3度目の初恋で詰んだ。第9話"願い 彼の場合"
彼女からクリスマスの返事があった時は、自分でも引くほど冷静だった。恋する男子はこんな時、ヒャッホーと飛び上がって喜んでみせるもんじゃないのか。また僕は自分の熱量を疑う。これは恋と言えるのか。僕は彼女をどうしたいのか。彼女から返事が来ないと心配になる、もう会えないんじゃないかと、会う時はいつも別れ際に同じことを思ってしまう。いつまでも続かないことはなんとなくわかっている。いつまでも続くとしたら、いつまでも続くことを僕が願えばそれが恋なのか。とにかく彼女と一緒に過ごす時間が心地よく、それを僕なりの好意だと変換しながらここまできた。あの日言った好きです。僕はまだ違和感を抱いたままだった。うまく表現できそうもないことを言葉にすること自体、土台無理な話だ。僕は約束の店に早く着き過ぎて、寄せては返す波のように繰り返し余計な感情を巡らせていた。いやしかし今宵はクリスマス。恋人たちは折り重なり、互いに求め合う。中には衝突する面々もあろうが、それは互いの距離が否応なく近づく日だから致し方ない。普段通りではない非日常の中で距離を詰めるものもあれば、激しくぶつかってしまうこともそりゃあるだろう。今日、僕は彼女とどうかなるのだろうか。いずれにしても僕がもっとはっきりしなければならない。
「こんばんは。」
季節に似つかわしくないさくらんぼのような声で思考の膜がパンと弾けた。窓の外を眺める限り雪は降っていないようだが、彼女の赤らめた鼻先を見ればいかに寒いかがわかる。僕はちょっと遅れて立ち上がり彼女の椅子を引く。
「どうぞ、お待ちしておりました。」
「え、あ、はい。」
慣れないお店に慣れない振る舞い。纏う空気ごと僕はカチコチしていた。彼女も僕の意外な振る舞いに余計に緊張した面持ちだった。接客ロボットみたいな僕が彼女の椅子を引いて彼女を座るように促す。外の寒気さに混じっていたふんわりとした彼女の香りが僕をほぐしてくれた。
「ちょ、なんか、頑張ってない?笑」
「あ。はい、いや、、、クリスマスのせいでしょうねw。」
「大丈夫、とても、いい感じ、ですよ。」
「片言やん笑。」
前屈みで僕の表情を少し斜め下から覗き込み、そう言って無邪気に微笑んでみせる。少し赤くなった彼女の顔とキラキラした瞳に僕の心は灯され蕩けていく。彼女がくる前になんか色々考えてたけどもう何にも無くなった。僕も席に戻ると彼女は瞳をテーブルの上、右左右とキョロキョロと泳がせている。
「今日はコース料理なんですよ。」
「あ、やっぱり。」
「コース料理なんて頼んだことないけど、どうなんでしょうね?」
「私も初めて。でも、、なんか、考えなくていいから、楽だよね。」
「ま、そこが楽しいし、そこが楽しくない、ってとこでしょうね。」
「え?」
「選べる幸せ。選べない不幸せ。」
「え、もう酔ってる?」
「なんでやねん笑。寒かったでしょ?雪降ってないよね?」
「うん。ゆーきやこんこんって歌う準備できてたんだけどね。」
「そこはジングルベルじゃない?クリスマスだし。」
「む、そ、それはごもっとも。恥ずかしい。」
僕らはまだ少しお店の雰囲気に合わせて、ぎこちなく小さな声でくすくす笑う。
「ありがとう、今日。きてくれて。」
「うううん。ごめんね、返事遅くなって。」
クリスマスや慣れない店のせいもあってか、いつもはほぼ現れない緊張感が漂う。僕がこんな時間の過ごし方をしているなんて、少し前なら想像もつかない。彼女の存在に感謝したい。だけど、いつまでも甘えていていいのだろうか、いいはずがない。僕が引っ張らなければならない。僕はどうしたいのだろう。わからないまま僕は走っていた。どうすればいい。彼女は何を願うのだろうか。本当はもっと考えなければならない、僕が行動に移さなければならない、彼女とのこれからを僕らのため彼女のためにも話し合わなければならない。いつまでも続けていいわけがないとわかっていながらもいつも、楽しそうに過ごす彼女が僕のアレコレを吹き飛ばす。
