帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 巻之伍「天羽々斬」
仮初の命
祠の外・・・
蝦蟇蟲は駆け付けたマキビに介抱されていた。
「遅いです。あとで説教しなければ・・・」
「すまんな、だが私がくるまでお前たちが頑張ってくれたおかげでいいものが手に入った」
「何?マキビの愛がこもった・・・」
「あとでいくらでも聞いてやる。今は童の事が先だろ」
蝦蟇蟲をはぐらかすように言葉をさえぎるマキビ、
いつものことだが少しくらいはやさしい言葉をかけてくれても、と思う
「・・・雰囲気も何もあったものじゃないわね、マキビらしいわ」
「褒められたと受け取っておこうか」
「嫌味よ・・・」
マキビは封印を解いた木箱を見せた。
「随分錆びた刀ね・・・手に持っただけで砕けてしまいそうじゃない?
」
「実はな・・・」
マキビは館で聞いた事を話すことにした。
「長さ二尺余り、切っ先は欠けいつの時代のものか判らぬほど朽ちた剣・・・伝承と人は言うかもしれないが、我らが操る術式も元は口伝に語られたものだ。それに・・・どうした?」
蝦蟇蟲の様子が急変した。腹を抱えてうずくまり苦悶の表情を浮かべている。
「大丈夫か、蝦蟇蟲?」
「痛い・・・体が裂けてしまいそう!何かが、おかしい!」
蝦蟇蟲は脂汗を流しながら苦しんでいる。
「マキビ!見ないで!!」
そう言うと蝦蟇蟲は大きく口を開いた。
口は真横に裂け、パックリと開いた喉から粘膜に覆われた何かが吐き出された。
人の形をしているようだが動く様子がない・・・
「千早丸、自分から出てきたのか?!魂も抜き取られているのに、どうやって・・・」
「マキビ、早く・・・魂を戻さないと、この子は本当に死んでしまう・・・童が・・・悲しむ・・・」
「うむ・・・だがどうするか」
マキビは粘膜を短刀で切り裂いて千早丸を外に出した。
呼吸が浅い。心の臓も弱っている。
「千早丸、逝くにはまだ早すぎる。生きるのだ!」
マキビは懐から式紙を一枚取り出し掌に乗せて念じると小さな蟲に変化した。
口を広げ蟲を押し込む。蟲はウネウネと動きながら体内へ入っていく。
「蝦蟇蠱の能力すら抑えてまで外に出ようとした。この子の『生きたい』という思いに賭けるしかない」
「魂はどうするの?大蛇が奪ってしまったのに」
「童なら、魂を取り戻せる」
「魂を?もう大蛇に穢されてるわよ!この子は人ではなくなる、と言うか・・・」
「そう、蠱毒だ」
「人の命を蠱毒で繋ぎ止めるなんてこと、ハルアキラが聞いたらまた卒倒するわよ」
「言わせておけばいい、私もその咎を受ける」
「・・・わかった」
蝦蟇蠱はマキビの覚悟を受け止めることにした。
千早丸の中に入った蟲は内側から心の臓、肺を動かして血液の循環を操る。
やがて青白い顔に赤みが差し意識を取り戻した。
千早丸の覚悟
「少年、気が付いた?」
千早丸は上体をゆっくりと起こしながら二人の顔をじっと見て、そこに童がいないことに気がついた。
「あの子は?」
「今大蛇と戦っている」
「僕も、戦います」
「ダメよ、少年の体は蟲を使って無理やり動かしてるのよ、長くは持たないわ」
「僕は死ぬんですよね・・・
あの大きな蛇が僕を・・・父さんや母さんも殺して・・・
この村の人たちもみんな・・・
みんなが僕を守ってくれたのに、僕だけ何もしないなんて!
