ショートコント「PTA」
なんの思いつきか、PTA会長に立候補してみることにした。私が話しかけやすい同じ幼稚園の保護者、そこからの繋がりで感じの良い友達保護者で、役員フルメンバーを揃え競合他者を跳ね除け、PTA役員を一年間やってみた。完全にやりたくてやりたくて仕方ない人のムーブだ。もともと幼稚園の親の出が多く、感覚が麻痺していた上に、いつかお役が回ってくるなら自分のタイミングで終わらせてしまおうという算段もあった。一度本部役員をやれば、もうそれ以降はやらなくて良いと言う。そう聞いて、どうして皆やってしまわないんだろう…と思うくらいには、PTAとはなんなのか、私はよくわからず無鉄砲であった。
実際やってみると、PTAは雁字搦めだった。
PTA会長は学校内外の会議にPTA会長でぇす!と保護者の代表としてお邪魔をすることが多い。行く先々で顔を合わせるメンツが同じ事の不思議さや、その保守的な姿勢になんとも言えない気持ちになることもあった。その反面、保守的であまり動いてくれないイメージの学校の先生方が私たち役員にとても協力的だった。子供のいる現場は、この世の最前線なんだと思い知る。
校長は、私の顔を最後までうろ覚えだったが、来賓タイミングの増える年度跨ぎで顔を覚えたと思ったら今度は会うたびに、
「PTA大役お疲れ様でした」と声をかけてきた。
「卒業生起立!!」と退場していく卒業生を送るピアノ伴奏で「春よ、来い」のイントロが流れ完全に涙腺が崩壊した来賓の私に、新入生を迎える歌を歌う2年生のその一生懸命で無垢な輝きに再び我慢できずに泣いていた来賓の私に、「大役お疲れ様でした」とわざわざ言いにきた校長は、人を見る目があるんだと思う。
PTAは、これまでの歴史の中と、どうでもいいものの中で、雁字搦めで、頼りのない私にはどうする事もできない組織だった。
会長以外の他の役員は役員会の差配や記録の作成、会費の取りまとめや学校が休みの日に校舎を使用して行うイベントや給食試食会の開催、そのイベント参加にかかる行事保険や災害時の避難所である学校に在校生分備蓄食料の手配、運動会時の保護者案内誘導の取りまとめその他諸々と、一つ一つ見ると無いよりはあった方がいいよなぁと思うような業務であり、全部まとめて見るとこれらは無きゃ無いでどうにかなるんじゃないの?!と思うようなものばかりだった。
私はPTAが必要な理由をずっと問い続けていたと思う。
その中で、一つ必要な理由として一年かけて実感しているのは、各会議で学校の保護者を代表して、子供達のために、ああして欲しいこうして欲しいと要望が出せると言う事だった。これは、教員にも児童にもできない、徒党を組んだPTAにしか出来ない事だった。そして、その要望を出す会議は、平日の昼間に行われる。
平日昼間の時間帯に学校をうろうろできるのは、主婦(パート)にしかできないだろうがよ!!!そもそも、学校や地域にとって「主婦がいる」ことが大前提なのだ。子供二人育てながら正社員して、PTA会長するのは、ちょっと想像ができない。
かつ、そのパート主婦がトップに君臨するPTAは、地域に属する関連団体や組織(この人たちはパート主婦くらい、地域のことに時間を割ける)の中で、身動きが取れない。
もうすでにあるPTA会則の中で、これまでの諸先輩方が行ってきた活動を踏まえて活動し無ければならない。予算案は前年度が作成している。多くの会員が大先輩保護者であり、そして、その多くの諸先輩方は自分がなぜPTAに加入しているのかを理解していない。入りたくて入っている保護者は少なく、両隣がPTAに入っているから…くらいの理由で、会費を支払っている。その会費を元に、保険に入り備蓄品を買い、ピーポ君マップを作っていると知らない。そして、皆、加入していれば振り分けられるPTA係活動にはきっちりアレルギーがある。みんなやりたくない、自分の番にならないように必死に意見は言う。既にできている予算案を追いかけ、既に組み込まれている予定をこなし、先生方や地域の団体と兼ね合い、これまでの歴史の重さとその反面現場の速さ、その規模デカさで、その全てに私は雁字搦めだった。
その中で、せめてもと、これまで無かった入会届を作成し強制加入と読める文言を書類から探し出し削除し(PTAは任意加入の団体です)、すでに加入しているがこれからは非加入を選択した方には、非加入届の提出をお願いした。PTAが何をしてるのかわかるといいなとお便りに会長コメント欄を作り、先のPTAのある価値があると私が感じた徒党を組んで要望を出せることなどを保護者に伝えるなど、私の器でできることに取り組んだが、保護者の中にはいろんな人がいる。
PTAって無くせないの?
(辞めたい人が増えたら無くすしかないですよ?!!ほんとに!!!)
仕事してるから手伝いは無理です。
(ですよね!!!!私もパートだけど事務仕事してます!!!退会されるでいいので、ぜひ退会してくだされば、手伝いはなくなりますよ!!!)