「安心して。残念ながら、お姉ちゃんクリスマスの予定ないみたい。がっくり。」
「え、あ、それは、、、良かった。あ、いや、よかないか、ごめんなさい。」
「大丈夫。多分聞こえてないよ。それに、お姉ちゃんがいけないんだよ。やる気ないから。」
「そう。思いは実現する。願わない限りは実現しない。」
「どしたの今日笑。まだ緊張してる笑?」
「はつみさんは、サンタさんに何を願うの?」
ちょっといつもとは違う空気感だけど、僕はどうかしているわけではない。こんな夜があったって構わない。僕は変わりたかった。僕たちを変えなければならない、そういう感情に駆られていた。だからと言って、サラッとはつみさんにとっては酷な質問をしてしまった自分に後髪を掴まれたが、僕はグッと堪えて彼女からの言葉を待つ。
「うーん。サンタさんに願うとしたら、、、考えたことないな、、」
彼女が首を傾げていると、赤白のサンタさんとは真逆の格好をしたちょこっと生やした顎髭がダンディな店員さんが音も立てずにシュッと現れた。
「いらっしゃいませ。聖夜の夜に、当店をお選びいただきありがとうございます。お時間の許します限り、素敵な夜をお過ごしください。お飲み物はいかがいたしましょうか?」
そう言うとどこに忍ばせていたのか、手のひらを少し越えるくらいのカードを差し出して見せる。しまった。お酒のことはよくわからない。彼女は少し身を乗り出し、カードに書かれているメニューを眺めた後で(どうします?)と僕をみる。僕のえーっと、という声は顔に出ていたことだろう。
「今日のお料理に合いますのは、こちらのシャンパンがお勧めです。口あたりも良く、やや甘口でふわりとした香りが花を添えることでしょう。色もイエローゴールドで今夜にはピッタリです。」
僕らは顔を合わせてにこりと合図する。そんな僕らを微笑ましく眺めている店員さんからは大人の魅力がダダ漏れで、今更ながらお店に似つかわしくない子供っぽい自分が際立ってしまい脇から変な汗が染み出てきた。
「それでは、こちらをご用意させていただきますね。メリークリスマス♪」
そういうとまた音も立てずに去っていた。彼はいつからこうなのだろうか。僕の会社には居ないタイプの人だ。そういえばここ数年、身近には憧れる先輩っていなかったなとふと思い返したりした。浮かんだのは鎌倉部長くらいで実に残念だ。自分の将来が見えない、と嘆く同僚がいるけれどそんなことはない。その会社にいる限りは自分の上司や上の人間を見ればいい。真っ当に勤め上げていけば自分もいずれは似たような椅子に座ることになる。あの人のようになりたい、身近にそういう存在があれることはとても有り難く幸せなことだ。
「ダンディだね。お姉さんにどうかな?」
「もうちょっと明らかな欠陥がないと無理。整いすぎているものはなんかで一気に崩れそうで怖い、とか言いそう。」
「あ、お姉さんがね笑。はつみさんがかと思った。」
「うん、私の話をしよう。今日はお姉ちゃんじゃないし。」
「あ、ごめん。」
「なんてね。シャンパンとか超楽しみ!万が一、ぶっ倒れたらよろしくね。」
「任せとけ。おぶってる時に雪が降ってきたらいい感じ。なんかのドラマみたい。」
「ときどき誰なのそのロマンチストは笑」
少し緊張もほぐれてきたところに合わせて店員さんはお勧めのシャンパンを片手に戻ってきた。どこかに彼の欠陥はないだろうかと下から上へと観察してみる。うーむいいやしかし、こんな素敵な彼でも中身は何にも見えないからな。大事なのは中身だ。
「お待たせいたしました。良ければこちらで開けていただけますか?」
「僕が、ですか?」
「はい。」
そういうと、フック船長の部下が持っていたような気がするナイフを腰から取り出して柄を僕に差し出した。クルクルして開けるものだと思っていたわけで随分と勝手が違う。そもそもそれでどうやって開けるのか理屈がわかんない。
