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ちょっくら鎌倉 #4 タイワンリスと鎌倉大仏

7月の末、昼下がり。部活帰りの息子が慌てて家に入ってきた。
「なんか変なのがいる!来て!」
見ると、玄関の門と家のポーチの間の通路に、黒くてぬめっとした小さな生き物が落ちているではないか。
「なにこれ?気持ち悪い!」
「ヤモリ?かなへび?」
「え、ちがうでしょ。耳みたいのがついてるよ。ねずみかな?」

小さな生き物にはまるい耳がついている。細長いしっぽも。

真夏の昼下がりである。木陰とはいえ、石材の通路に放っておけば暑さですぐ死んでしまうだろう。とにかくぬめぬめした感じが気持ちが悪いので直に触る気になれず、布に包んで家の中に運んだ。

運びながらこのときには、もしや”リス”ではないか、という気がしていた。なぜなら2日前に家の木の上に台湾リスが走って行くのを見かけていたからだ。台湾リスの生まれたての赤ちゃんでは?

とりあえず使っていない洗面器に布と新聞紙をちぎったものを敷き詰め、その小さな生き物がなんであるか検索してみる。丸い耳、長いしっぽという特長からやはり台湾リスであると確信した。

今度は娘がどこから落ちてきたんだろうと、玄関あたりの木を探索しに外に出た。
しばらくして外から驚いたような娘の声。「ママ!また落ちてきた!」
私も慌てて外に出る。

落ちてきた奇妙な生き物


聞けば、どこから落ちてきたのかなと木の上などを探していたら、背後でパサッという音がしたそうだ。振り返ってみたらもう一匹落ちていたのだという。

木から落ちたのだとすれば木の上に巣があるのかもしれないが、どう探してもわからない。それにそんな高いところから石の上に落ちて生きていられるものだろうか。親リスが運んできたのか?疑問は深まる。

とにかくそうしてもいられないので、この子も家の中に連れて入った。

さあ、どうしよう。家族会議が始まった。台湾リスであることは間違いないだろう。実は先ほどネットで調べていたときに、気になる記事を発見。台湾リスは特定外来種で保護してはいけない生物であるということだ。
TV番組「ザ!鉄腕!DASH!!」のグリル厄介のコーナーでよく出てくる「罪はないが厄介者」というフレーズが頭の中をよぎった。

台湾リスであれば基本的に飼うことはできない。特定外来種であり、害獣である。もし飼うなら保健所に届け出て登録し、面倒な手続きを踏む必要があるとネットには書いてあった。

だからといって、まだひとりでは動けない、目も開いていない、その小さな生物をそのまま外に放りにいく気にもなれない。外に放置したら、即、死が待っているだろう。

子ども達は、このまま死なせるわけにはいかない、と言う。私だって同じ気持ちだ。ただ、保護をしてはいけないという法律も無視できないというジレンマもある。
そもそも、生まれたてのリスを育てることができるのか?

とにかくこう結論を出した。
このまましばらく面倒を見てみる、どちらにしろ見つけた時点でぐったりしているのですぐに死んでしまうかもしれない。それも天命。もしこのまま元気になって目が開いたらこの子達の運と生命力の強さと思って、親がいるであろう林の中に返す。親リスが迎えに来るかもしれないし、と都合のよいように考えた。

とりあえずこの暑い中脱水しているかもと水をあげてみる。ぐったりしている口元にスポイトで水を垂らしてみた。飲んだ!!よほど喉が渇いているのだろう。もう一匹はなかなか飲もうとしなかったが、少しでも水分が入ればと、何度もトライ。少しづつだが飲んでいる。

ハムスターを飼っていたことがあったので、なんとなくハムスターと同じようにやってみる。使っていない洗面器にペレットの代わりに新聞をちぎったものを入れ布を敷いてその上に寝かせた。

洗面器の中の赤ちゃんリス2匹

水の他にとりあえず牛乳をあたえてみた。牛乳大丈夫だろうか?心配をよそにこれも飲んでくれて、しかもスポイトをつかんで飲んでいる。
一日目はぐったりしていた2匹だったが、翌日になると少し元気になっていてちぎった新聞紙の中にもぐりこんだ。ハムスターと一緒だ。

その翌朝はキュー、キュー、キューと朝から大きな声で鳴く音で目が覚めた。

一方はとても元気になり、起きている間はゴソゴソ動き回っている。あまり元気がなかったもう一匹もおなかがすくと鳴き始め、すこしづつ元気になっていった。ハムスターの赤ちゃん用の粉ミルクを買ってきて与えてみる。よく飲むようだ。

4日目になると今まで何も生えていなかった尻尾に灰色の毛が生えてふわっ足した感じになってきた。全身が少し産毛におおわれて、最初のヌメッとした感じが薄れ、少しリスらしくなったようだ。こうなると本当に可愛くなってしまう。鳴いていないと死んでいないかと確認してしまう。元気になったら密かに自然に帰そう。。本当は飼ってはいけない動物だから。

こうして何日か過ぎる。おなかがすけばキューという鳴くのが日常になってきた。ミルクを飲んだ後はちぎった新聞の寝床を掘って、潜り込んで眠る。子ども達もお尻を拭いたり、汚れた新聞紙を変えたりとまめに世話して可愛がっていた。けれども10日を過ぎる頃、急に食欲がなくなり、動きも悪くなり、あまり鳴かなくなった。飼ってはいけないのだから、当然動物病院などに連れてはいけない。そして2週間経つ前に1匹、そしてその翌日もう1匹と死んでしまった。

ちょっぴり悲しい。あまり考えないようにした。子ども達が、家でかったハムスターや金魚と同様に庭の木の下に埋めた。できるだけのことはしたし、タイワンリスは飼えない、というジレンマに悩む必要もなくなった。

秋になって、庭のエゴノキの実を食べにタイワンリスが来るようになった。親リスだろうか。毎日のように実を食べてはカスをまき散らしていくが、なんとなく嬉しい。栄養を蓄えて冬を乗り越えてね。害獣だけど人間が勝手に害獣扱いしているだけ。彼らは自分の生を生きている。

庭のエゴノキとタイワンリス


小学生の頃、鎌倉の大仏を見に行ったとき、タイワンリスを何匹か見かけてリス!リス!とはしゃいだ記憶がある。
鎌倉のタイワンリスは台湾から持ち込まれた個体が自然繁殖して増えたものだ。一説では元々江ノ島に持ち込まれたものが鎌倉まで繁殖したとか。観光客は可愛いと喜ぶが、地元の人たちには迷惑をかけている。でも、一生懸命生きているリスには何の罪もないね。

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