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月の夜に 第1話

ママドーナツのお家は坂の上にありました。
真っ赤な屋根に白樺でできた壁。
朝日が屋根と坂を撫でるように下っていくと、子供たちの元気な声が上がってきます。

スプリングウェストの子供たちはみんなママドーナツが大好き。
ママドーナツのお家で勉強を教えてもらって、おやつを食べて、また明日も元気にやってきます。ママドーナツもそんな子供たちが大好きでした。

ライ

リタ

ケラッツ

ブイ

ウィリ

5人はママドーナツのお家に通う少年少女。今日も我先にと玄関を開けて入ってきました。

「みんなおはよう」

教室の隅にある椅子にママドーナツが座っていました。本を読むのをやめて子供たちに声をかけていきます。小鳥のさえずりのようにさわやかで、オルゴールの音色のようにあたたかい声は今日一日に幸せのとばりをおろしてくれるような気がしてきます。

一番太っちょのブイが席に座ったところで、ママドーナツは立ち上がり、今日の授業が始まりました。海から入る潮風が白いカーテンを揺らします。

「もうすぐ平和祭、そのすぐ後に千夢祭があるわね」
ママドーナツはとてもうれしそうに話します。

「ママドーナツ、平和祭って何のお祭りなの?」
ブイが一番後ろの席から手を挙げて質問しました。

「いい質問ね、だれか知ってる人?」
彼女は子供たちに問い返します。一番頭の良いメガネのウィリに注目が集まりましたが、ウィリは大きく首を振りました。

「うん、じゃあ教えましょう」

――この街はみんなが生まれるちょっと前、今から20年前にとなりの街、オータムイーストと戦争をしました。この戦争で多くの人が死にました。2つの街は二度とこんなことを起こさないように、平和祭でお互いの無事を祈りましょうっていうお祭りよ。街の真ん中に2つの街をつなぐ列車があるでしょう? あれは終戦のときに平和の象徴としてつくられたものなのよ。

「はいはいはい! なんで戦争なんかしたの?」
街一番の元気者、ライが一番前の席で声を張り上げます。

「……お金、土地、名声、人間はね、力が強ければ何でも手に入るの」

「オータムイーストはお金が欲しかったの?」

「……どっちもよ、どっちの街もすべてが欲しかったの」

「それで奪い合いになったの?」

ママドーナツは、一つ大きく息をつくと子供たち一人ひとりの目を見据えました。

「みんな、これだけは覚えておいてね。

力があれば何でも手に入ります。

でも、永遠はありません。

手に入れた物は全部なくなります。いつか、必ず。

私は力で少しの間満足する人は好きじゃありません。

弱くても、優しい人でいてください。

弱くても、ずっとそばにいてくれる人であってください

愛だけは頑張れば、なくなりません。

愛だけは、なくさないでください」


「今日のママドーナツちょっと変だったよなー」
帰り道、お調子者のケラッツが坂を下りながらみんなに話しかけるように独り言を言いました。

「愛ってなんなんだろなー」
ライも話に乗っかります。

「あんたら愛も知らないの!?」
子供たちの紅一点、リタがいつものようにキツい言葉で責め立てます。

「なんだよ、リタは知ってんのか?」

リタはニタリと笑います。

「あんたたちはどうやって生まれてきたのか、知らないのね」

「なんだよそれ!」

「パパとママに聞いてみたら? あははははは~」
リタは坂をすべるように駆け下りていきました。

その夜、彼らの食卓が重い空気に包まれたことは言うまでもありませんでした。

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