「シャンパンを肩にこう持って、ナイフを瓶に沿って、ワン、ツー、スリーで振り抜いてください。」
ダンディな彼は身振り手振りで示してくれる。なんでもない夜でなんでもない人とならこんな展開にはならない。人生は誰と一緒に過ごすかでそれはもう随分と変わるもの。やったことないからと言っておどおどしたって始まらないしかっこもつかない。僕は腹を据えて立ち上がる。
「うし、、、」
「ファイト。」
そういう彼女にふと目を配ると、大丈夫かな?という心配そうでもあり好奇心にも溢れた輝きが見て取れた。好きな女の子にかっこいいところを見せようとする小学生のような自分が可愛い。そんな僕にやり方を教えるフリして店員さんがボソボソと彼女には聞こえないように耳打ちする。
「大丈夫です。コルクで抜く方が難しいくらいです。恐る恐るやるとポロッと取れてカッコつきません。スッと振り抜いて、パーンと決めて、彼女の方を見て メリークリスマス です!」
近づくといい匂いがするなこんちくしょう。ウインクしながら僕の背中を押す彼を、ひょっとして少しめんどくさい人なのかもと僕なりの彼の欠点を見つけたところで、僕はシャンパンの瓶を肩に乗せ右上に向けて構える。言われた通り、ワン、ツー、スリーでナイフを振り抜く。拍子抜けするくらい簡単に瓶の首はすっ飛んでった。彼女からは「おーーー‼︎」と歓声が上がり、パチパチと可愛い拍手が飛んできた。なるほどこりゃ確かにいい気分だ。僕も思わず口元が大いに緩んだ。店員さんに目をやるとわざとらしくにっこりとした口元とは対照的に、笑っていない目で僕に合図する。僕は遅れてハッとした。
「メリークリスマス。」
ぎこちなくカッコつけた顔で僕は言う。受け止めてくれるピンクの笑顔に僕はホッとする。大きくて分厚い拍手が後から混じった。照れ臭かったけど、クリスマスらしい君との思い出が映像として増えたことを単純に嬉しく思う。シュワシュワ〜と音を立てるグラスに耳を近づける君が可愛らしかった。続けてグラスも持ち上げては僕の方に翳してみせた。
「綺麗な色〜。贅沢してるって感じ。すいません。ありがとうございます。」
「何に謝って、誰に感謝したの?」
「世間様に謝って、クリスマスと圭介くんに感謝。」
「よろしい。ほいなら、乾杯しますか。」
「うん。」
ぎこちなくぶつかり合う僕らのグラス。窓の外に目をやると、チラチラと大粒の雪が降り始めた。少しその場所や空気にも慣れてきた僕は店内を軽く見渡す。着飾った彼彼女、僕らのようにおそらくは20代半ばと思われるカップル、グレイのスーツの男性の前には赤いワンピースで一際映えている女性。予約席と書かれた札がある席があと二つ。どの席からも店内の大きなクリスマスツリーがよく見えて、窓の外の夜景にも目を配れるように配置されている。彼らから僕たちはどう映るだろうか。カップル、夫婦、恋人、人と人との組み合わせを表現はさまざまにありはするが、僕たちは先のどれにも該当しない。だって彼女は亡くなっているのだから。僕は怖くてその先へ進めなかった。彼女と楽しく過ごす時間が増える度、自分のズルさや臆病さを感じるようになった。僕たちに未来はあるのだろうか。ただ目の前の今がずっと続けばそれでいい。その矛盾に僕は最初から気づけていたはずなのに。
「私たちってどう見えるのかな?やっぱり恋人でしょうね。うふふ。」
僕は今夜その先へ踏み出そうと決意していた。でも今だに、もう本番中だっていうのにどう踏み込めばいいのかわからない。どう尋ねればいいのかわからない。悲しい思いをさせるのならば、いっそこのままと何度もなぞった。君が好きと言った僕に、ありがとうと悲しげな表情を覗かせた君。振り向きざまの表情が、僕から消えない。そして聞こえてくる僕側からの声。
(何を望むの?)
