帝殺しの陰陽師〜第壱帖 蛇〜 巻之陸 「童の闘い、千早丸の闘い」
命の宝玉
「あった・・・黒蟒の頭・・・」
童が指差した先、大蛇黒蟒が再生した鎌首を持ち上げ、童達を頭上から見下ろしていた。
「怪しげな術を使う者達よ・・・私の体を切り刻んで何を探そうとしている・・・
わかるぞ・・・チハヤの魂か?・・・そうであろう?欲しいよのう禿の娘よ」
童は蛇の言葉に動揺することなく千早丸の宝玉のありかを探していた。
「やっぱりアンタも女だねぇ。悪い奴でアタイの事を女ってわかってくれたのはアンタが最初だから。そこだけは褒めてあげるよ蛇女!」
「童とやらは口の利き方に気を付けるべきだな、そうは思わんか?そこの色男・・・」
「ああ、日ごろから相手を挑発するような態度は控えるように言っているのだが・・・こればかりは何とも」
「師匠ってばこっちはすっごくイライラしてるのに女だからって蛇にまで手を出そうっての?いたいけな子供の前で見せつけてるんじゃないわよっ!」
ふたりは黒蟒に悟られないように早耳で意思を伝えあった。
「千早丸、まだいけるか?」
「大丈夫・・・です!」
”援護する。私が指示する通りに斬っていくんだ”
”わかりました!”
腹中蟲を通じて会話する。千早丸にとって初めての体験ではあったが、不思議なことに使い慣れた術式のような気がした。
三人はそれぞれに黒蟒を挑発するように動いていく。
童はまず宝玉の気配がする頭を、マキビと千早丸はまだ再生していない胴体を斬っていく。
童は狙いを定めた頭に飛び移り、飛び降りる時に両眼の間に小さな式紙を貼り付けた。
黒蟒が気づかない間にその式紙は蛇の体の中に溶け込んでいく。
これでマキビ達が本体を見失っても斬る対象を間違えることはない。
”貼り付けた!”
”よし、千早丸と繋いでくれ。来るぞ!”
童が投げた白い糸が蛇と千早丸を繋いだ。
河の民が紡いだそれは古の霊剣であっても断ち切ることができないと言われる『道標の絲』。
「無駄よ無駄よ。お前たちが潰しておらぬ胴体が私の分身となるわ!」
黒蟒がそう言い放つと切り捨てられた蛇の胴体がうねうねと動き出し、それぞれが蛇の体へと変化した。
それは八体の大蛇となって三人に襲い掛かってくる。
千早丸はマキビの援護を受けながら蛇たちを切り倒していく。
”師匠、糸は見える?!”
”大丈夫だ!あいつ等がどれだけ動いても絡まず緩まず最短距離を教えてくれてる!”
”じゃぁ本体を潰していくよ!”
童は短刀で蛇の頭を切り裂こうと突き立てた。だが思った以上に頑丈で刃が思うように刺さらない。
そんな中千早丸は蛇を一体ずつ斬り潰していく・・・が
ドクン!
心の臓を鷲掴みにされるような激痛が走る。
膝をつき、息をすることも辛そうに声にならないうめき声をあげる。
「父母の元へ逝け・・・チハヤ!」
黒蟒が再び千早丸の体に黒い痣を穿つと、腹中蟲によってかろうじて動くことのできていた体内の臓器はすべて停止した。
『呪返し』を受けた千早丸の体は死へ確実に向かっていた。
童の闘い
「嘘・・・」
童の動きが止まる。
その幼い眼に崩れ落ちていく千早丸の姿が映る。
「千早丸!」
マキビが少年の元へ駆け寄った。
既に顔は青ざめ体は硬直し始めている。
時折痙攣しながらうつろな目を浮かべていた。
「アハハハハハ!どうした?呪詛を操るお前たちが死人を助けるなど無理な話よ!その力もろとも私の糧となりなさい!」
黒い大蛇の影が幾重にもなってマキビ達を喰らおうとその口を広げた。
童は茫然として力を失ったように立ちすくんでいた。
”アタイのせいだ・・・すこしばっかり術が使えるからっていい気になって・・・”
”あの子も蝦蟇蟲もみんなアタイのせいで・・・”
「童ぇッ!」
マキビの声が響く。
童はマキビの問いかけに答えようとせず大蛇に飲み込まれることを受け入れるように目を閉じていた。
「ごめん千早丸、ごめん師匠、ごめん蝦蟇蟲・・・アタイは結局なにもできなかった・・・」
「お前はこの少年の魂を取り戻すために戦っていたのではないのかッ?!」
「え?・・・」
黒蟒の大きな口が童を足元まですっぽりと覆い、そして飲み込んだ。その時・・・
”まだ終わってない!”