(会費を払いながら)任意加入なんじゃ無いですか?
(任意加入だから、入らないならお金払わないで大丈夫ですよ!!!しまって財布!もう入っちゃってるなら、ぜひメールでいいから辞意を連絡してくださいね!!!!)
PTA会費払ってなくても保険や備蓄の食料の配布は公平ですか?
(PTAに入らなくても、保険も備蓄も平等に対応します!!!奢ります!!)
※公共の施設である公立小学校PTAは、在校児童への不平等は認められず、全ての児童への同じ対応をする事が求められています。
(匿名フォームで)PTA辞めたいんですけど。
(入っちゃってるのに辞めたいなら、辞めたいあなたが誰なのか教えて!!メールで良いので連絡ください!!!)
()カッコ内絶叫が私。
こんなにやりたくないのに、みんな意外と辞めない。
一方で、一切PTAを無視する保護者もいる。基本的にPTAへの怒りの矛先は学校へと向かう。
「手に負えないから、彼の方のことは、触れないようにしましょう」
と、学校から暗に言われるわけだ。そして、触れないためには、件の保護者として引き継がれていく。個人情報は書類に残せないから、口伝だ。
あたしらは、琵琶法師なのかい。
知らないからお任せ!!の保護者はありがたい。知らないのに文句をいう保護者は、結構困る。知った上で意見を一方的にいう保護者はほんとうに怖い。
その知った上で系新年度役員に立候補した保護者から、この新年度引き継ぎの一番忙しいこの時期に、我が校のPTAは任意加入であることを隠して、入会させ会費をとっている!と指摘が入った。
確かにそうなのかもしれない。私はPTA会長をする前からPTAが任意加入だと知っていた。そもそも強制加入のものなど、この世にそうは無い。強制加入の社会保険にすら入ってない人がいるのだ。
でも私は興味があったのでPTAについて知っていたし、入っている。そして、私のようには興味が無い人もたくさんいる。
我が校のPTAには、これまで入会届がなかった。今年の新一年生には「入会される方には入会届の提出をお願いしています。この届の提出を持って入会とみなします」のような文言を記載した(入会されるかどうかは自分で決められるとこの文言でわかってほしいという願いを込めた)入会届を配布した。
すでに会費を払ってくれている6年生から2年生については、入会届の提出がない。それこそ、入学したら会員とみなされ、集金があったと云う。集金の際に加入を断る方ももちろんいる。ただ、多くはPTA会費を自から払っており、その方達の加入の是非については、大人が自分でお金を払ってしまえば、加入に同意したと認められてしまう。それも毎年集金され、毎年払っている。連綿と続いてきた、なんかわからないけど払いますの歴史だ。
そこに、「任意加入と伝えず加入させているのは、刑法に反する!加担したく無い為、どうにかしろ!!!!」と声が上げられた。
確かにこの会は任意加入です!!という文言は無いし、口頭で強制とも任意とも説明はしていない。だって考えりゃわかるだろう…私たちが作成した入会届のあの文言じゃダメなのか…と。自分のことなんだから自分で考えろと思う気持ちと、任意加入だと大きな声で言ってもらわなければ、「加入しない」を選べない人がいることも、何となくわかる。
自分も新年度役員なのに、PTAのやり方はあーだこーだと引っ掻き回す人の気持ちはよくわからないが、その方の不安の表現が人に当たり散らすというものなのかもしれない。知らんけど。あと、そう思うなら、自分でやれ。人にさすな。
確かに、入るか迷っている保護者に、「入らなくても保険も備蓄も公平に配られますし、大丈夫ですよ。今は99%の方が加入くださっていて、入っていない方ももちろんいらっしゃいます」と、スラスラと話す自分の、スマホの乗り替えキャンペーンスタッフのような圧倒的情報強者ぶりに怖くはなった。
99%加入してるのは事実だが、そう言われてじゃ、入りません!と言える人がどれだけいるだろう…と、頭のどこかで冷徹に自分のしている事を見ている自分がいる。
辞めたい人は辞めてほしい。
やりたく無いことをやらなくて良い。
知らなかったとか、説明がないとか、みんなも入ってるんですよね?とか他責思考なしで、自分の意思で決めてほしい。
やってみたら意外と面白かったし、全然やんなくても良いような事だった。
学校から帰ってきた子供が私の名前が書いてあるPTA配布のプリントを取り出しながら、
「ねえ、この名前って…ねえ、お母さんってもしかしてPTA会長なの?」
と、これ以上無いフリをしてくれたので
「ふふふ、気づかれてしまったなら仕方ない…そうだよ、あたしがPTA会長だよ!!!!!」
と言い返す茶番が面白かった以外は、特にどうでも良い体験だったなと思っている。
自分の始めた物語が終わった、一つの経験になった、それだけだ。
で、この5月で私はPTAを退会する。(転校で学校を辞めるから)
この先も、PTAや保護者会などというものに遭遇する事もあるだろうが、この一年の経験は何の役にも立たないだろうなと、私はひっそりと思っている。