僕は君と居たい。それは確かだった。そう言えばいい。だけど、その僕を出すことは彼女を苦しめることになるのではないか。彼女と居るときは、彼女のために今を、今が楽しければいい、その気持ちを大事にすることで僕は誠実であろうとした。そんな僕に未来がないことはわかっている。
「なんだか、今日は、緊張するね。」
「あ、ああ、ごめん。お店のセレクト、間違えたかな。僕も正直、そんな感じ。」
「うううん。なんか、新鮮というか、カフェや公園なら感じない何かをこういうお店だと感じ取って、体や心は緊張してるのかな。圭介くんの緊張が私に伝わるのかな。人って不思議。」
「いや、単純に僕が慣れてないから…」
これまではつみさんと居るとき、いつもお姉さんの話が多かったなと実感していた。はつみさんもいつもは楽しそうに自分のこととお姉さんのことを溜まっていた言葉が次から次へと溢れ出すように喋り続けていた。そんな風に過ごすはつみさんに僕は安心していた。僕はこれからの僕たちの話を避けていたし、ひょっとすると彼女もそうなのかもしれない。最も、避けるというより2人の時間が楽しく柔らかく、あったはずの気持ちや考え、言おうと思って収納していた言葉も忘れてしまうことは僕にとって紛れもない事実だった。
「ごめんね、私が、お姉ちゃんの話しないで、って変なこと言っちゃったから。」
「え?そんなことないよ。」
「いつも通り、何も考えなくていいよ。話したいことを話して、楽しく過ごそうね。」
「う、うん、わかった。シャンパン、大丈夫?」
「あ、うん!すっごい飲みやすいし、いい感じでポーッとする。」
「それって、、大丈夫笑?」
彼女はグラスにあと一口ばかしか少し残っていたシャンパンを飲み干して僕の方にグラスを差し出し、会釈をするようにグラスを傾ける。僕は無理しないでねとシャンパンを注ぐ。シュワシュワとはじける音色が溢れる。
「今夜で、私、最後なんだ。よろしくね。」
パチパチとはじける泡を見つめながら彼女がそう呟く。不思議なもので、僕の心臓はどこかでそれを覚悟していたように僅かに縮み上がる。顔を上げてイエローゴールド越しの彼女を見つめると、少しシャンパンに酔ったようなとろりとした笑顔を見せていた。
「だから、よろしくね。」
「わかった。」
今夜も彼女のために僕なりの誠実であろうと思った。この時間がずっと続けばいいのにな、彼女にもそう思ってもらえるような時間にしたい。僕の胸にある言葉たちのどれを選んでどれを見せていい。きっとはつみさんと僕なら大丈夫。どこか根拠のない自信はあった。人を好きになるということがそれなのかは正直わからないけれど、人を想うということは、自分らしくありながらも、その人のために変われるということなのかもしれない。
「お姉さんには話したの?」
「うーーん。話したような、話してないような。」
「あ、そんな感じ。夢みたいな?」
「うん。まぁ、多分わかってると思う。双子だし。」
「しっかし双子ってすごいよね。一緒に命が始まって、一緒に出てくるんでしょ?」
「うん。まぁ、私は最初、母さんの子宮の中でななみの下にいたの。子宮口が近い方ね。お腹の中にいる時から、それぞれに名前呼んでたんだって。」
「え、あ、そうなんだ。」
「でもね、ああ見えて負けず嫌いだから、お姉ちゃんは。先に出ていっちゃったわけ笑。」
「競争意識あんの?そこに。」
「だから、ななみが姉で、はつみが妹。なな、はちってことでも言えるし、まぁいっかって。」
「ぁあ、そう言われればそうか。」
「実はこの時から人生、入れ替わっちゃってたりして。こないだ、お姉ちゃんが倒れちゃってね。」