「童?!」
”蛇女の尻子玉、アタイが取ってやる!”
黒蟒の体に飲み込まれる瞬間、童は『魂の宝玉』の場所を強く感じ取った。
童に生気がよみがえる。眼が蒼く光り、爪が伸びて蛇の喉に突き刺さる。童を飲み込もうとする蛇に必死に抗いながらその手を蛇の口内を切り裂き宝玉が隠れている眼と眼の間を目指していた。
「もう少し・・・もう少しで・・・」
黒蟒は宝玉を奪われんとのたうち回る。童は下手をすれば吐き出されそうになるのを耐えながら伸ばした手が宝玉に届く。そして・・・
ギャァァァァッ!
耳を裂くような悲鳴が響く。黒蟒の頭が裂け、宝玉を掴む童の手が見えた。
さらに童は体を外に出し、宝玉を道標の絲に巻き付けた。
そしてマキビに向けて叫んだ。
「取ったぁッ!これでアンタは自由だよ!師匠、お願い!」
「心得た!」
マキビは手印を構えた。
「大祓詞 奏奉!」
詠唱が響くと横たわる千早丸の周りに青く光る御霊遷の紋章が描かれた。
「只今より魂を失いし幼子の体にこの宝玉をもって御霊を遷し奉らんと欲す。魂は大蛇黒蟒。依り代は千早丸。
わが願い叶え給え!」
童は『道標の絲』に宝玉を巻き付ける。
マキビが一拍、両手を合わせると宝玉は手繰り寄せられるように千早丸に向かって飛んでいく。
宝玉は輝きながら千早丸の体内に取り込まれると体の痣は消え、黒蟒の真下に巨大な戒めの紋章となって輝き始めた。
千早丸の心の臓が再び脈動を取り戻した。
顔色に赤みが差しゆっくりと目を開いた。
「千早丸!」
「助かったの?」
童が駆け寄ると千早丸は笑顔で答えた。
「僕・・・生きているんですね?」
「そうだよ・・・間違いなくアンタは生きてる・・・」
童も千早丸も涙を零していた。
「さぁお前たち、みんなの仇を取りに行くぞ」
「はいっ!」「承知!」
三人は再び立ち上がり、黒蟒との最後の闘いに臨んだ。
鎮魂~千早丸の闘い
「まさか・・・こんな小娘に宝玉を奪われるとは・・・」
宝玉を奪われ、千早丸の中にあった仮初の魂を穿たれた黒蟒は力を失いつつあった。
胴体から派生した蛇たちはボロボロと崩れ去り、残るは本体ただ一体。
「アンタ、アタイにわざと尻子玉を見せつけてただろ?」
「・・・!」
「アタイが必ず奪いに来る。でも玉には届かない。弱いアタイには奪い取ることなんでできないって・・・アンタ、アタイを舐めてかかってただろ?」
童は黒蟒に向かって胸を張って叫んでいた。
「お生憎様。アタイの諦めが悪いのは師匠譲りだから!」
「ならば千早丸を無力にすればいいだけの話ではないか!」
黒蟒は三人の前にふたりの人の姿を映し出した。
それは一組の男女であったがその姿に記憶があるのは
「千早丸?!」
「どうしたの?」
千早丸は震えながらその姿を見ていた。それは千早丸の・・・
「父さん・・・母さん・・・」
千早丸は死んだはずの両親の姿を直視したまま立ちすくんでいた。
父と母の姿がおぼろげに映る。悲しそうなまなざしを千早丸に向けて訴えかけている。
助けて、と・・・
「どうした?久方ぶりの親子の再会に声も出ぬか?」
「ひどい・・・」
「童、千早丸を見てごらん・・・」
「え?」
「『人の心を理解できぬもの』が心を弄ぶと如何なる報いを受けるか、よく見ておくがいい」
童は千早丸の方に目をやった。そこに見えたのは、涙を流しながらも怒りに震える一人の少年の姿であった。
「・・・ないでください・・・」
「なんだ?」
「これ以上、僕の両親を苦しめないでください!と言っているんです!」
「どういうことだ?言っている意味が分からぬ」
「あなたは僕の両親を殺しました。僕の目の前で・・・
僕をかばって死んでいった父さんや母さんを、あなたが利用するなんて許せない!
