アメリカビザ申請の話
「ねえ、俺の古い免許証ってどこにあるか知らない?」
「俺の昔のパスポートってどこにあるっけ?」
夫が、自分のもののありかがわからないのは、大昔からだ。にしても他力が過ぎる。探せよ、自分で。
免許証は私がめぼしい場所から探し出し、パスポートは結局見つからなかった。
何で、そんなにいろんなものが急に必要となるのか。
私たちは、今、アメリカに移住するためのビザや免許の手続きのために、諸々の書類を用意作成する日々だ。何が必要なのかよくわからない、ほんとに古い免許やパスポートが必要なのかもよくわからない。そんな中、ブログなどを漁り情報を収集し、ビザの申請には日本の戸籍の英訳が必要そうだという情報にたどり着く、夫はそんなものはいらないと嘯くが、なんとなく気になり自分でいくらでもどうにでも詐称できるなと思いながら、自分の戸籍の英訳を作成してみたが、本当に必要なのかわからない。
いざ(大体は夫が作成した)書類を持ち込み、本山のビザ申請に、子どもは学校を休み、夫は半休を取り、私はちゃんと化粧をして、アメリカ大使館まで足を伸ばした。
国会議事堂前もしくは溜池山王から歩けるようなので、国会議事堂前で仕事先から向かう夫と待ち合わせた。遅刻してはならぬと、約束の30分前に到着し、駅でトイレを済ませると、トイレから夫が登場した。気が合いすぎていて、だるい。
早々に国会議事堂前に到着したため、国会議事堂を家族で眺めたりしながら、手荷物は最小限という注意書き守り必要な書類だけをまとめ、大使館へ向かってみることとする。
午前中降っていた雨のせいか、午後は日差しが強く湿気が残っている。
手元の傘を持て余しながら、まだ着かないのか、あとどれくらいで着くのかと子どもらは文句たらたらである。大人は大人で、ビザ面接のことで頭はいっぱい、英語なのか…子どもはどうなるのか…もし差し戻しになったら…書類が足りなかったら…と、ピリピリとしていた。
大使館へ抜ける歩道に常駐している警察にビザの申請です!と伝えて通り過ぎる、荷物のチェックを受け、警備の日本人のおじさんに傘はそこに置いて!と言われ、大使館内の予約受付で家族分の書類を見せると、
「こちら、古いパスポートですけど?今のものはありますか?」と、
言われたのは、夫ではなく、私の方だ。
俺の古いパスポートじゃなくて、私の古いパスポート持ってきちゃって、大使館の受付で頭を抱えて
「ヒィー!!!!!!!!!!」と、言ったのも私の方だ。
やってしまった。完全にやった。こりゃ、もう、終わりだ。顔面蒼白、思考停止。
長男は、一番面白い時の中居くんレベルに
「お母さん、やっちゃったー!!!!!!!!!!」と楽しそうにはしゃぎ、次男は話について来ていない。
夫は、わたしに絶望しながらも先に進めるしかないと判断したようで、受付の人と話を進めている。
「奥様は、入れません」
とちゃんと言われたので、ちゃんと化粧したのに、一人で大使館から出て、先ほどの警察官にチラリと確認されたのも、私だ。
突然、3人で面接を受けることになった男たちと、突然1人で面接を受けなければならなくなった女。
1人で3人が出てくるの待ちながら、大使館お問合せダイアルに電話すると、
「夫のができたら、あなたのビザ申請できる、明日から面接の予約もできる」とどうにか情報を得る。そもそも夫のビザに帯同する訳だから、夫と一緒に面接受けろよな…な訳である。もうどうしようもない、終わりだ…ビザの発行が出発に間に合わなかったら、離婚されるかもしれない…と本気で悩ましく脇汗たっぷりかきながら、大使館前の木陰で子どもらが出てくるのを待つ。
ふと落ち着いて考えてみても、やっちまっている。
足を組み替えてみても、やっぱり、やっちまっている。
木立の足元に茂る草も「サラサラサラヤッチマッタナサラサラサラ」とそよいでいる。
パスポート忘れて、三行半を突きつけられるんだ…
だって一緒に行けなかったら私の価値って何…っていう話だ。
と思いつめていると、待っていた3人組が大使館から出てくる。