「え、、、」
「それで、返事が遅くなっちゃたね。」
「・・・大丈夫、、なの?お姉さん、というか、、。」
「うーん。。大丈夫だけど、やっぱりいつまでも私がこうしているわけにはいかないんだなって思った。」
「そっか。」
「で、ひとつ我ながら疑問があるわけさ。」
人差し指を頬に当てて、うーんと悩ましい顔をする。大人びた外観の彼女が垣間、えたく幼く映った。そんな彼女を愛おしくなぞる。やはり僕はこの気持ちを誤魔化せはしない。僕は君が愛おしい。
「子供の頃、お姉ちゃんが倒れて以来、私の意識も、魂も、器も、居なくなった。だけど、最近になって復活?」
「そのようで。」
「昔はプツプツ途切れ途切れだったんだけど、、大人になったせいか、大人になったのかな?、、ともあれ、最近の自分のことはちゃんと覚えてる。その分、お姉ちゃんにも負担が大きいのかもしれない。」
「それが、、疑問?」
「あ、ごめん、違う。疑問は、あなた。」
「え?」
ギクっとドキッと両方した。僕の曖昧な立ち位置を責められたのかと思った。世間一般的には僕は、はっきりしない男なのだろうなという自問自答はあった。幸い返す言葉を探す間も無く彼女は続けた。
「圭介くんとの時間だけなのよね、今回は。ハンカチ拾った交差点も、2回目のカフェにしたってそう。その後も。圭介くんとの時だけ私が私になれる。」
「え?」
圭介くんの時だけ私は私になれる。普通ならロマンティックで、ある種、愛の告白のような彼女の言葉に僕の身は火照る。無論、その言葉にそのような意図はないけれど、言霊というように、言葉そのものが持つエネルギーがあるのだろうな。
「カフェは3回目でしょ?」
「え、、、あ、、そだね。」
ほんの少しだけテヘッとした顔を見せる。たとえほんのわずかでも、君の表情の変化ひとつひとつが愛おしい。僕は君をどうしたいのだろう。僕のこの気持ちはなんていう名前なのだろうか。まさか、、愛、、これが、愛か?飛び級にも程がある…。
「つまりそれは、僕が運命の相手、、、的な?」
「いやぁ〜、、、お姉ちゃんにも言われたけど、、、、なんていうか、、あんまそんな気もしないんだけどなぁ笑」
「なんだよそれ笑。フラれちゃったな。」
「ごめん、そういうつもりはない。なんていうか、生きてる回数が少ないから、あんまりよくわかんないのかな。」
「うん、なんかわかるよ。僕も、人を、誰かを真剣に好きになったことなんか、、、、でも初めて、君に会ったあの日から、今日まで重ねた君との時間は、特別で、居心地よくて、どんな自分でもないけど、肩の力がスッと抜けて、自分らしく居られる、特別な時間。君は僕の初恋の人なんだと思う。」
「私も、あなたとの時間が特別で、過ごしやすくて、ずっと続けばいいなって。何か言うと、終わっちゃうのかなって怖くてさ。だから、甘えてたのかな。」
「あぁ、ありがとう、言われちゃった笑。僕も同じ気持ちだな。ごめんね。」
カチャカチャと食器の音を奏でながら、柔らかな時が流れている。そう、これが、続くなら。続けていくことができるなら、この想いも変わっていくのかな。僕のこのふわふわした願いもその輪郭を得ていくのかな。
「だから、何を望むというわけでもないの。私には、今しかないから。」
「その今を、僕は誰よりも、受け止めるよ。」
聖夜の奇跡が起きるなら、どうか時を止めてほしい。今という瞬間瞬間は、無情にも過ぎて過去になっていく。ただただ過ぎていく。今夜が最後だという彼女に、僕はあと何ができるのだろうか。
「ねえ、はつみさんは?」
「え?」
「初恋ってあるのかな。子供の頃は、ときどき自分にはなれていたんでしょ?」