僕はあなたを絶対に許しません!」
「ならばどうする?私を斬るか?お前の親も、この村の民共もみな消えてしまうぞ!偽りでも見知った者達であろうが、消えてしまっても良いのか?」
千早丸は答えず黒蟒をまっすぐ睨んでいた。
「マキビさん、僕に力を下さい・・・」
「うむ?」
「マキビさんや童さんのように戦う力を、あの蛇を倒す力が欲しいんです」
「よく考えるんだ。私が使役すれば君の望む力を与えることが出来る。蛇と戦って勝つことだってできるだろう。でもそれは君が人ではなくなるということだ。蟲毒となってしまうことを意味するんだよ。人の姿ではなくなってしまうかもしれない。おぞましい妖蛇の姿となってしまうかもしれない。それでも良いのかい?」
千早丸に躊躇いはなかった。
「お願いします」
「分かった」
”蝦蟇蟲、手伝えるか?”
”もう近くまで来てるわよ”
”さすがだな”
”マキビが少年を使役するまで私が蛇の相手をするわ。
童は少年を援護して”
”承知!”
蝦蟇蟲が側面から蛇を攻撃する。巨大なガマガエルが蛇を襲う。
マキビの詠唱が始まる。
式紙を千早丸の背中に張り付け念を送る。
ふたりの足元に大きな蛇の紋章が描かれる。
「陰陽師マキビの名の下この者を使役せんと欲す。汝、只今より蛇の蟲毒、蛇蟲となりて我に使えよ。盟約の証は鎮の力、鎮魂。見守刀は天羽々斬。この盟約を受けるならば古き名を捨て新しき名をもって応えよ。汝の名は・・・」
「蛇蟲『チハヤ』・・・我が主は陰陽師マキビ・・・」
「チハヤ、主の命である。大蛇黒蟒を鎮めよ!」
「・・・承知!」
マキビの詠唱に応えると「チハヤ」の全身が白く輝く。携えていた天羽々斬が斬れと言わんばかりに大蛇に狙いを定める。
初めての高揚感に戸惑いを覚えながらも、今するべきことはわかっている。
「童さん、手伝ってください。力が漲ってきて抑えることが出来ない!」
「・・・童でいいよ。アタイもチハヤって呼ぶから」
童はチハヤの手を握る。ふたりで天羽々斬を構える。
黒蟒は最後の力を振り絞るように蝦蟇蟲の牽制をかわしながらチハヤ達に攻め寄ってくる。
「蝦蟇蟲!離れろ!」
「承知!」
「童、斬るよ・・・」
「・・・承知」
少し顔を赤らめながら童は応えた。そして・・・
「鎮魂ッ!」
刀の先から光の束が伸び黒蟒の頭を真っ二つに切り裂いた。
「なぜ・・・ヒトごときに私が・・・解せぬ、解せぬ解せぬゲセヌッ!」
黒蟒の本体がシュゥシュゥと煙を上げながらが溶けていく。
分かれていた胴体も本体と同じように溶けていった。
刀から伸びた光が収まるころには目の前にはがらんとした洞窟に三人が残されていた。
「終わったな」
「ようやくね・・・」
「仇、討てたね。チハヤ・・・?」
チハヤは力を使い果たしたように気を失って倒れた。
童が体を支えながら必死に呼びかける。
「チハヤ?チハヤ?!・・・目を覚まして!・・・全部終わったんだよ!・・・」
巻之陸 了
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