韓国での一人旅①
韓国へ、一人で行ってきた。
海外一人旅行は初めての経験で緊張したが、非常に良い経験ができた。
これから先も、何度も思い出す旅ができて、私が今の自分にもたらせる最大の贅沢だったと思う。
時は韓国チュソクの真っ只中、軒並み個人商店は休みとなる。タイミング次第ではご飯処にも困るかもしれないと聞き、韓国料理は新大久保で食べようと逆転の決心から、旅行行程を決める。やることを決めておかないと不安になる為、事細かに一切を調べ、乗る地下鉄の路線やその順番の全てをメモし、そのメモを日本に忘れる。
忘れたのだ。その全てが書いてあるメモを。
ちなみに、2023年1月にも友人とP1Harmonyの単コンを見るべく渡韓した際も、調べた全てが書いてあるメモを私は日本に忘れている。
なぜ、忘れるんだ、なぜ。
無くてもどうにかなってしまったのが、また良くない。
次があったなら、次も絶対、忘れるじゃないか。
羽田空港を深夜に発つ便に乗るため、23時ごろに空港に到着する。
最近、可愛いと思ってみている韓国アイドルが金浦空港から日本に向かって来ているとSNSで知る。私が韓国へ行くのに、可愛い男の子は日本に来るのか。つまらんなあと思いながら、足が到着ロビーに向かう。あわよくば、到着したアイドルを見ようとしている私がそこにはいた。
人の行き交う到着ロビーでただ来るかどうかもわからないアイドルを待ってみる。到着ロビーで人を待つ人々は、その出口から出てくる人に早く会いたくて待っているわけだ。私も雰囲気に呑まれアイドルに早く会いたくなったが、もちろん会えるわけがなく、40分ほど待つと何だか急に馬鹿馬鹿しくなる。
しばしの時間、私と一緒に待ち人を待っていた人の間を縫ってチェックインカウンターへむかう。ごめん、なんか待ってるふりしてたけど、私これから韓国行くんだわ。
この韓国一人旅に向けて、私は事前の練習をしていたことがある。
それは、一人で飛行機に乗る練習だ。練習にはそう言う種類のものもあるのだ。
飛行機に馴染みがなく、私は一人で飛行機に乗ったことがない。不慣れはミスの原因となりうる。そのために、私は韓国行きの3週間前に、一人で大阪まで飛行機で行ってみるチャレンジを敢行していた。
やってみれば、なんてことはない。できる。そりゃできるし、私はおばさんだ。パンケーキとか食べる余裕さえあった。そう私は伊達におばさんじゃないのだ。
なので、韓国行きの飛行機搭乗についても何も問題なかった。すっぴんで、ベンチに横になって寝る余裕さえあった。飛行機の中でも普通に寝た。怖い。練習の成果出過ぎで、怖い。
到着した明け方の始発前の仁川空港では、思っていたよりも沢山の人が、時間を潰していた。何時間前の私と同じように、誰も彼も韓国アイドルを待っているように見える。馬鹿げた思考に囚われている。みんなそんな暇なわけがない。
仁川からソウルまでは各駅停車で一時間ほど、朝ごはんを食べるため電車に乗り車内で大爆睡をして、ふと目覚め何気なしにSNSを覗くと、私が先ほどまでいた空港に推しグループのメンバーが到着したという投稿を発見する。パリに行くらしい。
…やっぱりみんなアイドル待ってたのかよ。
暇だよ、みんな、だってチュソクだもん、休みだもん。今回こそ、私マジで待ってたらよかったんだよ。
で、私が着いたその日から、おもくそ海外行くんだ…ふーーーーーーーーーん。
爆寝起床後、ゲキ情報に完璧に目覚めて、長めの、ふーーーーーーーーーーん。
私は、漢河を目指していた。漢河沿いには沢山の公園がある。広い河川敷にはグラウンドや、ピクニックをしたり自転車に乗れる場所、探せば探すほどさまざまな事ができる。アイドルの誰も彼もが漢河を訪れるのをこの2年何度も見てきた。気になるじゃない。そしてもう一つ、ドラマでよく見る、コンビニの前の机で食べるラーメンだ。あれだって、ずっと気になっている。だから、私は考えた、漢河のコンビニで、朝ごはんのラーメンを食べればいいんじゃないのよ?と。
車窓から眺める韓国はとても晴れており私は、これから迎えるマイファースト漢河でコンビニラーメンへの祝福を感じる。だって晴れている。
到着したヨイドナル駅には人がほとんどいない。土曜の朝のこの時間に人がいる駅ではないのだ。何と無く、隅田川沿いの水天宮前駅の雰囲気を思い出す。少し湿っていて、静かだ。川沿いの公園突っ切り、外に置かれたベンチや机でラーメンを食べる若者を見るとなしに確認し、川に浮かぶようにそこにあるセブンイレブンに入る。
お店の方に、
「アソコデワカイヒトガタベテイルラーメンタベタイネン」
と英語で伝えると、まずラーメンを選ばなければならないと言う。
一面の棚には選べん程に袋ラーメンがあり、その中から私はいくらか辛くなさそうなラーメンを選ぶ、パッケージが白く他のものより優しげだ。
貰った紙の器にラーメンを開け、このボタンをPUSH!とお店の方から言われたボタンを押す。