「うーん、初恋って胸を張って言える気持ちはないかな。だけど、私も鮮明に覚えてるよ。正門の前で立ち尽くすあなたは、どこか寂しそうに見えてね。え、ちょっと待って。私が初恋の人なの?」
「今、拾うのかよ笑。スルーされたと思ってたのに笑」
「ごめんなんか、油断してたから笑。」
「初恋って言うのか、、いつまでも、あの日の君が消えなくてね。不思議だなぁってずっと思ってて、その気持ちに勝手に名前をつけた感じ。」
「今は?今も、不思議?」
「今は、不思議じゃないよ。なんか、繋がってたんだなぁって思うから。」
「ありがとう。」
「僕は、、」
その先の言葉が(出てきていいの?)と足踏みする。だけど、最後だけどそうでないことを願う僕を、聖なる夜よどうか許してほしい。慣れない手つきのナイフとフォークの手が止まる。
「僕は、、、君と生きていきたい。」
「ありがとう。私も、、、、」
声にできない彼女の思いに胸が苦しくなる。僕に、僕は彼女にあと何をしてやれる?もぐもぐしていた彼女の口はへの字に曲がり、きらりと光る涙が彼女の頬を伝う。泣かせてしまったと思う一方で僕の目頭も熱くなっていた。泣いちゃダメだと言い聞かすほどに、堪えきれなくて溢れだす涙。いいんだ、これでいいんだ。思えば僕たちは鏡のようだった。君が笑えば僕も笑う。君が泣くなら僕も泣く。どうせ後で泣くのなら、今ここで同じくして涙を流したい。
「クリスマスプレゼントがありまーす!受け取ってくれますか?」
「うわぁ〜、下手くそ〜・・・はい。」
彼女の赤らめた目がなくなり、笑顔の拍子にまた一筋の涙。ツリーのイルミネーションに照らされて、一層彼女はキラキラしている。あまりに綺麗すぎて、最後という彼女の台詞が反数してきて切なくなる。僕は忍ばせておいた赤と緑のチェック柄にリボンで縛られた小箱を取り出し、体を伸ばして彼女に差し出す。しばらく彼女は着飾った箱をぼんやりと眺めたのちに、真上から、斜めから、体をくねらせる。
「おー。クリスマスプレゼントだぁ。」
子供のような無邪気な笑顔でそう言った。どんな仕草も、表情も、欠かすことはできないけれど、君のその笑顔のひとつひとつが僕の願いに繋がるそのものだ。
「開けていいのかな?」
「どうぞ」
彼女は小箱をツンツンしながらそう尋ねる。今度はペットのように見えてきて僕は声に出さずに笑う。シュルシュルと着飾った小箱が丁寧に脱がされていく。パカっと蓋が開く音が鳴る。すると君はパチンと蓋をもう一度閉める。またパカっと音が鳴る。
「プレゼントって、何が入ってるのかワクワクする。」
「あのー、なんだろう、パカパカするのやめてもらっていいですか笑」
彼女にとって、プレゼントされることは初めてになるのだろうか。僕は尋ねることを控え、僕なりに精一杯の柔らかい眼差しでもって彼女を見届ける。今を、この瞬間を、ずっと忘れないように。
「ありがとう、、かわいい〜‼︎」
「気に入ってもらえるといいんだけど。」
金色の光を浴びながらネックレスのチェーンが垂れる。誰かを思ってプレゼントを選ぶなんて慣れないことなのだけど、案外、君へのこの贈り物は迷うことなく決まったので驚いた。
「これは、、、月?」
「うん。満月。裏は三日月になってるんだ、わかるかな?」
「ほんとだぁ。素敵〜。」
着飾ることのない彼女の言葉に僕はホッとする。まっすぐな瞳、まっすぐな言葉。
「月は、こちらからの見え方は変わるけど、いつもそこに居る。それに、三日月は願いを叶えてくれる月なんだ。」
プレゼントを選んだ理由を述べる僕に、彼女は静かにレックレスを見つめている。幼な顔残るその表情に、あの日の君が重なる。
