沿海州の亡霊・第三章~転生したら膝枕だった件

7.疑念

シュブール「これは・・・お恥ずかしいところをお見せいたしました・・・っつ!」
ニィナ「ああっ、そのままで、お体に障ります」
シュブール「申し訳ありません」

ニィナ「先の海賊どもの討伐の際には王都の皆様に助けていただきました。以前お礼に参上いたしました折に貴方のお姿をお見かけいたしましたので。」
シュブール「沿海州の安全を守ることは我が王都にとっても要となる事。お力になれたこと、私の誇りに思っております。」
ニィナ「ですが、あなたは私のことを覚えていらっしゃらなかったのですね、残念ですわw」
シュブール「あ・・・」
ニィナ「フフ・・・お気になさらず。ひさこ様からあなたのことはいろいろと伺っておりますから」
シュブール「申し訳・・・ありません」

ニィナ「では、そのお詫びに・・・と言ってはなんですが、今日のお昼をご一緒いただけませんこと?」

ニィナはシュブールの懐から抜き取った封印された羊皮紙を見せながらシュブールの耳元で囁いた

ニィナ「事は王都だけの問題ではありません。
お力になれると思いますが・・・?」

シュブール「分かりました。せっかくのお誘、ぜひご一緒させてください。」

ニィナは町娘の皮を脱ぎ捨て、領主らしい威厳と威圧感をシュブールに見せつけた。

ニィナ「フフ・・・さぞかし面白いお話が聞けそうですわね、楽しみですわ」

沿海州はもともと貧しい漁村であった。
100年ほど前、王都の商人ヒザ・ピロゥが沿海州の沿岸を整備したことから
南方との交易の要所となり、以降ピロゥ家は領主として沿海州と共に栄華を誇っているのだ。

ニィナ「この街いちばんのお店ですわ!」

そう言ってニィナがシュブールを案内したのは
豪華な店・・・ではなく民衆が毎日訪れても財布の中身を気にする必要のないごく普通の居酒屋であった。」

店の中では港から水揚げされた魚や海の向こうから仕入れた珍しい食材を手早く捌き調理し、たくさんの注文が行き交う中を給仕達が慌ただしく出来上がった料理を運んでいく。
シュブールは王都の酒場とは違う、やや荒っぽいほどの賑やかさに圧倒されながらも活気のある雰囲気に心地よさも感じていた。

ニィナは店の奥まった静かな席にシュブールを案内した後、おすすめという料理をいくつかと果実酒を人数分注文した。

ニィナ「街を知るには民の生活を知るのが一番だと思いましてお連れいたしましたが、お気に召しまして?」
シュブール「お気遣いありがとうございます。
酒場で語られるのは為政者への雑言と根拠のない噂話と思っていたのですが・・・どうやら沿海州の皆さんは我が王都の民と変わらず・・・」

ニィナ「神と恵みへの感謝・・・少々荒っぽいけど彼らは心から生きていることに喜びを感じているわ・・・私たちは彼らが如何に毎日の営みを無事に続けていくことができるかを考えるのみ・・・
民衆から感謝の言葉を求める必要などない、
むしろ彼らのおかげで私たちは沿海州をまとめていくことが出来るのです。」

運ばれてきた料理と酒を前にニィナは続けた

ニィナ「沿海州に富が集まるに従って、それを狙う外敵から身を守り続けてきました。
私兵はおりますが街を守ることが出来るだけの力には程遠いものです。
先の海賊どものように大掛かりで攻めてこられるとひとたまりもありません。

それだけに王都からの援軍は私たちにとって力強く、これからも繋がりは強固であれ、と感じた次第です。」

シュブール「戦力を増やそうとは思われないのですか?」
ニィナ「私たちが武器を持たなければあっという間に攻め滅ぼされるでしょう、しかし、身の丈以上の力を持っていても使えるわけもありませんし、
敵を増やすことになりかねません。
何事も「適度」というものがあります。」

シュブール「だから王都との関係を堅固に・・・」

ニィナ「武器や魔術だけが戦うための手段ではありません。他にも沿海州には様々な国から入ってくるものがあります。」

シュブール「情報・・・ですか」

ニィナは笑みを浮かべながら

ニィナ「様々な国から入ってくる情報から
噂やデマを取り除き、上澄だけ掬っていくとその下から結構面白いお話達を見ることができますのよ。例えば、あなたの懐に入っていたこの式神の事とか・・・」