注がれるお湯、グツグツ煮込まれるラーメン、川の匂い、後ろにあるゴミ箱の匂い、通り過ぎながら見た公園内のゴミ箱も私の背丈より大きく、大変なゴミの量だった、先の若者がはしゃぐ声が聞こえ、木材の床の足元が油で滑る。
ふと日本の普段の私なら、こんな事がしたいタイプではなかったかもしれないなと、思い当たる。
グツグツが終わったラーメンを絶対に転ぶわけにはいかない一心で、滑る床を移動し、はしゃぐ若者から少し距離をあけて、座る。
あらためて見ると、ラーメン、白いパッケージだったけど、真っ赤だ。
器に入れた時点でもう思ってたけど、やっぱ、真っ赤だ、これ。
朝8時から辛いラーメン食べられるかな…最近辛すぎると、耳が聞こえづらくなる事がたまにあり、自分の判断ミスに少しテンションが下がる。
と、その時、一際、若者たちが盛り上がり、彼らの湧く声が、私の他にも何組かそこにいるその周囲に響く。
そんな中で、食べたラーメンは味がしなかった。
私は怖かった。後ろで騒ぐ若者が。言葉を選ばなければ、普通に朝帰りの輩だ。中年おばさん(ダブルミーニング)、気配を消しただ赤いラーメンをかっ込む。
気が気ではなく、鬼の早さで食した為、
多分、辛かったと思うけど、全然味しなかった。
全て、私の気の小ささの勝利である。
ねえ、マイファースト漢河でコンビニラーメンへの祝福どこいった。
その後、公園を散歩していると、韓国の公共放送であるKBSの社屋を発見する。
いつもアイドルが出勤しているあの!!!!と一人興奮し、その横にある韓国の国会議事堂を眺め、その近くにあった国会議事堂前駅でちょうど用を足したくなる。朝からラーメン食べて歩いて用を足したくなるなんて、なんて私は健康的なんだろう。
国会議事堂前駅も土曜の午前の為かその広さの割に人は少ない。
表示に従い、トイレへ進むと中には左手に小便所が並んでいる。韓国のトイレは紙を流せないところがあるとは聞くが、女子便所にも小便所がある…わけがない。
正々堂々の韓国の国会議事堂前で健康的な中年おばさんが男子便所へ大侵入である。
侵入した方である私が「ヒイイ」と小さく声をあげ、女子便所に私が駆け込み用を足した。登場人物、全員私である。びっくりした。
そのまま、国会議事堂前から地下鉄に乗り、明洞の方面を目指す。
明洞大聖堂を拝観し、11時には南山タワーに登り、その後デパートにあるアイドルの手形を見て、どこかで軽食をとり、14時にはアカスリをする。なかなか完璧な予定だ。
カソリック系の幼稚園に通っていた、隣には修道院がある幼稚園だ。
たまの折に入る事ができた教会区域のその建物を子供ながらに美しいと思った事を強く覚えている。
ワックスの染み込んだ床材の軋みや、匂い、庭の至る所に置かれた白い陶器のマリア像、木の十字架の静謐さと温もりを、時折、心から取り出しては眺める程には、思い入れがあった。
先の震災がきっかけで老朽化の進んだ修道院は取り壊され、新しくモダンな十字架のかかった教会に変わった。
とは言っても普段は取り出さない思い出の箱のため、明洞大聖堂を目の前にしても、私はこれから起こる自分の変化を予想していなかった。油断しながら、呑気に足を踏み入れ、その聖堂内の雰囲気に自分がずっとこっそりと大事に思っていた箱が落とした拍子に蓋が開くように、それはも雑然と感情が広がって散らばっていく。あの大事にしていた建物も教会ももうこの世にはない事、シスターが静かに歩く廊下、腰木のある壁、椿の緑の葉の中に埋もれるように置かれたマリア像。靴下で木材の廊下を歩く足裏に伝わる温かい凸凹とひんやりした感触。ここにはあれと似た匂いのするものが満ちている。何歩か足を進めた時点で、涙が涙腺の中を熱くこみ上げてくる。一度、涙腺が決壊すると、涙は溢れ続ける。
正直こんなに突然大泣きし出すなんておかしい気がする。だけど、どうにも泣けて泣けて仕方ない。私はこの匂いを知っている。私はこの雰囲気を知っている。五感の全てが私に伝えてくる。頭で状況を理解するより早く、感覚の粒が肌に直接入ってくるようだった。
明洞大聖堂は、カソリックのマリア信仰の強い教会らしく、教会内中央祭壇に鎮座しているのはイエスの像ではなく、マリアとイエスの母子像だった。白い母子像、椅子の木材の手触り、降り注ぐステンドグラスからの光、教会内にあるもの全てが私に号泣をさせる。後に調べてみると、我が母校にあった教会もマリア信仰が強く、庭にある母子像もその一つだった。わたしが思い出を回顧して泣き出すにもそれなりの理由があったらしい。
側から見れば異常に敬虔な信徒に見えただろう。デカいリュック背負ったまま号泣しているし、全然泣き泣き止まない。タオルに顔を埋めて泣きながら、ちょっと一回泣き止みたいと、頭の後ろの方が考え始めている。一回この聖堂を出てみよう、聖堂の周りは庭園があるらしく、地下聖堂と言われるものもあるらしい。左手に進めるようにドアが続いている。
その時、時刻は11時半過ぎ。
11時からいく予定だった南山タワーのことも、デパートにあるアイドルの手形のことも、その時の私はもうすっかり忘れていた。