「つけていい?」
「もちろん。」
体を少し左へとくねらせて、両手を首後ろに回す彼女。あれ、と両手が胸元に戻ってきた。つけてあげる、と僕は立ち上がる。彼女の後ろに周り、ネックレスを受け取る。彼女の指先。ハンカチを拾ってくれたシーンがフラッシュバックする。彼女の首元に僕の手が触れ、君の温もりを感じて僕の胸が熱くなる。ネックレスの輪っかを繋げて、僕の手元が彼女から離れていく。すると彼女は立ち上がり僕の方へと振り向く。
「どう?」
「おー。めっちゃ似合ってるよ。」
「うふふ。嬉しい。ありがとう。」
一気に彼女の香りが僕の鼻口を突き抜けたかと思えば、彼女は僕に抱きついてきた。遅れて包み込む僕。そして彼女は震え始めた。刹那、僕には嫌な予感が稲妻の如く走り抜ける。
「嬉しい。ありがとう。」
その声と体は震えていた。僕の耳元で、ありがとう、嬉しい。ありがとう、嬉しい。と涙を流しながら繰り返す。
パチパチ。
パチパチパチパチ。
パチパチパチパチパチパチ。
ハッと気がつくと、店員さんから始まった祝福の拍手がお店全体へと広がっていった。僕は照れ臭そうに会釈をしながら、彼女は咄嗟にテーブルのナプキンを手に取り、なおも溢れてくる涙をおさえながら遅れて会釈をする。ふとあのダンディな店員さんと目が合う。親指を立てて僕に差し出す彼の目にも涙が流れていた。なんていい人なんだって思った。スタンディングオベーションや拍手喝采とまでは言わないが、たとえまばらな拍手でもお祝いに包まれた僕たちは今を噛み締める。本当によく似合ってるよ、と彼女を椅子に座らせる。
「私のプレゼント渡しづらくなっちゃった。」
「それで泣いてたの?」
「なわけないじゃん笑」
テーブルクロスに身を隠していた袋から、クリスマスツリーを模した包みが出てきた。僕の小箱についていたのと同じような配色のリボンがあしらわれている。
「よかったら受け取ってください。メリークリスマス♪」
「ありがとう。開けていい?」
「うん。好きな色とかわかんないから、気にいるといいけど。」
包みが破れてしまわないように、丁寧に解いていく。黄色をベースに緑や茶色のラインが入ったチェック柄のマフラーだった。
「ほら、圭介くんといえば黄色。イチョウかなって!」
「ふかふかする〜。触ったらわかる、これええやつやん。ありがとう、マフラーとか持ってないし、嬉しいよ。」
「ねえ、巻いてみて。あ、巻きましょうか?」
「いや、巻けますよ笑。」
そうは言ったもののマフラーの巻き方など知らない。僕はマフラーを首にかけて、右に左に回してみせる。帰ったら「マフラー 巻き方」で検索だな。
「ぉぉお、こりゃあったけ〜。」
「でしょ!大切に使ってね。で、飽きたら捨ててね!何事も潔くね。」
「捨てないよ笑。」
自分は存在しなくなるから遠慮しないで捨ててね、と言っているようにも思えたが今は素知らぬふりをした。真新しいマフラーの香りに混じって、彼女の残り香が僕を慰める。
「とってもお似合いですよ。」
そういって店員さんは最後のデザートを運んできた。赤に黄色に緑にクリスマスを思わせる色鮮やかな着飾ったデザートに僕はどこから手をつけていいのやらと上から右から左からそれを見つめる。一方で目の前の女子はキラキラしたそれにただただ興奮しているご様子。
「うひゃ〜♪結構お腹いっぱいだけど、デザートは別腹!さ、食べましょう。」
「うん。」
今宵のディナーの終わりを告げるデザートを食べようとプレゼントされたマフラーに手をやる。マフラーを外すと、彼女の残り香もスルスルと解けていった。