私を見つけそれはまあ嬉しそうな長男が信号を無視して歩道を横断するのをパスポートを忘れた私が怒鳴り散らす。
私が1人で待ってるから駆け寄って来ようとしてるわけだ、怒鳴れた筋合いじゃない。
ここで私たち(私と、子供)は、きっちりと大使館に傘を置き忘れている。
パスポートだけにしておけよ、忘れるのは。頼むて。
ここからの全部夫の尽力のおかげで、シン・私の面接の日取りが決まるが、その間私は、他力本願の権化とかし、何もできずオロオロと三行半への恐怖に怯え、言えた筋合いじゃねぇ自分のせいで子供のことも上手く叱れず、いつもの私はどこかに行ってしまった。
あまりにヒリヒリして、このやらかしに触ると痛くて、人に言えない。このまま消化できないのは、良くないと一念発起し、親にこのやらかしを伝えてみると、こりゃスッキリ、一回笑ったら楽になった。言えた筋合いじゃない大爆笑である。
スッキリして迎えたシン・面接日。
夫はもう諦めており、忘れ物をしても今回は午前中だし、自分も動けるし、面接は日本語だし、使わない書類(私の英訳)も全部入れたから、これを持っていけば大丈夫だと励ましてくれる。
長男は、「やーいやーい!!1人で面接受けてやんのー!!!あ、傘!!!傘置き忘れたから、それの確認してよね!!!」とめちゃくちゃ楽しそうに合理的で、次男は、「がんばってね、だいじょうぶだよ」と、絶対に私をいじらなかった。のちに、なんかこれ以上は可哀想だったからと彼は教えてくれた。そう、私は8歳からみても可哀想だったのだ。
一度通ったことのある道だ、警察官にキリッとビザの申請と伝え、警備を通過しながら傘はないかと確認すると、そんなもんはない!と言われ(ないんかい!!!)、書類チェックは無事通過する。書類ブースで受付お姉さんから、面接ではこれとこれを見せてね!と、私が忘れたパスポートと、私が作成した私の戸籍の英訳を指定される。
どっちも必要だったよねぇ、本当にどっちも!!!良かったよ、英訳しておいて…考えてみりゃあ、帯同家族の主たるビザ申請者がここにいないのだから、戸籍に寄って私がそいつの帯同家族であると伝える必要大アリなわけである。
いよいよ面接までどうにか漕ぎ着けたぞ!!と、傘が3本とも無かったのだから、面接は通過して晴れと褻のバランスは保たれて欲しい!!と願いながら、面接の列に並ぶと私は気づく。
あれ…これ…さてはみんな面接、英語だな????
夫の「面接は日本語だよ!」が、フラッシュバックする。
いや、今日私が受ける面接は英語だ!!!!日本語でいいですか?と面接官に聞いてしまった人はめちゃくちゃ時間を食っているし、全然英語話せない人が身振り手振りで面接している様子が、列から垣間見える。
うん、面接は完全に英語!!
と、気付いたのも束の間、何を言うべきか翻訳アプリを取り出すのも間に合わないままに、私の順番が来る。
「ハーイ!ハワユー?」
「イエ!アムファイン」(どこがよ)
「なんの目的で行くのさ?!」(大体こんなこと言われた気がする)
「夫が勉強をしに行くのであります!私はそれについていくのです!!」(こんな英語だった)
「オオ!ワタユマタサマラタワヤ?」
「ソーリー?」(一つも聞き取れない)
(私が英訳した私の戸籍の夫の名前を指でトントンと指しながら)「旦那の名前なんて読むって?」(大体こんなこと)
「(夫の名前を読み上げる)!!」
「パーフェクト!君の書類もパーフェクトだし、メールか郵送かで連絡行くからそれ待ちな!」(陽気だし甘やかしてくる)
「おわり??!これで?!」(思わず自分から話しかけてしまう)
「終わりだよん!ハバグッデイ!」
1分かからなかった。あっという間に終わり、使ったのは、自分で英訳した戸籍だけだった。
私の面接翌日、夫たちのビザは手元に届き、一週間後には私のビザも無事届いた。
どうにかこうにかアメリカに辿り着き、今夫からは
「ねえ、俺のツボ押し器どこにあるか知らない?」
と、聞かれている。
知らない!!!!!!!