものであるとした原審の判断には、退職手当支給制限処分に係る退職手当管理機関の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

裁判官 岡正晶の反対意見
1 私は、本件全部支給制限処分が、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできないとして、原判決中上告人敗訴部分を破棄するとの多数意見には賛同することができない。
 2 本件規定に係る一般の退職手当は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消するに足りる事情があったと評価することができる場合に、一般の退職手当の全部を支給しないこととする処分を行うことができる旨を規定したものと解される(前掲最高裁令和5年6月27日第三小法廷判決参照)。
 3 そうすると、一般の退職手当の全部を支給しないこととする処分を行う場合には、懲戒免職処分の場合とは異なり、一般の退職手当に給与の後払的な性格や生活保障的な性格があることに着目し、この観点から、当該非違行為の内容及び程度等につき、当該退職者の勤続の功を完全に抹消するに足りる事情があったとまで評価することができるか否かにつき、慎重に検討を行うことが必要である。

 もとより、地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法15条2項地方公務員法30条)、また、その職の信用を傷つけたり、地方公務員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(同法33条)など、地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性が重視されることは当然であるが、地方公務員も勤労者であり生活者であることも軽視されるべきではない。

4 まず、一般の退職手当に給与の後払的な性格や生活保障的な性格があることに着目し、この観点から、被上告人の過去の勤続の功をみると、被上告人は平成3年4月1日以降本件懲戒免職処分時まで27年余りの長期にわたって上告人に勤続し、同処分以前には懲戒処分歴はなく、平成29年4月1日以降は総務部a課長という管理職を務めていた。同処分時点で退職した場合の一般の退職手当の金額は1620万4488円であった。被上告人のこの過去の実績ないし功績は相応のものであって重視されるべきものと考えられる。
 次に、本件非違行為は、多数意見の4⑵記載のとおり、その根絶が社会全体の課題とされて久しい飲酒運転を行ったものであり、これ自体到底許されることではない。態様は悪質であって非違の程度も重いと評価でき、翌朝の対応も不誠実であり、被上告人が管理職である課長の職にあったことから、上告人の公務の遂行に相応の支障を及ぼし、上告人の公務に対する住民の信頼を大きく損なったと認められる。これらの事情は、勤続報償の対象となるだけの公務への貢献を行わなかったものと評価することができるものであり、一般の退職手当が勤続報償的な性格を中心とするものであることに着目すると、退職手当管理機関である市長は、一般の退職手当のうち相当な額を支給しないものとすることができると考えられる。したがって、一般の退職手当が相応に減額されることはやむを得ないものとして、その合理性を認めることができるとした原審の説示は、是認することができる。 
 しかし、前記のとおり、本件では、被上告人の過去の実績ないし功績の度合いは、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえると相応のものであって重視されるべきものと考えられるので、これを完全に抹消するに足りる事情があるか否かの検討は丁寧に行わなければならない。
 この観点から、本件非違行為の内容及び程度等をみると、上記の事情はあるものの、職務中の行為であるとか、職務に関連又は関係した行為ではない。非違行為の結果も幸いにして静止物との軽微な物損事故にとどまっている。また、これらのこともあってか、上告人の公務の遂行に及ぼした支障が重大であったとまではうかがわれず、上告人の公務に対する住民の信頼ないし信用を具体的かつ現実的に害したとまでもうかがわれない。これらの事情に照らすと、本件非違行為をもって、被上告人の前記の過去の実績ないし功績を完全に抹消するに足りる事情があったとまで評価することは、酷に過ぎると考えられる。
 なお、被上告人の本件非違行為の翌朝の行動は、不誠実であって非難されるべきであり、今後の活動に信を置けないとして公務の執行から排除する事情の一つとしては考慮され得るものであるが、前記の判断を左右するほどのものではない。また、被上告人は、本件非違行為により本件懲戒免職処分という重い制裁を受けて、公務員としての職と収入を絶たれたという事情もある。

 5 以上の諸事情を総合的に勘案すれば、本件全部支給制限処分は、処分の選択が重きに失するものとして、社会観念上著しく妥当を欠き、本件規定が退職手当管理機関に認めた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして違法であるとした原審の判断に違法があるとは考え難い。

個人的な感想

 飲酒運転を起因とした懲戒免職事案で退職手当支給制限処分が争われる事案はしばしば目にします。本件では、物損事故で被害弁償も済んでいるという事実、懲戒処分歴なく長年市政に貢献してきたという事案で原審では処分が違法と判断されました。
 しかし、最高裁では、飲酒運転による2回の物損事故の発生という点、飲酒量や事故発生後の対応(何の措置なく運転を続けて帰宅)の点から、非違行為が重大であると判断されています。
 このような飲酒運転による支給制限処分の事案では、非違行為及びその前後の行為を丁寧に分析し、処分の適法性を慎重に判断していく必要がありそうです。

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