お願いです!僕にも戦わせてください!」
千早丸はまっすぐマキビを見ている。
マキビは千早丸と目線を合わせるように腰をかがめてゆっくりと話し始めた。
「千早丸、最後まで聞いてくれ。
このままではおそらくこの少年の人としての命は間もなく尽きるだろう。
だが今、童は君や亡くなった人たちのためにあの蛇と戦っている。
私も今から童の所に行く。
うまく行けばあの蛇の体から君の魂を奪い返すことができるかもしれない。」
「それでみんなの命は救うことはできないのですか?」
「無理だ」マキビは首を横に振り、さらに話を続けた。
「君はまだ死んだわけではない、体と魂が離れた状態だ。魂は元の体に戻れば死ぬことはない。
だが君の魂は体から剝がされるときにあの蛇によって呪いをかけられた。
胸にあった黒い蛇のような痣があっただろう?あれが呪いだ」
「呪い?」
「そう、私たちが『咎』と呼んでいるものだ。
誰かを思うように利用するために仕込む罠のようなものだ。
一度咎を刻まれてしまうと刻んだものの望みが叶えられるまで消えることはない。たとえ蛇から君の魂を体に戻すことが出来たとしても、
君は人ではなくなる。蛇の蟲毒になってしまうのだよ」
「それでも・・・僕は、戦います。童さんを見殺しになんてできません」
「そうか・・・ならば!」
マキビは懐から式紙を一枚取り出し掌にのせて強く念じると、それは一粒の丸薬に変わった。
マキビはそれを手に取り飲み込んだ。
「マキビ!何を?!」
マキビは手印を組んで詠唱を始めていた。
「我はこの少年の覚悟を受け止める。少年の望み通りあの蛇を倒し魂を取り返す!もしこの望み叶わぬ時、或は我が言葉に偽りあれば御霊遷をもって我をこの少年の魂に唵!」
「マキビ!刀が・・・」
蝦蟇蟲が木箱の異変に気付いた。
刀を収めた木箱がガタガタと震え蓋が開いた。
刀が鈍く光りフッと消えるとそれは千早丸の足元に現れた。
光が収まるとそこにあったのはボロボロの刀ではなく、黒く光る見事な刀の姿に変わっていた。
「これは?」
「天羽々斬・・・その昔八首の大蛇を切り落としたという、伝承の刀だ。君の覚悟に答えてくれたのだろう。これできっと勝てる」
「勝ってくれないと悲しみに暮れる乙女が二人いるんだけど?」
「そうならないように善処しよう」
「待っていてください。童さんと一緒に帰ってきますから」
千早丸は天羽々斬を携えマキビと共に祠に飛び込んでいった。
魂の宝玉
「なんで?・・・」
「あの蛇は僕たちみんなの仇だから・・・」
「わかるけど・・・でも」
「童さんが戦ってるのに」
「だからさ」
「童、言いたいことがあるなら後にしなさい。この少年にはあまり時間がないのだ」
マキビは童に今優先すべきことを『手短に』説明した。そして、
「出来るか?」
「やる」
「あの大蛇が再生するまでに見つけるんだ」
「承知!」
童は大蛇の残骸に向かって駆けていった。
千早丸が切り刻んだ大蛇は無数に散らばっているが童は取りこぼすことなく一つ一つ魂の宝玉が無いか調べていく。
既にゆっくりと体の再生が始まっているため童の後を追うようにマキビと千早丸が更に斬っていく。
刻が経つにつれて千早丸の動きに衰えが目立ち始めた。
腹中蟲が力を使い果たしている。
「童!まだか?」
「尻子玉尻子玉・・・ない!見つからない!」
長い胴体部分は粗方調べ終えた。だが魂の宝玉(河の民は尻子玉と呼ぶ)の気配を感じ取ることが出来ない。
「童さん・・・無理しないで。僕はまだ大丈夫だから」
「大丈夫な訳ないじゃない!」
童は動きを止めることなく感情を爆発させるように叫んだ。
「弱ってきてるじゃない!そんな体で何無茶やってるのよ!私が絶対にアンタの魂を見つけて取り返すから大人しく待ってな!」
そう童が叫んだ刻だった。
童の前に黒い影が現れた。
「あった・・・」
童が指を差したその先に、黒蟒の頭が童を見下ろしていた。
巻之伍 了
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