ニィナはシュブールの懐から抜き取った式神をテーブルに置いた。半身が焼け落ちた式神・・・

シュブール「・・・では、このような事も、ご存じで?」

シュブールが念を送ると式神燃え立つ青白い炎、
その中に微かに動く人影のようなもの・・・

ニィナ「まぁ、あなたの式神はこんな事もできますの!」

炎の中に浮き上がった人影は徐々に輪郭を露わにしていく。
逃げている女(と思われる)がひとり、それを追っている覆面の漢が数人。

路地に追い詰められた女をジリジリと追い詰める男たち・・・

と、女は振り向きざまに口笛で合図をすると周りから男たちに向かって苦無が撃ち込まれる。
声を上げる事なく倒れていく男たち。
辛うじて攻撃を逃れたひとりが逃げようとする背中に女の回し蹴りが入る。

女はこちらに気づいたのか、式神(の目線)に近づいてくる、と・・・

「助けてー魔導師シュブール、あなただけが頼りなのー」

そして女は式神に手をのばして・・・
映像はここで途切れていた。

炎を手で握り潰しながら

シュブール「最後、棒読みですよ。
ふざけてますよね?」
ニィナ「あら?私は至って真剣ですわよ。
事実、この男たちは私が持っていたものを狙っていたのですから」
シュブール「ほぉ・・・」
ニィナ「それについては追々お話しするとして、
どうです?お腹も満たされた事ですし、場所を変えませんこと?」
シュブール「どちらに?」
ニィナ「例えば・・・私の寝室とか?」
シュブール「あなたの膝枕で私を懐柔なさるおつもりですか?
生憎、私が求めている膝枕は・・貴女の様な・・・
な・・・なにを・・・した?!」

目眩で感覚が働かない。眠り薬でも飲まされたか?

ニィナ「ご安心ください、料理には何も手を加えておりませんわ、
せっかくおもてなしして差し上げたのに、後になって『なんとかという居酒屋で一服盛られたぁぁぁ』とか変な噂を立てられたら困るのは店の主人ではありませんこと?」

「・・・では・・・馬車で飲んだ・・・」

ニィナ「水に回復薬と遅効性の眠り薬を少々・・・
随分とお疲れになっていらっしゃる様ですから、
私のお部屋で介抱して差し上げようと思っただけですわ・・・
それに・・・」
シュブール「なん・・・ですか?」
ニィナ「この沿海州で何があったのか・・・お知りになりたいと思いましたので」
シュブール「それは・・・?」
ニィナ「シーッ」

隣に座ったニィナはシュブールの口を人差し指で塞ぎながら囁いた

ニィナ「この先のお話はここでは人目に付きます。
しばらく大人しくしてくださいな・・・
夜は長いのですから・・・
お楽しみは、最後に取っておくものですわ。
それでは、ゆっくりおやすみくださいまし・・・」

シュブールは意識を失い、ニィナの膝に倒れ込んでしまった

ニィナ「あら、もう酔われましたの?
仕方ないわね!衛士、このお方を私の館にお連れして。
手筈は・・・わかるわよね?」

衛士は何も言わず、シュブールを抱えて裏口から店を出てニィナと合流した。

ニィナ「まったく・・・余程疲れてらっしゃったのね、追手が探っているというのに気が付かなれておられないくらいなのだから・・・」

馬車にシュブールを載せ、屋敷に向かっていく。

ニィナ「少しの辛抱ですよ・・・
可愛い子猫ちゃん」
ニィナの膝の上で美しい銀色の毛をした猫が寝息を立てていた。

7.5 幕間狂言

男の声「・・・まだだ・・・まだ何か足りない・・・この・・・弱々しい身体のままでは・・・
あのお方の望みを果たすことはできぬ!
・・・早く・・・手に入れなければ・・・!」

浴室、鏡の前で苦悶する男の姿は、人の姿は保ってはいるものの、
悍ましいほどの黒い影を纏ったそれは・・・
悪魔か異形の類を想像させるに十分であった。

男の声「まて・・・!お前に私の身体を自由にはさせない・・・!」
男の声「何を言うか!・・・貴様の『膝』に刻まれた魂の契約を忘れたとは・・・」
男の声「お前が・・・力を貸すと!・・・」
男の声「殺せ・・・殺せ・・・!」
男の声「やめろぉぉぉぉっ・・・!」

と、部屋の向こうから侍女たちが園遊会の開催を知らせに声をかけた。

男「あぁ、今行く」

鏡に映っている男の姿は見覚えのある男の姿に変わっていた・・・

<第二章 第四章>

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